11 フリーダムゲイナーズ、始動!
コンピューターが発する光が唯一の光源の、薄暗い部屋。
そこには二人の人間がいた。
一人は熱心にキーボードを打つ少女。
もう一人は何やら黙って壁にもたれる青年。
タイピング音が響く中、ノイズ混じりの音が響いた。
壁際の男……古大路偉樹は懐から無線機を取り出して耳に当てる。
報告を受けた偉樹の表情はみるみる喜色を帯びる。
「わかった」
短く一言だけ返し、彼は無線を置いた。
「荏原恋歌が倒れたそうだ」
「そう」
L.N.T.を揺るがす大情報を伝えても、キーボードを打っていた少女は、モニターから視線を上げようとすらしない。
「気にならないかい? 女帝を倒した人物が誰なのか」
「生徒会の赤坂綺でしょ」
少女の声は断定的だった。
偉樹は予想通りの回答に少しだけ得意になる。
「いいや違う。倒したのは弦架地区の北部自警団に所属する小石川香織という女だ」
少女は手を止めて偉樹の方を見た。
残念ながら期待していたような驚き顔ではなかった。
だが彼女が予想を裏切られる姿を見られただけで、ずいぶんと新鮮な体験だった。
「誰それ」
「さあ? これから調べさせてみるつもりだよ。しかし意外だったね。荏原恋歌を倒せるとしたら赤坂綺か貴女くらいのものだと思っていたよ。貴女も実は残念なんじゃないかい?」
「どうでもいい」
少女は興味をなくしたように顔を背けた。
そして再びキーボードによる打ち込み作業に戻る。
彼女は赤坂綺や荏原恋歌と並び三帝と称された最後の一人、アリス。
どうやらアリスは個人の力比べには全く関心がないようだった。
爆高の旧校舎を出て以来、こうして身を隠して自身の望む研究に没頭している。
別に追い出されたわけではない。
偉樹の方から旧校舎にいた彼女により良い研究設備を提供すると申し出たのだ。
どれだけ時間をかけても仲間に引き入れるつもりだったが、以外にもあっさりと話に乗ってくれたのは幸運であった。
「貴女の言う通り。個人の力量によって大局が覆されることなど普通はありえない」
平静を装って見せてはいるが、意外な知らせに最も驚いているのは偉樹である。
彼の予定では水学生徒会とエンプレスは全面戦争に突入。
共に壊滅的な打撃を負うはずだった。
その際は赤坂綺と荏原恋歌のどちらが勝っても構わなかった。
どちらにせよ両グループを潰せる最大のチャンスだったから。
蓋を開けてみれば荏原恋歌は予想すらしていなかった人物に敗北した。
エンプレスは北部自警団らと軽い小競り合いをした程度。
水学生徒会に至っては戦闘すら行っていない。
結果、両軍共にほとんど死傷者は出なかった。
残念ながら漁夫の利を狙うという作戦は失敗である。
それでも、偉樹の――彼らの計画に支障はない。
「予定とは少し違ってしまったけれど、荏原恋歌が倒れた今こそ我々が動く時だ」
「手伝わないよ」
「かまわない。貴女はそのまま自分の研究を続けてくれ」
「言われなくても」
必要な設備を提供するから自分たちの元に来てくれと頼んだのは偉樹の方である。
その点で援助を惜しむ気はなく、アリス個人の武力にも今のところは期待はしていない。
当初は赤坂綺が破れたときのための保険だった。
しかし、今ではアリスの行っている研究の方にも期待している。
なぜなら彼女の研究の成果次第ではこの街を……いや。
この世界を覆し得るほど大きな『カギ』が手に入るからだ。
「また顔を見せるよ。必要なものがあったら何でも言ってくれ」
アリスは返事をしない。
元より期待はしていない。
偉樹は小さな研究所から退出した。
※
かつて豪龍が街を支配した時に根城としていたラバース支社ビル。
そこにはこの街で唯一、民間の目に触れることのできる放送施設があった。
以前は水瀬学園校内にもあったのだが、アカネの月の蜂起と同時に解体されている。
偉樹はマイクのスイッチを入れた。
用意しておいた原稿に目を落とし、放送を開始する。
「L.N.T.に住む皆さん。私は古大路家現当主の古大路偉樹です」
偉樹は語る。
己の大義を。
「突然ですが、皆さんに衝撃的な事実を発表しなくてはなりません」
一字一句、事前に何度も読み返した手元の原稿を再確認しながら言葉を紡ぐ。
「このL.N.T.は関東北部の山奥にある街ではありません。外から仕入れた地図にL.N.T.の表記は無く、この街で手に入る出版物、放送されるニュースはすべてが作られた偽物です。街の周囲を取り囲む森をご存知でしょうか。その外側には見えない壁があります。このL.N.T.という街は大きな箱の中に閉じ込められている。この大地も、空も、遠くに見える山々も、すべては人工的な作り物なのです……そう、我々は偽りの世界の中にいるのだ」
突然こんなことを言っても、にわかには信じられないだろう。
だが、放送を聞いた住人たちが実際に試してみればわかることだ。
偉樹が語っていることは真実なのだから。
これから数日のうちに多くの人間が外周部を訪れるだろう。
事が公になれば秘密を知った人間をひそかに粛清することもできない。
ラバース社としても、もうその必要はないだろうが。
「すべてはJOYやSHIP能力という重要機密を外部に漏らさないための舞台装置だった。我々という観察対象を逃がさないための檻だ。実験場という話は誇張でも比喩でもなかった。私たちは研究者たちの望むまま、都合のいいように殺し合いをさせられてきた! ラバース社に利益をもたらす技術の研究のためだけに!」
偉樹の語りは次第に熱を帯びてくる。
もはや彼は原稿を読んでいない。
「我々は自由を奪われた捕らわれの囚人だ。なぜこんなことが許されるのか? 私たちが真に憎むべき敵は何者か? 街に混沌をもたらしたアカネの月か。暴虐な振る舞いで平和を乱した豪龍組か。人質となった人たちの多くを殺したルシール=レインか。混乱を利用し覇道を貫いた荏原恋歌か。いずれも違う! 我々が倒すべき相手は、この街を支配し、今もどこかで実験と称した殺し合いを観察している、ラバース社の研究者たちだ!」
思いを言葉に乗せる。
マイクの先にいる人々に語りかける。
それは偉樹がこの街で生まれた時からずっと描いてきた願い。
今こそ実行に移す時だ。
真実を知った人々は協力を惜しまないだろう。
そうなるように少しずつ時間をかけて仕組んできたのだから。
「僕はラバース社を打倒するために立ちあがる。この志に共感し、共に自由の使徒になろうと考える者は、ぜひとも力を貸して欲しい。この手に自由を掴むために……我々『フリーダムゲイナーズ』は、L.N.T.の運営者たちと戦う!」
そう、今こそ。
自由を掴む時がやってきた。




