6 街の実力者たち
「ごめんな。本当にごめん。まさか太田君の知り合いだったとは夢にも思わなくてさ」
「まったくなノ。内藤氏に怪我でもさせてたらこの程度じゃ済まなかったノ」
平謝りするアイドル系少年の隣で偉そうにふんぞり返る肥満男。
どうやらこちらの爆高生は清次の知り合いだったようだ。
「オレの方こそ悪かったよ。空人を脅かすつもりで大げさに言ったのに、まさか爆高生に聞かれてるとは思わなくてさ」
「おい」
いつもより真剣な態度だったから騙されたが、やはりからかってただけだったのか。
「悪い空人、本当に悪かった」
自分を庇うように前に出てくれた時は少し感動したが、よく考えればそもそもの原因は清次だ。
ちょっとした冗談で殺されかけたんじゃたまらない。
「しかし太田が爆高に行ってたとはな。とすると、そっちのアンタは話に聞く速海駿也か」
「ボキだって掃き溜めみたいな爆高なんかに行きたくなかったノ。けど古くからの約束があるから仕方ないノ」
「オレだってそうさ。どうせなら水瀬学園に入りたかったぜ。あそこは女の子多いし、会長さんはとびっきりの美女だって聞くし」
「ボキはリアル女には興味ないけど、水学の方がマシっていうのは同意なノ。イカれた不良校共の巣窟に入って喜んでるのは技原くらいのものなノ」
「四中の爆弾小僧、技原力彦か。噂じゃ入学していきなり豪龍にケンカを吹っ掛けたとか聞いたけど」
「残念ながら真実なノ。あいつのバカさは、ちょっとボキたちでも手に負えないノ」
清次はすっかり二人の爆高生になじんでいるようだが、空人はひたすら居心地が悪かった。
「なあ、その人とはどういう関係なんだよ」
爆高の二人に聞こえないようそっと耳打ちしたつもりだったが、空人の質問に対する返事は太田という肥満男から返ってきた。
「内藤氏はボキの友人なノ。中学の頃にパソ部の交流会で知り合ったノ」
「そ、そうですか……」
「こいつは速海俊也。この街に来る以前からの腐れ縁なノ」
「改めて、よろしく」
さわやかな笑顔を浮かべるアイドル系美男子の速海駿也。
こうして鋭さが取れてみると、やはり芸能人でも通用するほどの美形である。
「昼間っから学外の人間に手を出すとは、技原の病気が感染して血迷ったかと思ったノ」
「いやいや、さっきのは冗談だって。ちょっとからかってやろうと思っただけなんだよ。本気でケンカするつもりなんてなかったから」
「オレの方こそ悪かった。スマン」
清次は改めて速海に頭を下げる。
「もういいって。太田君の友だちならオレの友だちも同然だから、これからは仲良くしようぜ……おっと、ここで降りなきゃ。運転手さんすいませーん、降りまーす」
「迷惑かけたノ。内藤氏、また会おうなノ」
「ああ、またな太田」
バスは次の停留所で停止し、嵐のような二人組は去っていった。
※
空人たちは御山裃という停留所でバスを降りた。
畑の中のあぜ道を通りつつ、二人は古大路の屋敷を目指す。
「さっき話に出た豪龍ってやつは、爆高のトップって言われてる男でさ。校内だけじゃなく夜の千田中央駅でもかなりの勢力を持ってる。とにかく本気で危ない奴さ」
歩きつつ、清次はL.N.T.の裏事情についていろいろと語ってくれる。
「じゃあ、その豪龍ってやつがL.N.T.で一番強いのか?」
「どうだろうな。他に最強候補を挙げるとすれば美女学の『女帝』荏原恋歌とか、『フェアリーキャッツ』の深川花子とか……ああ、美紗子会長も相当だぜ。なにせ生徒会を率いて夜の千田中央で治安維持活動とかをやってるくらいだ。並の正義感だけじゃできねえよ」
「へえ、あの美紗子会長が」
確かに、一〇〇キロ以上の荷物を軽々と持ち上げる腕力は並じゃないが。
「あとは爆高旧校舎の主アリス。美女学生徒会長の神田さん。水学剣道部の『穏やかな剣士』四谷千尋さんなんかも有名だな。最強候補の実力者は街のあちこちにいるぜ」
「豪龍ってやつ以外は女の名前ばっかりだな」
「それがこの街の不思議なところ。どういうわけかすごい能力者は女ばっかりなんだな……あ、あれじゃないか? 古大路の屋敷ってのは」
清次が指し示す方向を見ると、古めかしい屋敷があった。
見るものを威圧させる重厚な門。
その向こうにそびえる城郭のような建物。
さすがは大地主の邸宅と言いたくなるような威容である。
「ど、どうする?」
「どうするって……別にビビる必要はないだろ。頼まれた企画書を渡すだけなんだからさ」
エイミー学園長から渡された書類を手に清次はずんずんと足を進めていく。
しかし彼の歩幅は屋敷に近づくにつれ小さくなり、門の前に来たところで完全に止まってしまった。
「……やっぱり、ポストに入れておけばいいか。明日までには気づくだろ」
急に怖気づく清次。
だが空人もそれには賛成だった。
小市民である彼らにこんな巨大なお屋敷のインターホンを鳴らす度胸はない。
書類をポストに入れ、なぜかそれだけで額に浮かんだ汗を拭い、振り向いた清次の表情が歪んだ。
「うちの前で何をしている」
「こ、古大路」
一年四十三組の長身男。
大地主の跡取りこと古大路偉樹が、いつの間にか彼らの背後に立っていたのだ。
「お前、企画書を置いてっただろ。学園長に頼まれて届けに来てやったんだよ」
「ならもう用事は済んだだろう。さっさと帰ったらどうだ」
嫌悪感を隠そうともしない古大路の言い様に、清次の表情がみるみる怒りに染まっていく。
「おい、清次」
さっきも失言で痛い目を見たばっかりなのだ。
古大路の態度は腹が立つが、空人はぐっと堪えて清次を止めようとした。
「心配しなくても、ケンカなんてしねえよ。おい古大路。その企画書を読めばわかるが、今度の水曜に四十二組と四十三組が合同でイベントをすることに決まった」
「ほう?」
古大路の眉がわずかに動いた。
面白いものを見るような眼つきである。
彼の表情が変わるのを見たのはこれが初めてだった。
「このオレ率いる四十二組が、お前のとこのクラスをコテンパンに叩きのめしてやるからな。首を洗って待ってやがれ!」




