26 翼の中で目覚める者
「あ、あなた――」
和代が翔樹に話しかけようとすると、バスが急激に減速した。
倒れそうになった翔樹を香織がとっさに抱きしめる。
「あぶ、あぶあぶあぶなっ!」
どうやら智絵がブレーキを踏んだようだ。
攻撃を避けたのに何故……と思って前方を見れば、すぐ前方にAMリペアが迫っていた。
その後方、数百メートルの地点に異常に巨大な扉が進路を阻んでいる。
たぶんあれがL.N.T.の果て。
あの向こうに見える景色はすべて作り物の映像だ。
バスがAMリペアに接触した。
敵は左腕一本で車体を抑え込もうとする。
右手に持った断罪の剣を振り上げ、残った防弾ガラスを叩き割る。
「きゃあっ!」
割れたガラス片と一緒にAMリペアが車内に乗り込んでくる。
力の魔天使が激突の衝撃で床に倒れた香織に迫る。
Dリングの防御すらも貫き、あらゆる物を切断する断罪の剣。
しかし、それは香織に触れる直前で見えない壁に阻まれた。
『≪神鏡翼≫か……! こんな所であいつに邪魔されるとは!』
苛立ちを隠せない社長の声が響く。
対照的に無表情なAMリペアの動きは止まらない。
床を踏みぬき、両手で握りしめた剣を腰で構え、狙う相手を変えた。
彼女が向いた先は≪神鏡翼≫の使用者である翔樹。
「偽物ごときにいつまでも好き勝手にやらせませんわ!」
和代が≪楼燐回天鞭≫を振った。
斬撃に横から迫った振動球が断罪の剣の軌道をわずかに逸らす。
振動が伝わったことでAMリペアは体勢を崩す。
「今ですわ!」
「うん!」
和代の声に反応して香織は起き上がって地面を蹴った。
前のめりの姿勢のままAMリペアの顔半分を覆う仮面に向かって手を伸ばす。
「≪天河虹霓≫!」
軽く小突く程度に香織の右手が仮面に触れた。
だが、それだけ。
AMリペア本体はダメージを受けなかった。
攻撃が体に届くより先に敵は身を伏せると、香織の攻撃を避けたのだ。
AMリペアが翔樹に手を伸ばす。
和代は即座にその進路上に振動球を向かわせる。
断罪の剣で攻撃を受け止めるたAMリペアは上空へと舞い上がっていった。
直後、バスが大きく振動して完全に停止する。
「うわっ!」
クラッチ操作を知らない智絵がブレーキを踏み込んでエンストさせてしまったのだ。
バスは終着の門よりだいぶ手前、十数メートルの地点で止まっている。
「ここまで来て……!」
目の前には巨大な門。
門の扉は固く閉ざされている。
バスと門の間に立ち塞がるのは片翼の魔天使。
彼女の手には翔樹から奪った≪神鏡翼≫のジョイストーンがあった。
香織の攻撃を避け、和代の攻撃を受けつつ、あの一瞬で翔樹からそれを奪ったのだ。
強行突破は無理。
ここを通るには奴を倒すしかない。
そしてそれは……恐らく和代たちには不可能だ。
『あははは、残念だったね!』
AMリペアはゆっくりと地面に降り立った。
仮面を通した新生浩満がおかしそうに声を上げる。
『わかるかい? 君たちが手も足も出なかった魔天使赤坂綺。それに加えて麻布美紗子の剛力を持つこのAMリペアは事実上L.N.T.最強だ。頼みの綱の≪神鏡翼≫すら奪われた今、君たちに勝機は欠片ほども残っていない!』
絶望だった。
和代は力を失って地面に膝をついた。
逃げ場はない。
今から街に戻る手段も気力もない。
それ以前にここでAMリペアに皆殺しにされて終わりだ。
せめて麻布美紗子を模造して彼女の死を弄んだあのゾンビ兵士に一泡吹かせてやりたいが、和代たちの力ではそれすら適いそうにない。
『残念だがここで終わりにしよう。そうだ、ここまで頑張った君たちには褒美として苦しむことのないよう、塵一つ残さず消滅させてやろうじゃないか!』
美紗子の……
AMリペアの背負った三枚の翼が機械的に形を変える。
巨大な筒状に変化した姿はまるで大砲を担いでいるようだった。
「≪魔天使の翼≫の第三段階。片翼なので全力とは言えないが、その力をお披露目してやろう!」
砲身の先に幾何学模様をした魔法陣のような赤い円が浮かぶ。
断罪の剣を円形の中央に突き刺すと、そこから超高熱の極太ビームが放たれる。
「いやあああぁぁぁ!」
香織の叫び声が響いたが、眩い光と熱気にかき消された。
命が終わる瞬間とはこうも呆気ないものなのか。
本当に、やるせない気持ちだ。
しかし。
「……?」
いつまで経っても死は訪れない。
和代は不思議に思ってうっすらと瞳を開いた。
「え……」
レーザービームはバスの方に向いていなかった。
後方にある門に向いて放たれ、扉の真ん中に大穴を穿った。
『な、何をやっている!? ちゃんと狙えバカ者!』
「うるさいのよ」
仮面の声に対する声は和代や香織のものではない。
AMリペアと呼ばれたその兵器が喉を震わせ、唇を開き、懐かしい声を響かせた。
彼女は自分の顔半分を覆う仮面に手を伸ばす。
『何をする!? やめ――』
仮面の瞳の部分を指で摘まみ出す。
それきり新生浩満の声は聞こえなくなった。
「まったく、人の体で好き勝手やってくれちゃってさ。誰が兵器よ。っていうかバカはそっちじゃない。私が混じっていたことにも気付かなかったくせに」
「み、美紗子……さん……?」
懐かしい友人の声。
和代は半ば呆然としながら問いかけた。
しかし、帰ってきたのはまったく予想外の答えだった。
「違うわよ。私、赤坂綺」




