記録2 海ドラゴンのホイル焼き その3
──はいッ、という訳で(?)レポートを続けたいと思います。
美食研究家のマイシィ・ストレプトです。
いやあ、危なかったですね。
口の中まで飛び込んで電撃を放つまでは計画通りだったのですが、放電の出力が足りなかったようで、海ドラゴンは再び襲いかかってきました。
咄嗟に湖を凍らせなかったら食べられていたのは私の方だったかもしれません。
「うわー、湖がカッチコチだ……」
よ、良いのですよエメ君。
この広い湖全体を凍らせたわけではなくて、せいぜい直径100メートルくらいを凍らせただけなのですから。
「でもよぉ、嬢ちゃん。これ、もうちっと広範囲だったら漁獲法に触れてたぜ」
え!?
漁獲法って電撃だけじゃないんですか!?
「いや、だって嬢ちゃんがここまでやれる子だとは思わなかったからよ……」
★漁獲法について
海洋、湖沼、河川において雷魔法を水面及び水中に対して使用する行為を禁止する。氷魔法においては、即座に溶融させる事ができない範囲を凍らせることを禁止する。また、その他系統の魔法においても生態系に多大なる影響を与えたと認められる場合には本法規の処罰対象となる。
~中略~
なお、伝統漁法による雷魔法の使用については、担当地区長及び領長の認可を必要とする。
「で、でもこうでもしないと海ドラゴンは倒せなかったかもしれないし、結果的には許容範囲内……? てことで良いんじゃ無いかな」
こらこらエメ君。
君は裁判官ではないでしょう。
法的な判断は素人が勝手にしては良くないですのよ。
とはいえこのままではグレーゾーン、
放置しては良くないのは間違いないので、海ドラゴンと関係の無さそうな範囲については炎魔法で溶かしてしまいましょうか。
エメ君、おじさん、手伝ってくださいね!
「了解」
「おうよ」
それにしても、大きな個体が捕れてよかったです。
これは一体何人分の食料になるのでしょうね。
これを期間限定の特産として売り出せば、多少はウーナギの売上損失分を補填できるのではないでしょうか。
あと残っているのは小さな個体が1頭、棘の折れた中くらいの個体が1頭のようなので、これほどたくさんの肉が採れることはもうないのかもしれませんが。
「あん? 嬢ちゃん、何言ってやがんだい」
え? なんですかおじさん。
「──こいつは一番小せぇ個体だよ」
え、え? ちょっと待ってください。
このサイズで一番小さいのですか!?
これ、どう少なく見積ったって5メートルは超えています。
これ以上の個体があと2体いるということでしょうか!?
「あくまで確認できている数で言やぁあと2体だな。いや俺達もよぉ、海ドラゴンなんて見たこともなかったんで、ガラでもないのに図書館で調べたんだ。そしたら海ドラゴンってのは最大で15メートルくらいになるってあるじゃねぇの。マジでビビったね、アレぁ」
何と言うことでしょう。
海ドラゴンというのはそのサイズ感もドラゴン級なのですね。
本当のドラゴンじゃないのに名前を冠しているだけはあります。
そうなると、この湖にもそれくらいの化け物がいるということでしょうか。
怖いです。
「しかしまあでかいのは潜水時間が長いのか、なかなか姿を見せないんだがな。ほら、ああやって呼吸をしに時々上がってくるくらいだよ」
ああ、本当だ。
呼吸ついでに私の魔法で凍りついた氷塊の上によじ登ってますね。
すごく大きい。
10メートルくらいはありそうな感じです。
エメ君が一生懸命氷を溶かそうとしているその背後から、大きな大きな個体が忍び寄ってきます。
……。
い や ち ょ っ と ま て 。
いるじゃあああん!
今そこにめっちゃでかいのいるじゃあああん!?
「おい坊主!! 後ろ! 後ろ!!」
エメ君が恐る恐る振り向くと、
「ぎゃああああああああああ!!?」
超巨大な海ドラゴンが口を開けていましたとさ。
めでたしめでたし。
いや、この展開さっき見た気が?
──
─
とてもじゃないが海ドラゴンと連戦は厳しいということで、私たちは小さい方の個体が封じられている氷塊だけを切り出し、慌てて逃げ帰ってきました。
切り出し作業中に大きな個体が何度も邪魔してきて、しっかりブレスまで吐いてきました。
しかも酸のブレスですよ、信じられますか。
一頭持ち帰るだけでも命懸けです。
なんだかとても恐ろしいものの片鱗を味わった気がします。
さて、ここまでのお話は美食研究における余談とか前菜のようなもので、ここからが本来の美食研究です。
この、初めて見る生き物の調理方法を考えなければなりません。
そしてそれは、できるだけ簡単で誰でも真似できるようなものでなければ、わざわざ海ドラゴンの肉を買おうとする人の数は増えないでしょう。
ウーナギの代わりに海ドラゴンを売る。
これがおじさんたっての希望であることは忘れてはならないのです。
「まずは肉にしましょう!」
と私は宣言し、早速準備に取り掛かりました。
とは言っても私達が何をするでもなく、漁港のおじさま達が総出で海ドラゴンを解体し、あっという間に肉になってしまったのですけどね。
さすが、海の男たちは解体が早い。
大型魚で慣れているのでしょうか?
ざっくり流れを言いますと、とりあえず首に刃を入れて血抜きをし、腹を割いて内臓を取り出し、大きすぎるので部位に切り分けた後にそれぞれ皮を剥いだ、という感じでした。
両生類は特に皮に毒腺のあるものが多いので、完全に除去しました。
「組合の事務所に台所があるから、使わせてくれるように聞いてくるぜ。ぜひ美味いもん作って紹介してくれ!」
漁師のおじさんは組合の方に許可をもらい、私たちはご厚意にあずかってキッチンをお借りすることになりました。
事務所にお邪魔すると、受付の綺麗なお姉さんがご丁寧に挨拶してくれました。
意外というと失礼ですが、わりと小綺麗なキッチンがあり、シンクはピカピカで、コンロも魔法を使わずガスで火を起こすタイプの物になっていました。
海の男の事務所という事で漁具などが散乱している磯臭い部屋を想像していたのだけれど、全然違いました。
「ははっ、俺んとこの倉庫はそんな感じだけどよ。ここは一応国に認められた機関の事務所だからな」
それは確かにごもっともです。
「美味しい料理ができるといいね、マイシィちゃん」
美味しいものを作るには、まずは素材の味を知らないとです。
そこで私はひとまず何も考えずに焼いてみることにしました。
私はフライパンとコンロ、簡単な調味料をお借りしてステーキを焼くことにしました。
やはりガス式のコンロは火を安定させるのが楽で良いですね。
魔法と違って気力を使わなくて良いですし、私も将来は旦那様にガス式の調理器具を買ってもらうことにしましょう!
「紹介の旦那様って、やっぱりニコ──」
はい、そこ黙ってねエメ君。
私と先輩は今絶賛ケンカ中なのです。
次に話題に出したら3枚におろしますよ?
コクコクコクコクコクコク(エメダスティが全力で頷く音)
では気を取り直して、肉を焼いていきましょう。
部位ごとの味も試したいので、鰭の肉と脚の肉、腹の肉を少しずつ切り分けて使います。
塩とコシショウはほんの少しにしておいて、素材の旨味を確認しましょう。
さあ、フライパンにお肉を投入!
おおおっ!?
すごいです、すごく脂が溢れてきます!
……あれ?
あ、これ脂じゃなくて水分かもしれません。
肉に水気が多いようですね。
そうすると、まだ焼いていない方の肉は吊るしておくか、綺麗なタオルで包んで水気をある程度抜いた方がいいかもですね。
「僕がやっておくよ」
お願いします、アシスタントのエメ君。
さて、肉の方は火が通ったでしょうか。
寄生虫が怖いですからね、生焼けは避けましょう。
うん! ──そろそろ頃合いっぽいですね。
エメ君、ちょっとこれ食べてー
「あ、僕が先に食べていいの? いただきまーす!」
……どうですか?
「んん!? これ……これめちゃくちゃ美味しいよ! なんか、食感は鳥肉と魚のいいとこ取りみたいな感じ! 味はちょっと淡白だけど、ひと噛み毎にエキスがジュワッて溢れてきて凄くいい感じ!」
なるほど。
して、エメ君。
何か体に変化はないかい?
「え。特に何もないけど」
妙に苦かったり、舌や喉がヒリヒリしたり、痺れたり、呼吸が荒くなったり熱が出たりすることもない?
「え、なになに、ちょっと怖いよマイシィちゃん。どういうこと?」
──よし、毒はないようなので私もいただきましょう!
「待ってそれ僕に毒味──」
うわ、見た目からして絶対美味しいと思ってましたが、予想を超えて凄く美味しいです!
部位によっても全然味と食感が違いますね。
まず脚の肉はズバリ鳥肉って感じです。
脂はあまり乗ってないのだけれど、筋肉質で淡白、そしてほんのり魚っぽい鳥のモモ肉って感じです。
カエル肉もこんな感じなので、やはり近い仲間なんだなって実感します。
それから鰭の部分は少し筋があって硬いです。
硬いのですが、一番味がしっかりしていますのでステーキ向きですね。
ナイフで細かく切らないととても噛み切れないのですけど。
腹肉は、なんとびっくり肉の風味を持った白身魚でした。
見た目とはじめの口あたりは肉なんですけどね、その後に溢れてくる味は白身魚なんですよ。
少し水分が多くて、味はあっさりしていて、脂はそれほど乗ってない。
ヘルシーなお魚料理って気がします。
「これさ、特にアレンジしなくても食材として全然ありなんじゃ……」
その通りです。
私が特に何をするでもなく、美味しささえ伝わればちゃんと売れますよコレは。
あ、そうだ。
お腹の肉を食べたときに思いついたことがあったので、それを作って組合の人に試食してもらおう。
そうなると今ある食材では足りないので、エメ君にお使いを頼まなくては。
「えっと、キノコに、ニギ、水菜にバターと……アルミナムホイル。という事は、マイシィちゃんが作ろうとしているのは」
そう。
お手軽で簡単、そして最強においしいと評判の、ホイル焼きです!