記録1 クサハミムシのスパイスソテー その3
というわけでスタジオに戻ってまいりました。
改めまして美食研究科のマイシィ・ストレプトが美味しい昆虫料理を作っていきたいと思います!
アシスタントのエメダスティ君、よろしくおねがいします!
「お願いします。ちなみにスタジオというのは学校の調理実習──」
ごほんッ!
良いですかエメ君、余計な口は挟まないように。
スタジオといったらスタジオなのです。
そこが調理実習室だろうとフマル家の台所だろうと、たとえそれが山小屋の中だろうと私がスタジオといえばそこは立派なスタジオ以外の何物でもなくなるのです。
いいですね?
コクコクコクコクコクコク(エメダスティの全力でうなづく音)
というわけでまずは本日の食材の状態をご覧いただきましょう。
どーん!
見てください、色鮮やかなクサハミムシ達です!
基本的には草の葉に住み着いている彼らですので、周囲に溶け込めるように緑色をしていますね。
ちなみに周囲の環境に合わせた敵に見つかりにくい体色のことを保護色と言うそうですよ。
時々茶色っぽい子もいますけど、味は変わりませんのでご安心ください。
というより、加熱すると海の甲殻類のように赤くなりますので元の色は気にしなくて良いです。
むしろ緑色のアクセントとして期待して調理すると裏切られるので気をつけてくださいね!
さて、と……あっ!
この子……眼の横から側頭を抜けて体に帯状の模様があるこの種類のクサハミムシは避けておいてください!
「え、どうして避けちゃうの? まさか毒──」
イネコは別格に美味しいからです。後で私が食べます。
「あ、はい」
さてさて、わざわざ美味しい方を避けて、やや大味の種類を残したのには理由があります。
実は、本日はちょっと試したいことがあるんですね。
「まさかはじめての料理をみんなにご紹介する気だったの!?」
そうなんですよ。
だからこそ“研究”レポと銘打っているわけなのよ。
話が一旦逸れてしまいましたが、改めまして今回試したいことというのはですね、クサハミムシの青臭さをどうにかして消せないか、ということなんです。
イネコクサハミムシは例外なのですが、だいたい草食べてる虫は口の中に草の風味が残るような感じなのですよ。
少し気になる程度で十分美味しいのですけれどね。
ただ、何食べても基本美味しいと言ってしまうエメ君のような人以外は、苦手な人は苦手なのかなとも思っちゃうわけです。
「ちょいちょい扱い酷くない?」
そこでですね!
「またスルーするし」
そのほのかな草の風味をハーブに見立てて、他のハーブやスパイスを加えてソテーにしてみようと思ったのです!
多分、スパイスだけだと臭みの上から刺激物で上書きするだけになってしまうので今度は素材の旨味が味わえないと思うのです。
なのでスパイスはそこそこに、ハーブを少量、というのがベストバランスだと思います。
「なるほどー」
では早速下処理から参りましょうね。
昆虫を昆虫らしく食べたいなら鮮度が大切です。
昆虫は死ぬと、自分の出した消化酵素で自己分解を始めてしまい、せっかくのプリッとした食感がなくなってグズグズになるだけでなく、エグみも相当増してしまいます。
なので〆たその日のうちに、少なくとも加熱しておくことをお勧めします。
今回は持ち帰っときにクサハミムシの入っているカゴごと水でサッと洗い流し、氷魔法で温度を下げて仮死状態にしておきました。
それがこちらです。
「カゴごと洗ったのはなぜ?」
それは簡単です。
逃げちゃうからですね。
あと水に触れさせるのにはもう一つ理由があって、寄生虫を外に出すためです。
「え? 寄生虫がいるの?」
たぶん滅多に無い事だと思うのですけど、以前クサハミムシのお腹の中から針金みたいな寄生虫が出てきてゾッとしたことがあります。
肉食の昆虫だと割と寄生されている個体は多いのですが、草食のクサハミムシから寄生虫が出てきたのは意外でした。
その時のクサハミムシは多分何処かで昆虫の死骸でもついばんだ事のある個体だったんでしょうね。
私はそういうちょっとしたトラウマのせいで水洗いをしているのですが、あれ以来寄生虫には出くわしていないので、多分本来はする必要はない処理だと思います。
それから、出来る方だけで良いのですが、1日くらい絶食させたまま生かしておくとフンを出してくれるのでオススメです!
「今回はやらないんだね……」
昆虫食とはそういうものです。
さて処理を始めますけど、エメ君、覚悟は良いですか?
「え、どういう……」
私たちは子供の頃から虫を食べてるから耐性がついているけど、だいたいの人は虫の見た目が苦手なんだよ。
特に脚がついているのとついていないのではかなり嫌悪感が変わることが調査の結果わかったの。
ちなみに親衛隊調べね。
脚がついていると硬くて食べづらいしね。
──そこで、今からこれら全部をむしり取りたいと思います!
「全部!?」
もちのロンさ!
あ、ちなみに油で揚げるなどでスナック感を味わいたい人は取らなくても良いかも。
ただし大きめの個体は取ることをおすすめします。
今回は頭と脚と羽を取っていくことにするねー。
◇◇ 10分後 ◇◇
「う、うあわぁぁぁ」
「うわー」
えー、私たちの目の前には凄惨な、えー、バラバラ殺人現場が広がっております。
調理台の上に四方八方に広がるのはー。
頭、脚、本体、脚、脚、羽、頭、脚、脚、羽、脚、脚、本体、脚、脚脚あs……
えー、正直に言いますね。
思 っ た よ り グ ロ い で す 。
やらなきゃよかったかなぁ。
……いや、ともかくこれで本体だけ集めれば、もうシェリンプの剥き身とほぼ変わりませんから!
もうグロテスクなところは一切ありませんから!
──はいッ。
気を取り直して参りましょう。
次にお鍋でクサハミムシ本体を煮ていきますので、エメ君、お鍋にお水を張って火にかけといて頂戴ね。
私はその間に他の具材の用意をいたします。
今回はクサハミムシがメインですのでシンプルにいきます。
まずは虫取りのついでに採集してきた野草のヤビルですね。
万能ニギとかネラのような見た目ですが、独特の風味があり、上手くクサハミムシの風味に溶け込んでくれると思います。
たぶんネラでも代用できますね。
続いてお父様より送っていただいた香草──とご紹介したかったのですが、運送に時間がかかるということで、泣く泣く生葉はあきらめて香草のパウダーにしてもらいました。
また、後でスパイスとしても紹介しますが香草の実が香辛料として使えるそうで、そちらも頂きました。
ちっちゃくて丸っこくて硬そうな実ですね。
エメ君、お湯が沸くまでこれをすり鉢で挽いておいてくれるかな?
「分かったよマイシィちゃん」
ヤビルは水でよく洗ってから適当な大きさ、そうだなぁ、親指くらいの長さにザクザクと切ってしまいます。
もし生の香草があったら、同様のサイズに切る感じにしたかったですがしょうがないです。
とりあえず野菜はこんな感じ。
次にヨンニク。
薄皮を剥いて、1かけ使いましょうか。
あ、先端が少し緑がかってますね。
私は芽が生えてても平気で使っちゃいますので、特に気にせずそのままスライスしますね。
ショウギも少しだけ足そうかな。
少しで良いと思います。
こちらはすり下ろしてペーストにした物が冷蔵庫にあったはずなのでそちらを使います。
さて、色々と準備が進んでおりますが、ここでスパイスのご紹介でーす!
どんどんぱふぱふー!
これらの香辛料は、こちらもお父様に送って頂きました。感謝しかないですね。
こちらの赤いのがトゥガラシ。
それからどんな料理にも合う魔法の香辛料の黒コシショウ、こちらは最近手に入りやすくなりましたね。
あとは、見た目はちょっと麦の実に似てる、ワミンシードという香りの強い種子です。
あとは先程エメ君に挽いてもらった香草の実、コリアッパーです。
それから、フユメグという香辛料のパウダーもいただきました。
香りがかなり強いです。
メモには「入れすぎると死ぬので少しにしなさい」とあります。
──怖っ!?
「マイシィちゃん、湯が沸騰したよー」
あ、はい、ありがとうエメ君。
では早速クサハミムシを茹でていきましょう。
「こうなると完全に食材だね」
「ねー」
クサハミムシに熱が通って赤く色づいてきました。
見た目的にはほとんどシェリンプです。
普通においしそうです。
しかし昆虫なので熱はしっかり通しておきます。
なお、カリッと派の方は茹でずにそのまま炒めてしまいましょうね。
その場合はしっかり火を中まで通すことを心がけてくださいね!
「じゃあエメ君、もう気持ちだけ茹でたらザルにあけてくれるかな」
「うん、了解」
私はフライパンの方へ移動しましょう。
フライパンにグォマ油を少し多めに入れ、炎魔法でコンロに点火します。
火は強すぎないほうがいいですね。
まだ低温の油にワミンシードとヨンニクスライス、半分に切ったトゥガラシを入れます。
火が通ってくると油に香辛料の辛みと香りが移ってきます。
「はいマイシィちゃんクサハミムシ」
ちょうど良いタイミングで茹で上がりましたね。
ヨンニクやトゥガラシの周りに泡がぷつぷつと出てきたら、それらは取り出してしまいましょう。
残しておいてもいいですけどね。
辛くなりすぎるのも嫌なので、私はこのタイミングで一旦出してしまいます。
油にショウギペーストを加えて軽く混ぜたら、火力を上げて、いよいよクサハミムシを投☆入☆です!
一度茹でているので火の通りはそこまで気にしなくて良いですね。
さらに野草のヤビルも加えて炒めましょう。
焦げないように注意してくださいね。
ここでコリアッパー、フユメグを振りかけます。フユメグは怖いので少し、少しにしておきましょうね!
うわ、すごく香りが立ってきました。いい感じです。
黒コシショウも全体的にかけてあげましょう。香辛料の種類が多いので、入れすぎると激辛になりそう。そのあたりは香りが一つの判断基準になりますね。
さあ、ヤビルがしんなりしてきたら、香草パウダーを振りかけて、気持ち炒めて……はいッ!
でーきまーしたー!
あとはお皿に盛り付けたら完成ですね!
「うわあ、すごくいい香りだね!」
ふっふっふ、ほとんど初見でここまで作れちゃう私って天才なのかもしれません。
それではさっそくお味の方を見ていきたいと思います!