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記録2 海ドラゴンのホイル焼き その1

皆さんこんにちは。

美食研究家のマイシィです。

えー、本日はお日柄もよくー、えー、なんというか全体的に滑り気を帯びた良いお天気となっております。

それでその、実は私は今大ピンチなのでございまして、あのー、端的に言いますと、


「喋ってる場合じゃないから! マイシィちゃん今呑まれてるから! 海ドラゴンに呑まれてるからぁぁああ」


もう、今言おうと思ってたのに。

エメ君ったらせっかちなんだから。

さて、そろそろ私も危ないので対応しなきゃですね!


「すぱーーーく!!」


わわ、海ドラゴンの体が跳ねました。

私の放った電流を口内にうけて、体の中に直接電流を流し込まれたのだから当然ですね!

これぞ、わざと食べられて中から攻撃大作戦です!


うわっぷ、海ドラゴンの口から落とされて、湖に落ちてしまいました。

泳いでエメ君たちの待っているボートまで戻りましょう。

ついでに海ドラゴンの唾液が洗い流せてラッキーですね。

塩湖なので服は塩でカピカピになっちゃいそうですが、食材のためです、我慢しましょう!


「嬢ちゃん! 危ねぇぞ!」

「マイシィちゃん、後ろ! 後ろ!!」


あれ、漁師のおじさんとエメ君達が何やら慌てていますね。

一体後ろに何があるというのでしょうか。

恐る恐る振り向くと───。


「キャアアアアア! 海ドラゴンが口を開けて迫ってくりゅううううう!?」

「マイシィちゃあああああん」



◇◇ どうしてこうなった? ◇◇



 私は今、猛烈に悩んでいる。何を悩んでいるのかと言うと、それは昆虫食の良さをなかなか人に理解してもらえないことだ。ひとたび料理を振舞えば、結構ですと敬遠され、昆虫食の魅力を語ろうとすると、食事中に勘弁してと怒られる。これでは私の目指す未来はとても厳しいものになってしまう。


 私は今、貴族の派閥抗争からの疎開目的でマイア地区にある親戚のフマル家に預かってもらっている。気候も穏やかだし人々は優しいしで何も不満に思うところはないのだけれど、実はこの地区、時々食糧難が発生する。

 基本的には豊かな土地なので毎年のように食糧難が発生するということはさすがにない。けれど、夏の気温が上がらなかったり、冬に暖かい日が続いたりすると、途端にダメになる。

 この地区の領主様──正確には地区長さん──がその度に私財を叩いて他地区から食料を輸入し、なんとか凌ぐことはできているものの、それもいつまで持つかわからない。領主様の娘が私の親友の一人であるため、彼女のためにもなんとか手助けしてあげたいと思っていた。


 そこで思い付いたのが食材の探求である。「貴族令嬢の最強美食研究レポ」と題し、地元の新聞に記事を投稿することにしたのだ。これで身近に隠れている食材たちの魅力に気づいてもらえれば……と目論んでいた。


 しかし。


「こないだの虫の記事、めっっっちゃ不人気なんだよね」

「それはまあ、そうだよね」


 私は親戚であり居候先の息子、エメ君ことエメダスティ・フマル君に愚痴をこぼしていた。


「なんか、前回の記事でめちゃくちゃクレーム来たらしくて。“虫を食べるなんて、気色悪いモノ見せるなー!”って新聞社に怒鳴り込んできた人もいるんだって」

「うーん、食べてみないと実際のおいしさとかわからないしね」

「はぁ」


 正直ため息しか出ない。初回で躓いてしまうなんて。私は一体これからどうすればいいのだろう。

 人間には未知に対する恐怖というものがあるらしく、実際の経験を経ない限りは新しい物事を忌避する傾向が強いらしい。しかし、強制的に虫を食べさせるわけにもいくまい。


「ねえマイシィちゃん。提案なんだけどさ」

「なぁに、エメ君」

「まずは、初めから食材っぽいものから攻めてみたらどうかな? ちょっとずつ心を慣らしていくというか、そんな感じで」


 確かにエメ君の言う事も一理ある。私達もいきなり虫を食べ始めたわけではなくて、初めはカエルとかネズミから始めたような記憶があったりなかったり。


「やっぱりカエルから始めるのが良いのかな」

「……いや、僕たちの感性がおかしくなってるだけで、カエルも普通の人からすると結構キツイんじゃないかな」


 そうなのかな。カエルって皮を剥くと鶏肉そっくりだから、いけると思ったのだけれど。

 いけない。こういう発想が良くないのだろう。普通の人はカエルを剥くという経験すらしたことがないはずなんだ。だからカエルと言ってイメージするのはヌルヌルギョロ目のあの姿だ。食材として認知するのはやや難ありか。


 そうやって頭を悩ませていると、エメ君が突然思い付いたように、あっと声を上げた。


「そうだ、他の地域の人は敬遠してるけど、一部では食べられてる食材から始めようよ。それらのアレンジレシピとかを考えてさ、そういうところから攻めていくのが良いんじゃないかな」


 なんだか今日のエメ君は冴えているぞ。ちょっと見直した。ぼーっとしているように見えて、やる時はやる男だね。


「その意見、採用! だとすると、何が良いかな。米……とか?」

「米みたいな主食系よりは、肉や魚介類が良いと思う。甲殻類から虫への誘導もできそうだし」


 凄い。今日のエメ君は本当に冴えている。私の考えを理解して、ちゃんと意に沿うように提案してくれているのがわかるよ。私の意見も理由もなく否定してるわけじゃないし、流石はマイシィ親衛隊の参謀といった感じだね。


「そういえば、コリト地区ってウーナギっていきものが有名なんだよね? あれならどうかな。どう思う、エメ君?」

「ああ、ウーナギはヌルヌルしてて細長いから気味悪がる人もいるよね。美味しいのに」


 あれ、エメ君はウーナギ食べたことがあるんだ。私と同じ家で暮らしているから同じ物を食べていると思ってたんだけど、どこかでつまみ食いでもしたのだろうか?


「良いと思うよ。マイシィちゃん、次はウーナギにしよう!」


 エメ君の賛同を得て、研究レポの次の食材はウーナギに決定した。

 が、この後私達も予期しないアクシデントが発生したのである。


***


「ええっ!? 船が出せないってどういう事ですか!」

「いやぁ、こればかりはどうにも出来なくてね」


 私達は困り果てていた。

 私達の住むマイア地区から乗合馬車で2時間半。コリト湖という塩湖のほとりの漁村までやってきた私達だったが、なんとどこの店にも魚が無い。それどころかここ数日船も出せていないのだとか。

 聞くところによると、一週間ほど前から湖に海ドラゴンが現れて、漁具を破壊してしまうのだとか。ウーナギの生簀も壊されて、せっかく稚魚から育てたウーナギが全部逃げてしまったという。


「コリトではここ数日大問題になっていてね。マイアにはあまり伝わってなかったかい?」

「ウーナギを食べる人が少ないので、あまり気にされないのかもしれないです」


 漁師のおじさんは肩を落とした。それはそうだろう。地元の大事件が他地区では話題にすらならず、その訳というのも特産品のウーナギにそれほど人気がないからだと言われたのだ。しまったな、言い方に気を配るべきだった。


 普段は賑やかなのであろう港にも、出歩いている人の姿は少ない。私が漁師のおじさんに声をかけるまでは本当に誰ともすれ違わなかったくらいだ。

 この町は、今、生死の際にあるのだ。


「私、ウーナギを記事にして広めようと思ってたんですけど、そっか……残念です」

「なんと。そりゃあ本当かい?」


 私のその一言に、おじさんの目が一瞬輝いた気がした。


「実は──」


 私はマイア地区の現状と、私の理念、そして将来の展望を熱く語った。おじさんの目の輝きは気のせいではなかったようで、私の話に食いついてよく聞いてくれた。

 特に昆虫食については、昔山間部の辺境でクサハミムシの煮付けを食べたという経験を語ってくれた上に、私の計画には大いに賛同していただいた。やはり食べたことのある人は昆虫への抵抗は薄れるのかもしれない。


「なるほど。嬢ちゃんの言いたいことはよぉく分かった。それでよ、こりゃ個人的な提案なんだが──」

「聞きましょう」


 おじさんの目が一層輝く。嬉しそうな反面、ちょっと困ったような表情を見せた。本当にこれを言っていいのだろうか、という逡巡が透けて見えるようだった。

 ごくり。私達は一体何を要求されるのだろうか。


「次の嬢ちゃんの記事よぅ、海ドラゴンにしちゃあくれないか」

「──え」


 次の記事を海ドラゴンに……と言うことは海ドラゴンを調理しろと言うことで、つまるところ海ドラゴンを倒して解体して肉にしろと言うことだ。


「え、待って。美味しそう」

「マイシィちゃん!?」


 私がたっぷりと脂を含んだドラゴンのステーキを想像していると、漁師のおじさんは慌てたように私の勘違いを訂正にかかった。そう、私はこの時、少し思い違いをしていたんだ。


「あ、あのよ。ひょっとして海ドラゴンを海に住んでるドラゴンだと思ってないかい?」

「え、違うんですか!」


 おじさんは、悪かったとばかりに帽子を取って頭を下げた。刹那、私の瞳は照り返された太陽光線によって一時的に失明した……いや失礼、あまりにも眩しくてちょっと大げさに表現をしてしまった。


「海ドラゴンって言うのはよ、形こそドラゴンにそっくりなんだが、実はカエルと同じ両生類なんだよ」

「サラマンダーみたいなものですか」


 おじさんは首肯した。

 彼の言うことには、海ドラゴンとは海生の両生類で、サラマンダーの巨大版と言う感じらしい。幼生の頃には外鰓がついていて完全に水中で生活をし、大人になる頃には変態して肺呼吸に変わる。この辺りはカエルと同じだが、カエルと違って尻尾は終生持ち続けるし、外鰓が棘のように変質するので危険なのだとか。


「いやぁ、漁師仲間や組合(ギルド)の奴らと相談しててよ。あんの海ドラゴンを商品化でもしねぇと生活成り立たないぞってことで、いっちょ喰ってみるかって話になったんだよ」


 中央貴族の中にカエル肉だとかネズミ肉だとかをこよなく愛する奇特な令嬢がいるらしく、貴族様が食べるんだからさぞおいしいんだろうという事で、明日にでも海ドラゴンを倒しに行くという流れになっているらしい。


「カエル肉を食べる令嬢って、それマイシィちゃんのことかな……」

「……」


 おじさんの話は続く。


「それで、どうせなら明日の朝からの漁に付き合ってみるかい? で、できれば俺たちの雄姿についても記事に入れてくれると妻と娘に自慢できて嬉しいんだが」


 どうしよう。明日は学校がある。早朝に出かけたとしても、学校の始まる時間に間に合うとは到底思えない。しかし、記事のネタは欲しいし、海ドラゴンの生きている姿も是非見てみたい。

 ああ、だけど貴族である以上学校をサボるなんてことが許されるはずがない。……1年生の時に精神的に参ってしまい、学校へ行かなかったことがあるけれど、その時はお父様にこっぴどく叱られたんだった。


「うーん……明日は学校もあるので厳しいですね」

「おう、そうか。まあ無理にとは言わないからよ」


 しかし惜しいな。せっかくのチャンスなのに。


 この!

 美食研究家たる!

 私が!

 食材の生の姿すら目にすることなく記事にしてしまって良いのですか! いや良くない!(反語ォ!)


「おじさん、エメ君」

「ん?」

「なぁに、マイシィちゃん」


 そこで、私は一つの提案をした。



「今から行きましょう。海ドラゴンを倒しに!」

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