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記録1 クサハミムシのスパイスソテー その2

私が天空に向かい花火を打ち上げてから十数分後。

遠くの方から何やらリズム良く蒸気を吹き上げる音が響いて来ました。

続いて聞こえてくるのは大気を震わすほどの重い音、地面を踏みしめる車輪の音。

見えてきたのは黒光りするボディのキャビン。

現れたのは大型の乗合馬車から馬を取り除いたような見た目の“魔動車”です。

私の親友はこれの事を“バス”と呼びます。

異国の言葉なのだそうですが、あの子はどこで覚えてきたのでしょうか。


「こ、この車は!」


ふぅふっふ、エメ君も驚いてる驚いてる。


魔動車の運転席から20代後半くらいの大人の女性が1人、客室からゾロゾロと魔法学校の学生の男の子たちが降りてきました。

総勢10名ほど。


「わ、私をアゴで使うとは……!」


運転手の女性は何やら不満そうです。

制帽にネクタイ、ベスト姿がよく似合うこの黒髪の女性は、


「ムスイ先生、いつもありがとうございます!」

「くっ……生徒にいいように使われるなんて……ッ」


そう、私達4年生の学年担任のムスイ・ガヴェイン先生です。

私達に魔法学を教えてくれています。

魔動車の運転は魔石の制御がかなりシビアなので、優秀な魔法士しか扱えませんし、車体も高価なのでなかなか普及していません。

まだまだ馬車が優勢というご時世です。

ではなぜ先生が魔動車を使っているのかというと、実はこれは学校の備品なのです。


「校長に怒られるの嫌なんだから、もう私を足に使うのはこれくらいに───」

「せーんせ? いーんですか?」

「……」


先生は私の親友に弱みを握られてしまいまして、それで私達には逆らえなくなってしまったのです。

妻子のある男性かっこ先輩教師かっことじ、とのヨクナイ関係……て、これは言ってはいけないのでした。

危ない危ない。


「……」


「「「マイシィ様!! お勤めご苦労さまです!」」」


ため息をつく先生の横に、男の子たちが集結しました。

紹介いたしましょう、我が親衛隊のみなさんです!

拍手っ!


「ご紹介に預かりました! マイシィ親衛隊の1番隊隊長サ───」

「ああ、名前はいいですから」


全員紹介すると長くなりそうなので割愛です。

そもそも、私も全員のお名前は把握しておりません。

普段は番号で呼ばせていただいております。


この親衛隊のみなさんなのですが、私が入学した10歳当時にできたファンクラブのメンバーだった人たちです。

どこに行くにも付いてきて、話しかけるでもなく遠巻きに見ているだけだったのがなんとも気持ち悪かった覚えがあります。

今ではこうして花火を打ち上げるだけでたちまちに集まってくれる、とても便利……いや、頼もしい方々になりました!


「……してマイシィ様。我々は何を?」


そうでした。

説明するのを忘れていました。

親衛隊の皆様の士気を上げるために、私はとびきりの笑顔で宣言するのです。


「れっつ、虫取り、です!」


***


親衛隊の皆さまが来てくれてから、クサハミムシの捕獲数はみるみる増えていきました。

これでエメ君にも勝つことができるでしょう。


「数の力なんてずるいよなぁ……それに権力で勝つって言ってたけど、親衛隊の皆さんはどちらかというと権力じゃなくて魅力で動いてるよなぁ……」


そのエメ君は先程から、何やらぶつくさ呟きながらいじけています。

自分の虫かごからクサハミムシをちょっとずつ逃しているのが見えました。

何をしているのでしょうか?

少し近づいて見てみましょう。


なるほど、どうやら数ではなく大きさで勝負することに決めたようで、先程から小さい個体は逃してあげて、一定の大きさ以上の個体のみ残すようにしているのです。

かごの蓋に隙間を作り、器用に狙った個体だけをつまみ出して放しています。

再び私達に捕まらないように風魔法で遠くまで運んであげていることから、エメくんの優しさが伝わって来ますね。


でもねエメ君、飛ばされた先も気にしてあげようね。

先程から次々に小川の水面に落下して、魚の餌になっているよ。


ちなみに小さいクサハミムシは小さいなりに使い道はあり、油で揚げてから塩をまぶせばスナックとしてなかなかに優秀なのです。

けれど、今回はあまり大きなかごを用意していませんでしたから逃がすのは仕方がないです。


「マイシィ様!」


おや、何かね親衛隊員ナンバー8君。


「このクサハミムシは形が違いますが……大丈夫でしょうか?」


隊員が持ってきた虫を見て、私は思わずたじろぎました。

こ、これは……。


「こいつが、クサハミムシだと……?」

「ち、違うのですか?」

「ばっかもーーーん!!!」

「!?」


怒りに我を忘れ、思わず大声で叱りつけてしまいました。

しかし、この失態は見逃せないものだったのです。


隊員の持ってきたのは、サイズや色合い、全体的な体のフォルムこそクサハミムシに似ていましたが、全くの別種。

むしろクサハミムシを食べてしまう肉食の昆虫、トモハミムシだったのです!

同属であるはずのクサハミムシを食べてしまうから友喰蟲(トモハミムシ)と呼んでいます。


腹部が少し短くて足が長い、なんというか寸詰まりな体型をしていて、肉食であるためやや顎が鋭く顔つきが怖いです。

それ以外はクサハミムシとほとんど変わらない見た目です。 間違えるのも無理はないと思いますが、両者には決定的な差があるのです。


「決定的な、差、ですか……?」


そのとおりです。

それは、ズバリ味です。


トモハミムシも食べられない昆虫ではないのですが、口にするとほんのり草の香りがするクサハミムシに対して、トモハミムシは独特のエグみがあります。

肉食の昆虫に多いのですが、若干の生臭さというか、内臓っぽさがあります。

普段なら気にせず捕ってしまうのですが、今回はクサハミムシの美食研究レポートなので逃してあげましょう。


「以後は気をつけるよーに」

「……ははあ!」


地面に膝をつけて謝まる隊員ナンバー8。

私は我が親衛隊員の恭順な姿勢に大変満足していたのですけれど、若干2名ほどがドン引きしているような顔でこちらを見ていることに気が付きました。

エメ君とムスイ先生でした。

二人は私達の方を横目で見ながら、ヒソヒソと話をしているようでした。

私に内緒で話をするなんてなんだか怪しい。

でもね、私の地獄耳をあまり舐めないほうがいい。


「マイシィちゃんはいつからああなっちゃったのかしら」

「割と昔からあんな感じですよ」

「でも最近は人を顎で使うようになったじゃない?」

「……多分、《彼女》の影響ですよ」

「そうでしょうね……」


なんだ、やめろ。

なんか可哀想な子を見るような目で私を見るのはやめろ。


誰かの影響がどうとか言っていますが、……確かにないとは言い切れませんが、考えなしというわけではありません。

親衛隊を作らせて、人を使うようになったのにはきちんとした理由があるのです。


私は今はハドロス領という、言ってしまえば辺境の地におります。

けれども本来はストレプト家の長女として、中央で国の運営をお支えするという責務があります。

私怨や陰謀渦巻く中央貴族の世界で上手く生き抜くには、やはり人の使い方を学ぶ必要があるのです。

1年生の頃は何でも一人で解決しないといけないと思い込み、大変な目に会いましたから、その反省でもあるわけです。


───すみません、長々と自分語りをしてしまって。


まあ結局何を申し上げたかったのかと言いますと、

“うっせーわ、黙って見とけ! ”ってことです。


今回お手伝いいただいた方々には、ちゃんと私の素晴らしい手料理を振る舞うつもりです。

もちろん美味しいクサハミムシのお料理です。

労働の対価を用意しないような暴君には、私は決してなるつもりはないのですから。


「ちょ、マイシィちゃん? その手料理を振る舞われるのって私も入ってる?」


当たり前じゃないですかムスイ先生。

親衛隊の中でも寮を借りている者だけとはいえ、こんな短時間でこの人数を連れてきていただけたのですから、1番の功労者と言っても差し支えないですよ。

先生には、1番大きくて1番活きのいいクサハミムシを差し上げますね!


「うそ……でしょ……」


私の言葉を聞くやいなや、先生はふるふると震えだし、目には何やら溢れるものがありました。

泣くほど感動していただいたようで、何よりです!

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