5 協力者たち
御山地区の外れ。
川を挟んだ向こう側は未開発の山地。
この辺りは背の高い木が密集していて昼間でも薄暗い。
泥と雑草で汚れたむき出しの地面は晴れた日でもぬかるんでいる。
その一角にエンプレスによって美麗女学院を追われた神田和代が身を潜めていた。
命からがら逃げてきた数名の生徒会役員たちも一緒である。
平和な頃には美女学の生徒会長を務め、常に華やかな道を歩き続けた才女。
敗走後とはいえ、こんな場所に潜んでいるとは誰も思うまい。
知っているのは親友の四谷千尋だけである。
和代は学内の反エンプレス派の勢いを抑えきれなかった。
そして勝ち目のない荏原恋歌討伐を行うことになった。
その際、親友の千尋は同行させず北部の弦架地区へと避難してもらった。
おかげで今こうして弦架地区と連絡を取り合うことができる。
北部自警団作戦会議の翌日、千尋が人目を忍んで和代の下を訪れていた。
「というわけで、協力を頼みたいの」
エンプレスが水学に総攻撃をかけるらしい。
そのタイミングを狙って荏原恋歌を打倒するそうだ。
「恋歌さんを倒す、ね……」
話を聞いた和代は眉をしかめた。
本郷蜜の考えた作戦は実際のところ穴だらけである。
あまりにも急なことだったので、仕方ないと言えば仕方ないが……
なにせ足止めのため外部に協力を得る交渉すら後から行うくらいである。
そのうちの一つがここ、和代たち美女学生徒会の残存勢力である。
協力を得られなければ作戦は破綻する。
多くの犠牲者が出るのは間違いないだろう。
「それにしても、ずいぶんと一方的な話ですわね」
「でも、他に方法はないと思う。和代さんは無理に戦わないでもいいんだ。エンプレスの戦力をある程度引きつけたら後退しながら適当に迎撃してくれればいいから」
十数回にわたって執拗に繰り返されたエンプレスによる追撃によって、和代たちが美女学勢がボロボロになっていることは本郷蜜も承知しているだろう。
こちらもすでに何人もの犠牲者がでている。
死に体に鞭打って作戦に参加してもらおうというのは、いささか虫がいい話だと思った。
「北部自警団のために、私たちに危険な橋を渡れと仰るのですね」
「それは……」
千尋は気まずそうに顔を伏せてしまう。
そんな親友の姿を見て和代はフッと笑った。
「小石川さんという方は確実に荏原恋歌を倒せるのでしょうね」
「え?」
「みなさん」
和代は周りにいる仲間たちに呼びかける。
「決戦の日が決まりましたわ。明日、いよいよ荏原恋歌を打倒します!」
「うおおおおおおお!」
歓声が響く。
千尋は思わず耳を塞いだ。
これまでの憤懣を爆発させるかのような大音声だ。
「ちーちゃん、ご覧の通りですわ。私たちは立ち上がるチャンスを待っていましたの」
「和代さん、それじゃ……!」
「もちろん協力いたしますわ。自分の手で恋歌さんを討てないのは心残りですけれどね」
和代は口元を隠して心底からの笑みを浮かべる。
美女学生徒会長としての貫録はいささかも失われてはいない。
※
「留守?」
「だからそう言ってんでしょ」
本郷蜜が改めて聞き返すと、フリーダムゲイナーズの客員である深川花子は嫌そうな顔を隠そうともせずにそう吐き捨てた。
イサキは一昨日からずっと戻ってないの。どこに行ってるかはあたしも知らないよ」
これは困ったことになった。
非エンプレス非生徒会系では最大勢力であるフリーダムゲイナーズ。
彼らはかつての本拠地であった廃病院を捨て、L.N.T.の各地に身を潜めている。
それは住宅街の一軒家だったり千田中央の雑居ビルの一室だったりする。
その中でも最重要拠点とされているのが、この庵原地区の寺院である。
近くには民家も少なく人が住むには不便な場所だ。
それゆえエンプレスの目も届かない。
古大路偉樹をはじめとする主力はこの近辺に分散して住み、各地に溶け込みながら、散らばったメンバーが情報を集めつつ機会を待っているという。
実は蜜たち北部自警団も彼らを通じて情報を流してもらっていた。
同盟を断ったとはいえ、互いにエンプレスが最大脅威であることに変わりはない。
向こうとしても矢面に立つ北部自警団をうまく利用できたら良いと思っているのだろう。
だからこそ今回の件でも力を貸してもらえるだろうと蜜は思っていた。
エンプレスを正面から食い止めて欲しいとは言わない。
敵の一翼をひきつけ、相手の戦力を分散させてもらえればそれで十分だ。
四谷千尋を通じて神田和代に頼んだように、少数でもいいから人員を動かしてくれれば良かった。
荏原恋歌に脅威と思わせるためには、ある程度の規模の集団、もしくは名の知れた能力者の存在が絶対に必要なのである。
古大路に頼めば数十人程度は動かしてもらえると思っていたのだが……
「用がないなら帰ってよ。こっちだって暇じゃないんだから」
よりによってこの女しかいない時に来てしまうとは。
以前に同盟の件を断って以来、花子は蜜を強く敵視している。
蜜にしてもハッキリ言って顔も見たくないほど嫌いな相手であった。
とはいえ、古大路がいないのでは話にならない。
予定していた戦力が得られないのは痛いが、こうなっては自前戦力の割り振りを考え直さねば。
これ以上はここにいても意味がない。
蜜はさっさと立ち去ろうと思った。
「ちょっと待ちな」
「なんですか?」
無言で振り返ってドアに手をかけたところで花子に呼び止められた。
「用件があるなら一応聞いておくよ。イサキに伝えるかどうかはあたしの気分次第だけど」
どこまでも不遜な態度である。
視線を逸らして蜜は溜息をついた。
話したところで仕方ない。
それどころか因縁をつけられる気がする。
例えば「あんた、あたしらを捨て駒にする気?」とか言われたり……
いや、どうせ協力を得られないのならば、さっさと向こうから断ってもらった方が早いか。
「あなたに話しても仕方ないことですが」
蜜は北部自警団が主導する明日の作戦を一から説明した。
古大路の協力を得たかったと、わざと話の焦点をぼかしながら。
意外にも花子は最後まで口を挟むことなく聞いてくれた。
そして、説明が終わると予想外の返事をする。
「わかった。んじゃ、あたしが加勢しに行ってやるよ」
「は?」
言っている意味が即座には理解できず、思わず聞き返してしまった。
「うちには元キャッツのメンバーもいっぱい残ってるからさ。あたしが声をかけりゃ最低でも三〇人はついてくるよ。あたしが勝手にやることだから、他の仲間に迷惑はかけないし」
迷惑云々はともかく、花子が自ら出てくれるなら蜜にとっては願ってもないことだ。
なにしろかつてエンプレスと最大の激戦を繰り広げたフェアリーキャッツのリーダーである。
深川花子の名を聞くだけで恐怖する人間は多い。
荏原恋歌に戦力を裂かせるには十分な効果があるだろう。
「本当に手伝ってもらっても良いのですか?」
「ま、にっくき荏原恋歌を倒すためだしね。あたしじゃアイツには敵わないけど、かおりんが代わりにリベンジしてくれるってんなら、力を貸してあげてもいいよ」
「……感謝します」
素直に礼を言うと、花子はにっかりと笑ってみせた。
その顔は不思議とさっきまでのように憎らしくない。
蜜は彼女に対する認識を少しだけ改めようと思った。




