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桜雨

作者: 卯月よひら

 同じ日々の繰り返し。


 キーンコーン、カーンコーン。


 チャイムとガラガラと椅子を引く音で、午前の授業が終わったことを知る。


 春の暖かな日差しに顔を向け、屋上で寝転がっていると、ひんやりと冷たい教室にどうしていなくてはいけないのかと思う。


 ガチャ、キィー。


 誰か来たようだ。先生なら俺を見つけると怒鳴り散らすから、生徒だろう。


 近づいてくる音を聞いても、目を開けるのも面倒で寝たふりをしていたら…。


「あがっ」


「あー、ごめん。気づかなかった」


 人の腹を踏んで、悪びれる様子もなく日織(ひおり)は笑った。


「わざとだろう!」


 腹をさすりながら睨むと、日織はすでにフェンス越しに外を見ていた。


「ニ年に上がればまともになるかと思っていたのにって、鈴木先生言ってたよ。高明(たかあき)も子どもじゃないんだから、ちゃんと授業うけなよ。サボると内申響くよ?

 まだ冷えるんだから、こんなところで寝てたら風邪ひくし。

 屋上は汚いんだから、白いベスト汚れるじゃん」


 日織は同い年の幼馴染みだが、たまに俺の母親より母親のようなことを言ってくる。


 俺の母親は中学時代、いじめられていたらしい。そのせいか、俺が授業に出ないと聞いて、無理して学校に行かなくていいと言ってくれた心強い味方だ。おかげで今日も授業をサボっている。


 断じて俺はいじめられてはいないし、どちらかというとクラスメイトとは上手くやっている。お節介な日織のおかげで、授業のノートをバッチリ写せるしね。


「授業眠いし。寝てたら寝たで内申響くんたろう?だったら楽に寝られたほうがいいし」


「そういうことじゃないからね!あ、先輩」


 日織は嬉しそうにフェンスにへばりついた。


 グラウンドには何人かの男子生徒がいて、ボールを蹴っていた。日織の言う先輩とは、その中の誰かなのだろう。


 こいつがいつ、誰を好きになったのかは知らないし、そして相手にカノジョができたのも俺は知らない。


 ただ俺の昼寝を邪魔をして、好きな人のことを目で追いかけているだけだ。


 三年の女子がサッカーをしている男子に手を振っていた。男子が駆け寄っていく。あれが日織の好きな人とそのカノジョだろうか。


 無言でうなだれるのが、明るい性格の日織らしくなく、俺はどうしてかこの日、居心地が悪かった。


「広瀬と飯食わねえの?」


「待っててくれてる。そらちゃんが先輩がいるって教えてくれて、ちょっと見ていったらって。ついでに高明いたら連れ戻せって、高明の担任…長谷川先生だっけ?に言われた」


 ボソボソと言うのが妙に腹が立ってきて、日織を見ると強い風がさっと吹いた。


 セミロングの髪から今でも泣きそうな横顔。


 ガキの頃は転んでよく泣いていたが、いつの頃か泣くより笑う顔しか見なくなった。


 かき分けた髪に、胸ポケットにさしていたヘアピンを留める。


 今、満開の桜のヘアピン。


「…腹減ったから教室行くわ」

 

 生まれてから十三年近く一緒にいたのに、急に知らない誰かの横顔に見えて、俺は日織の隣にいられなくなった。


 屋内に入るとひんやりとした空気に触れ、階段を降りていると、妙に顔が熱くて鼓動が早いことに気づく。


「熱中症か?」


 と額に手を置くと、日織の横顔が頭からチラついて離れない。


「なんだよ、急に。あいつのこと心配してんのか、俺?」


 ただ近所にいた同い年の子。


 ただそれだけ。


 

 だったのに。



 面倒なことは嫌いだ。人付き合いも適当に、深いところまで入らないようにしてきた。


「そうだ。これは熱中症だ」


 この日の俺はそう考えることにして、おとなしく教室に行き、飯を食べ午後の授業に出た。


 次の日もいい天気だったから、ダルい体育をサボって屋上に行った。


 誰もいるわけもなく、いつものように寝転がる。


 午前中の授業が終わると日織が来た。


「またここにいた!お弁当忘れてるって、おばさん届けに来てくれたよ」


 人の顔に弁当を落とそうとしてきやがった。


「んっだよっ」


「届けてあげたんだから、お礼くらい言ったらどうなの!」


「へいへい。ありがとうございました。俺に構わず、早く先輩見つけないとどっか行くぞ」


 日織がキョトンとした顔になった。


 俺も何を言ってるんだろうな。


「他人に興味示すって、珍しいね。高明は恋バナ聞きたい?」


「興味ない」


「ですよね。高明はガキだもんね」


「うるせーよ」


 弁当を掴んで、立ち上がるとひらりと前に何かが横切った。


「桜の花びらだ!屋上まで飛んでくるのね」


 日織は花びらを追いかけに行ったが、掴めなかったようだ。


 どこかに消えていった花びらを見つめていた。


「あと一年か」


 先輩が卒業するまで。


 俺は自分でもよくわからない。どうしてか無性に腹立ってきた。黙ったまま屋内に戻ると日織は一緒に来なかった。先輩を探しているんだろう。


 廊下に出て誰もいない音楽室の前を通ると、教室の下にあった小さな扉を蹴る。


 ガコンときれいに外れ、俺は一瞬止まった。


「普通、外れる?どんだけボロいんだよ、この校舎」


「すーがーわーらぁぁぁ!!」


 振り返りもせず、俺は走り出した。一年の時の担任の鈴木に見られたようだ。


「待て!お前、今、壊しただろう!!」


「違います!」


「菅原、廊下を走るな!」


「先生だって走ってるじゃん!」


「お前が走るからだ!」


 校舎の追いかけっこなんて、たかが知れている。


 俺は捕まって、昼休み中説教を受ける羽目になった。


 もちろん弁当を食べそこねて、午後の授業を真面目にうけることになった。腹は減っていたけど、授業の合間の休憩に食べなかったのは、走ったときに、中身がシャッフルされた弁当を食べるのがユウウツだったのもある。


 次の日は雨だったから、屋上にも行かず授業に出た。


 日織にも会わず、ホッとする自分と残念だと思う自分がよくわからない。 


 部活にも入っていない俺は、傘をさして一目散に家へ向う。


 散り始めた桜の花びらが地面に広がり、靴にもついていた。


「高明?全部、授業出たの?」


 後ろから日織の声が聞こえて、振り返るか迷った。


 いつもなら迷うことはないのに。


 なぜだか緊張する。


 立ち止まって振り向くと、日織は友だちの広瀬といた。


「部活は?」


「今日は休み。あーあ。雨で桜散っちゃうね」


 広瀬がそうだねと桜を見上げた。


 俺は歩きだすと日織の声が追いかけてきた。


「ちょっと、そうだねとか返事しなさいよ」  


「俺にも言ってたのか?」


「言ってたよ!つい中学に入ったと思ったら一年経ったんだとか、あんた思わないのね」


「興味ない」


 ですよねと日織が怒ったように言うと、広瀬が菅原君らしいねと笑っていた。


 広瀬にらしいと言われるほど親しくしたつもりはないが、日織が広瀬に俺の話をしたんだろう。


 一人で帰るつもりが、日織が話しかけてくるせいで三人で帰ることになってしまった。


 と言っても二人がずっと話しているだけだったけど。


 次の日は晴れて、屋上もすっかり乾いていた。


 そんなことなら、一時間目から来ればよかったと思いながら弁当を広げる。


「またここぉ?」


 日織は俺ではなく、先輩を探しに屋上に来る。

 

 モヤモヤとした気持ちを、飯をかきこんで誤魔化そうとした。


「今日はバスケしてる。あっ、いけいけ」


 いちいち好きな人の行動を言ったり、遠い場所から応援しなくていいだろうが。


「ずっとそこで見てるだけかよ」


 日織がピタリと止まった。


 俺もピタリと止まった。


 自分の口から出たことに、一番俺が驚いている。


「…先輩にカノジョいるんだから、告白してもフラれるじゃん。私、名前も顔も覚えられていないし」


「追っかけて疲れねぇの?もう諦めたら?」


 日織がくるっと向いて、ダンダンと音を立ててこっちに来た。


「黙ってなさいよ。恋もしたことない人に言われたくない!」


「うるせーよ。何ヶ月も言いたいこと言えねえやつに、言われたくねえよ!」


「…わかった。告白してくる」


「は?日織?」


 日織はたたっと屋内へ行ってしまった。


「冗談だろう…」


 日織は昔から思ったら行動する癖がある。本気で告白しに行ったのだろう。


 あいつが小六のときか、失恋してビービー泣いていたと聞いたことがある。俺の母親経由だが。


 きっとフラれて泣くのだろう。


「これ、俺のせい?」


 日織が勝手に告白して、失恋するんだ。


 いつもの俺ならそう考えるはずなのに、弁当箱を屋上に置きっぱなしのまま階段を駆けおりる。


「バスケ、バスケ」


 バスケットのリング付近には男子生徒はいなかった。


 どこに行ったんだろう。


 校舎の裏側から話し声がして、二人出てきたのが見えた。


「お前、モテ期来たな」

 

「来たかな。はは」


 と楽しげな会話を後にして、俺は走った。


 日織は桜の木の下で、顔を手で覆っていた。


「日織?」


「告白した。やっぱり駄目だった。馬鹿みたい。このまま桜の花びらに埋もれて死ねたらいいのに」


 嘘みたいに真っ青な空の下、雨のように降る桜の花びら。


 日織だけは冷たい雨にさらされたように震えていた。


 でも泣いていなかった。


「私、可愛かったら、一秒でも悩んでくれたかな」


「可愛いとかブスとか関係ないし。先輩はお前のこと知らないから。笑っているのが日織らしいし。つらいなら泣けよ。それもお前らしいし」


 ううっと泣き始めた日織を、ガキの頃みたいに頭をくしゃくしゃとなでた。


「お前、全然ブスじゃないから。可愛いし、優しいやつだって知ってるから」


「た…かあき。ありがとう」


 泣きじゃくった日織は教室に戻れず、俺はセーターを脱いで日織に被せた。顔を隠した日織の腕を引っ張って、保健室へ連れて行った。


 休み明け、桜の花はすべて散った。


 俺は相変わらず、屋上にいる。


「またここにいる!」


 日織は相変わらず、屋上に来る。


「なんだよ。何しにきたんだよ」


「ねえねえ。この前、私のこと可愛いって言ったよね?私の事好きなの?」


「はあ?うぬぼれるなよ!」


「顔赤いよ?ねえ、いつから?」




 いつもとは違う日々が始まりそうだ。


 桜が咲いているのを見て、学生のときに書いたお話を思い出して投稿してみました。

 春を感じていただけたら幸いです。

 

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