記録2 海ドラゴンのホイル焼き その4
「お、結構な人数が集まってきたね」
私達がお借りしている組合の食堂に、組合関係者や地元の漁師、市場関係者が続々と集まり始めました。
これから何をするのかといえば、もちろん海ドラゴンの試食会です。
「おう、嬢ちゃん。坊主。試食するってんで、うちのヨメも連れてきたぜ。娘にはもう会ってたっけな」
「お、おじさんの娘って組合の受付のお姉さん!?」
すごい!
全然似てない!
「……なんでえ、その顔は」
お姉さん、お母さんに似てよかったですね。
ああ、笑顔が眩しいわ!
お父さんは頭が眩しかったですけどね。
私も将来はこんなふうに綺麗な女性になれたらいいな。
今は貴族の小娘って感じかもしれないけれど、いつか“ご令嬢”と呼ばれても見劣りしない存在になりたいものだ。
「マイシィちゃん、そろそろ準備に取り掛からないと」
「そうだね」
私が提供する海ドラゴン料理は、以下のとおりです。
鰭肉、脚肉、頬肉、舌肉の各部位のステーキ。
鰭肉と舌肉のみあらかじめ食べやすいようにカットしてあります。
美味しいんですけど嚙み切れないし、ナイフでカットするのも手間だったので、薄くスライスして食べやすく工夫しました。
鰭と舌の肉質の硬さはまた違う感じなのが面白いです。
そして、腹肉のホイル焼き。
これ、私とエメ君は先に頂きましたが絶品です。
作り方をご紹介しますね。
まず、水菜は親指くらいの長さにカットし、ニギは輪切りに。
白い部分は細く切って白髪ニギにしても良いかもです。
キノコはお好みの種類をどうぞ。
今回はエメ君のチョイスによりマイダケになりました。
マイダケは良いですね、ほぐすだけで調理に使えますから楽です。
他のキノコの場合はしっかり石づき(根元の硬い部分)を切ってくださいね。
それからアルミナムホイルの上に少し水気を切った海ドラゴンの腹肉を置いて、その上に先ほど切ったお野菜とキノコを乗せます。
その上にカットしたバターを置いて、塩とコシショウを軽く振ります。
後はオーブンで焼くだけで完成です。
簡単ですよね!
普通に焼くのと何が違うのか、違いがよくわからない人もいるかと思いますが、ホイル焼きって、要は蒸し焼きにしているんですよ。
肉や野菜から出た水分が水蒸気となって、ホイルの中を蒸しあげるのです。
加えて、素材それぞれの旨味がホイルの中に閉じ込められて一体化するという効果もあります。
海ドラゴンの肉質が淡白で脂が少ないため、バターやキノコで旨味を足してあげると最高の状態に仕上がります。
ぜひお試しください。
「さあ、皆さんお揃いのようだから始めないとね」
楽しい試食タイムの始まり始まりー。
──
─
「おう、この舌肉はコリコリしててうめぇな。燻製にして黒コシショウで味付けしたら良い酒のつまみになりそうだ。それから頬肉と鰭肉の味の濃いのも良い。筋っぽいのが気になるっちゃ気になるが、許容範囲だろう。こりゃあ良い特産品になりそうだぜ!」
「ホイル焼き、すごくおいしいわ。口に入れると、はじめはお肉独特のキュッってした噛み応えなんだけど、すぐにほろほろっと柔らかくなって、口の中で溶けちゃうの。その時にお野菜とかキノコとかの味が一緒になってじゅわぁぁって広がって、最後に鼻を抜けるバターの風味とニギのさわやかな香り。これ、今まで食べた料理の中で一番おいしいかも!」
「これがお手軽に作れちゃうんだからいいわよねぇ。あなた、あなた! 早くお金貯めて、家にもオーブンを買ってよ!」
ちゃんとしたオーブンは魔石が値下がりしないうちは一般家庭では難しいかもしれないです。
私のお世話になっているフマル家も、薪か魔法で加熱するタイプの小さな石窯しかないですし。
他の人の意見も聞いてみましょう。
そこの市場関係者っぽい淑女の方、試食されてどう思いましたか?
「わ、私? やだ、これ新聞の記事に載るのよね。ちゃんとしたこと言わなきゃ」
それっぽくまとめるので緊張しなくて大丈夫ですよ。
基本ゆる~い感じでまとめてますので、むしろジョークを交えてもらっても全然問題ないです。
「あらそう? そうねぇ、あたし正直海ドラゴンってカエルの仲間だって言うじゃない。食べるの嫌だったのよねぇ。でも、ここに来てビックリ。こんなに美味しそうなお料理がいっぱい出てくるなんて夢にも思ってませんでしたもの。ホイル焼き! あれ美味しかったわぁ……これ絶対流通させちゃいましょう。そうしましょう」
気に入ってもらて良かったです。
もしお肉が流通されれば、コリト地区の皆さんも助かりますし、ぜひお願いします!
他にご意見はありますか?
「他にぃ? んー……あっ、鰭のお肉と頬のお肉? だったかしら、あれはちょっと筋が多くて嚙み切れなかったわ。私だったら葡萄酒で長い時間煮込むとかして柔らかくするかしら。味が良いから叩いたり挽いたりして使っても良さそうね」
わお!
貴重なご意見ありがとうございます!
なるほど、柔らかくする方法はいろいろあると。
めもめも。
前回の先生の意見といい、やはり大人の女性からの意見は参考になるものが多いですね。
ふだんから料理に慣れているからでしょうか。
葡萄酒で煮込む……なるほどです。
漁師のおじさんの“おつまみ”っていう発想もすばらしいです。
……う~ん、私の課題はやはりお酒関連なのでしょうか。
まだ買える年齢ではないのでどうも扱い方が分からないというか、思考の中に登場すらしないというか。
よし、おうちに帰ったらエメ君のお母さんにもいろいろとアドバイスを貰おうッと。
ん?
おうち?
──なにか、忘れているような。
「あああああああ!」
「な、なに!? どうしたのマイシィちゃん」
「今……何時?」
エメ君が慌てて柱時計を確認します。
「20……時……」
ああああ、やっぱり!
すっかり帰りの時間を忘れていました。
そもそも、ゆっくり試食会なんて開いている場合ではありませんでした。
私達の家まではここから馬車で2時間半もかかるのです。
……っていうか帰りの馬車が無くなる!
「お、おじさん達! 僕ら、そろそろお暇します」
「おう……なんか慌ただしいけど、この礼は後日ちゃんとするからよ! とにかく気を付けて帰んな」
お、お世話になりました。
さ、最後はこんな感じであわただしくなってしまいましたが、これにてレポートを終わります!
おあとがよろしいようでっ!
◇◇ レポート終了 ◇◇
組合での試食会はまだまだ続いていたのだけれど、私達は帰りの途につくことになった。本当はもっといろいろな意見を聞いて、まとめてから記事にしたかったんだけど、こればかりは仕方がない。
私達は学生であり、無断で外泊などもってのほか。夜には家に帰ってぐっすり休み、翌日の学校ではしっかりと勉学に励むのが義務だ。
ああ、でも海ドラゴンのお肉、少し分けてもらえば良かったな。そうしたら家族にも……あの人にもご馳走を振舞うことができたのに。そうしたら、仲直りできるかな。絶賛ケンカ中の、あの人とも。
隣を歩くエメ君は、なんだか満足げだ。美味しいものをたくさん食べて、よりいっそう体が丸くなったように見える。あまり太ると健康に悪いから、そろそろダイエットさせないとだね。
ん、あれ。なんだか違和感。
ふと見ると、彼は両腕で抱きかかえるようにして紙袋を持っていた。いつの間に。まあ、さっきまでは大きなお腹に隠れて見えなかっただけなんだろうけど、急に紙袋が現れたように感じてびっくりした。袋の中には、新聞紙でぐるぐる巻きにされてる謎の物体。
「ねえねえ、エメ君。それはなぁに?」
「何って、海ドラゴンだけど」
「え?」
「いや、だからさ。海ドラゴンのお肉。沢山もらっちゃった」
なんということでしょう。なんという手際の良さ。
エメ君はいつの間にかお持ち帰り用のお肉を手に入れていたようだ。帰り際あんなに慌ただしかったのに。
「なんかね、組合の女の人がこぞって僕に肉をくれるんだよ。『余ったお肉は全部あげる』って」
あー思い出してきたかも。料理を作っている最中に、エメ君が沢山の女の人に囲まれてなんかやってるなーって見てたっけ。お肉をいただいていたのか。
「全部もらったの?」
エメ君はブンブンと大袈裟に首を横に振った。
「あの大量の肉がこんな紙袋に入るわけないじゃないか。持てる分だけって断ったんだよ」
なんだろう、エメ君がいくらまんまるいからってそんなに大量の肉を与えようとするのはちょっと変だ。そんなに大食漢に見えるのだろうか。そうでなくても海ドラゴンの肉は組合にとっても重要なサンプルであるはず。それをいくら捕獲の功労者だからって、エメ君に全部渡す?
何か裏があるのだろうかと疑いの眼差しをエメ君に向けると、彼は慌てたように首を細かく揺らしながら、言い訳の言葉を並べ立てた。
「ぼ、僕昔から何故か人にいろんな物をもらえるんだよ。ほら、マイシィちゃんだって小さい頃、せっかく捕まえた兎とかカエルを一口食べては僕に押し付けただろう?」
「あー……そういえば確かに。なんかあげたくなっちゃうというか、そういう時があったような」
なんか不思議な体質だ。人に物を与えられる才能とでもいうのかな。そんなものがあったら人生楽に歩めてしまうではないか。エメ君、ずるい。
「あはは……あ、ほらあそこ! 乗合馬車が行っちゃうよ!」
「本当! 追いかけましょう、エメ君」
こうして私は、どこかもやっとした気持ちを抱えたまま、帰路に着くのだった。
──
─
後日。
海ドラゴンの肉は、私が記事を出すまでもなく瞬く間に人気となった。元々外海に住んでいた海ドラゴンが何を血迷ったのか塩湖に入り込んでいたわけで、いわば期間限定品のような扱いになり、その美味しさも相まって価格が高騰する事態になっている。
なので、私が記事を出した時には既に流行の後追いのような感じになってしまったのは想定外だった。元々自分の記事を評価してもらうことが目的ではなくて、色々な食材に興味を持ってもらうことが目的なので、その意味では今回は大成功と言えるのだけれど。
「次はカエルかサラマンダーかにすれば読んでもらえるかなぁ」
一度でも海ドラゴンの味を覚えたものならば、両生類に対する忌避感も減るに違いない。そうなれば、彼らが人々の意識の中に食材として定着するのも時間の問題だ。言い換えれば、私は両生類というカテゴリーをゲテモノという名の禁忌の扉から解放したのだ。
まずは第一関門突破といったところか。そのうち友人たちとカエルパーティーとか開いちゃったりして。思わずニヤけちゃうね!
「……そうと決まれば、カエルでも捕まえに行きますか!」
私は読んでいた新聞を折りたたみ、机の引き出しにしまった。
窓の外に目をやると、小麦の植え付けが始まったようで、何人もの人が畑に繰り出しているのが見える。天気は良い。遠くの山々は少しずつ黄色やカンキツ色に変わり始めていた。お出かけ日和だ。
隣の部屋で弟と大暴れをしていたエメ君は、今は静かだ。一応ノックをして部屋の様子を確認すると、兄弟揃って床で昼寝をしていた。静かなはずだよ。ふふ、なんか微笑ましいな。私にも兄弟がいたら、こんなふうに一緒に眠ったりするのだろうか。
よし、今日は一人で出かけよう。
親友の家にでも遊びに行こうか。そこには会うとちょっと気まずい先輩もいるのだけれど、今だったら全部許せちゃう気がした。
扉を開けた。
陽気な風に秋の足音が混じる。私の足音が、そこに加わった。