1 和代の提案
「武道大会を開催しますわ!」
美女学の生徒会室にて。
生徒会長の神田和代は大声でそう宣言した。
予想していた喝采は起こらず、集まった役員たちからは戸惑いの視線が向けられる。
「えっと……」
副会長の豊島愛理が、先ほどまで和代の読んでいた少年漫画にちらりと目を向けてから、恐る恐ると確認をする。
「ブドウタイカイ、素晴らしいと思います! みんなで優雅にダンスを踊るのですね!」
「それは舞踏大会でしょう。私が言っているのは武道大会ですわ。ぶど、です」
愛理は頭を抱えていたた。
和代が思いつきで物事を提案するのはいつものことである。
彼女はそのたびに頭痛を起こしているが、いい加減慣れて欲しいものですわ。
「えっと、それはどのようなものなのでしょうか?」
内村蘭という別の生徒会役員が愛理に代わって疑問を口にした。
和代はなぜか胸を張って彼女の質問に答えた。
「言葉通りですわ。代表の選手たちが試合という形でお互いの力と技を競うのです」
「それは、あまり優雅とは言えないのでは……」
「何を言うのです。己の鍛え上げた体を見せつけ、技を試し合い、健康的な汗を流すのですよ。あなたはスポーツに打ち込むすべての人たちを否定するのですか?」
「そんなつもりはなかったのですが……」
まだ言いたい事はありそうだが、蘭はそれ以上の反論はしなかった。
愛理もそうだが美女学生徒会役員の中で和代に強く意見できる者などいない。
「もちろん野蛮にただ殴り合うわけではありません。行うのは能力を使った試合です。両校がそれぞれに代表者を出し合い、普段の授業の成果を試す場を設ける……どうです、L.N.T.の学校としても理にかなっているでしょう?」
「待ってください」
愛理が顔を上げ、さっきよりも真面目な表情で問いかける。
「両校の代表者とはどういう意味でしょう」
「決まっていますわ。水学と美女学の代表者です」
生徒会室内が途端にざわついた。
一応、会議中には勝手な発言禁止のルールがある。
それを気にしていられないほど和代の提案が衝撃的だったのだ。
「それはまさか、四年前の……?」
「ええ。第二回となる学園対抗試合を行いたいと思っていますわ」
水瀬学園と美隷女学院。
L.N.T.に存在する二つの学校がまだ中等部しかなかった時代、能力者同士による学園対抗試合があった。
この場にいる第一期生は皆その試合を直に見ている。
それは生徒たちにJOYとSHIPの二つの能力が公表されて間もなくのことだった。
町開きと同時に開校した水瀬学園。
遅れて設立された美隷女学院。
小規模だった街に二つも学校は要らないと、両校の存亡を賭けた熾烈な試合が行われた。
最終的にはそれぞれの良さが認められ、両校ともに存続できることになったのだが……
あれから四年。
和代は再びそれを開催しようと提案している。
「いけません!」
愛理は長机に両手を叩きつけた。
「先日の生徒会合同による見回りの成果もあって、両校の関係はこれ以上なく良好と言えます。無用な諍いの原因となる対抗試合など到底容認できるものではありません!」
「諍いなんて大げさですわね。私はただ、交流の場を設けたいと思っているだけですわ」
「生徒たちはそうは取りません。両校に明確な優劣をつけてしまえば絶対に禍根が残ります!」
普段おとなしい愛理らしからぬ強い口調での猛反発だった。
和代は黙って彼女の意見を聞いた。
水学と美女学はそれぞれが全く異なったカリキュラムを組んで授業を行っている。
普通の授業に関しては問題ないが、こと能力を扱う授業に関して言えば、どちらが優れているかをはっきり示すような事はこれまで懸命に避けてきた。
それというのも夜間の無法があるからだ。
例えば両校の代表が争い、一方的に勝敗が決したとする。
そうなれば敗北した学園に所属する生徒は差別を受けることになるだろう。
勝者に対する嫉妬も起こるはずだ。
来年以降の事も考えてみる。
この街に住む中学生たちはいずれかの高校を選んで進学する。
学校ごとに明確な優劣が決まれば、進学先選びに偏りが生じる可能性もあるのだ。
行き着く先は再びの廃校の危機である。
そんな感じで予想される問題を愛理は訥々と語った。
「その点なら心配いりませんわ」
意見を聞き終えると和代は落ち着いた声で反論する。
愛理も熱が冷めたのか、大声を出したことを恥じるようゆっくりと席に着いた。
和代は片目をつぶり、唇に指先を当てて言葉を続ける。
「武道会はあくまでイベントの一環として行うつもりです。言ってみれば文化交流の目玉であって、両校どちらの方が優れているかなど決めるつもりはありません」
「イベント、ですか……?」
「ええ」
今度は和代が机を叩き、生徒会室どころか校舎の外にまで聞こえるような大声で宣言する。
「今秋、L.N.T.初となる水学と美女学による合同運動会を行います!」
※
「運動会?」
水瀬学園生徒長の麻布美紗子は美女学からやってきた密偵の連絡を聞き、訝しげな表情を浮かべた。
「はい。詳しくは近いうちに神田さんが直接こちらに伺ってお話をされると思います」
時恵という密偵は美女学生徒会長の神田和代が個人的に使っている女生徒だ。
忍者部という部活に所属しているという建前だが、まともに授業を受けている生徒かはわからない。
部屋に入ってくるまで美紗子ともう一人を除く生徒会役員には全く気配を気付かせなかった。
かなり高度な隠密技術の持ち主である。
冗談のようなネーミングだが、忍者を名乗るのに不足はないと言える。
「それって、体育祭みたいなものでしょうか」
時恵の気配に気づいていたもう一人の役員が疑問を口にした。
先日水学生徒会に入ったばかりの一年生役員、赤坂綺である。
「ええ。そう考えてもらって構いませんでしょう」
時恵は頷いた。
和代にせよ美紗子にせよ、小学校を卒業すると同時にL.N.T.にやって来た人間である。
これまでそのようなイベント自体が無かったため、小学校時代の名残で運動会と言う名称で呼ぶことに疑問も抱かなかったのだ。
なるほど体育祭という呼び方の方がしっくりくる。
高校生的に。
「陸上競技だけでなく部活間の交流試合なども行う予定です」
「アイディアはいいと思うけど……」
もちろん水学にも部活動はたくさんある。
しかし山奥で外界から孤立したこのL.N.T.では外の学校との交流試合はもちろん、公式なスポーツ大会に出場することもできない。
特に運動部はひたすら練習に打ち込むだけの実りのない日々を送っている。
「確かにこれまで両校のスポーツ交流は小規模なものしかありませんでした。なのでこういった大きな節目を設けることには賛成です。しかし……」
「さすが美紗子さん、よくわかってますわ!」
突然、豪快にドアが開かれた。
その向こうには神田和代が強気な笑みを浮かべて立っている。
あまりに唐突な登場に時恵も含めた一同が唖然となった。
「か、和代さん。おひとりですか?」
「ええ、お邪魔しますわよ」
まったく物怖じする様子もなく水学生徒会室に入ってくる美女学生徒会長。
対立というほどではないが、両校の間にはライバル感のようなものが存在する。
他校の敷地内に生徒会長が単身でやってくるなど普通に考えてとんでもないことだ。
少なくとも美紗子は一人で美女学に出向けるかと言われたら遠慮したい。
というか、これでは密偵として送り込まれた時恵の立場がないじゃないか。
「話は伝わったようですわね。では単刀直入にお聞きしますが、水学側としては今回の提案をどのように考えていますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。まだすべての資料に目を通してもいないもので……」
美紗子は慌てて時恵から渡された資料の束に視線を落とす。
次に和代と会うまでに目を通しておいて欲しいと言われたが、これではゆっくり吟味する間もない。
もしかしてこちらがよく理解していないうちに強引に案を通すつもりなのだろうか。




