4 隠し通路
決戦の火蓋はフェアリーキャッツによる奇襲をもって切って落とされた。
豪龍組の人数は末端まで含めれば千人にも及ぶ。
だが、支社の周囲で見張りをしている人数などたかが知れていた。
彼らは突如として牙をむいたキャッツのメンバーを相手になすすべもなく蹴散らされていった。
半円の陣形がさらに敵へ圧迫感を加える。
そうなると次々と建物から吐き出される構成員も怯み腰になる。
もともと能力者やDリングの守りを使える者の比率はフェアリーキャッツの方が多い。
そこに生徒会の援護が加われば、下位の構成員相手に苦戦する理由はなかった。
サブリーダーの大森真利子は自ら先陣を切って戦った。
JOY≪火炎の傷跡≫で次々と敵を焼き払っていく。
「この程度ならたいした問題もないわね」
顔についた炎を消そうと転げ回る男を蹴り飛ばし、真利子は天高く聳える支社ビルを見上げた。
今ごろは花子たちが事前にもたらされた情報を元に裏口から侵入しているはずだ。
突入部隊に加われなかったのは残念だった。
しかし、この正面口での誘導も軽視できるものではない。
無理には攻め込まず、出てくる敵を叩きつつ被害を最小限に抑えること。
本当の戦いは上階の能力者を引きずり降ろしてからだ。
そこまでやらなければ花子たちのサポートにはならない。
ふと、真利子の視界に翼の影が映った。
形は鳥によく似ているが、大きさは人間サイズ。
巨大な翼を背に生やした人間が太陽の光を遮って降下してくる。
「あいつか……」
赤坂綺である。
真っ赤な翼を翻し、彼女は敵の密集する地域に降り立つ。
「でりゃあ!」
その勢いのまま手近な男を掴んで投げ、周囲を巻き込みながら薙ぎ倒した。
まるで人間大砲だ。
Dリングの守りを展開していない敵にあの攻撃はひとたまりもないだろう。
「待ちやがれテメエ、降りてきやがれ!」
「誰が待つものですか!」
一度宙へと逃れた赤坂は、次の標的を狙って同じ攻撃を繰り返した。
「どっせい!」
「ぎゃああああ!」
獲物を狙う鷹のような動きに豪龍組構成員は反撃の手段もない。
空から襲ってくる脅威にはただ逃げ惑うしかないようだ。
奇抜な戦術と非常に高性能な能力。
あの女の戦いぶりには真利子も舌を巻く。
あれが生徒会第二位の実力者。
三帝に数えられ、噂では麻布美紗子をも上回ると言われている女。
最初に聞いた時は信じられなかったが、荏原恋歌に勝ったという噂もデタラメではないようだ。
今回は共同戦線を張っているが、いつかはあいつとも戦う時が来るのだろうか。
自分ならどう戦うだろう……と、考えようとしてやめた。
今は目の前の敵を倒すことに集中だ。
「のやらぁ……調子にのんなぁ!」
下品な怒号を上げながら、鉄パイプを手に持った豪龍組の末端構成員が迫ってくる。
振り下ろされた凶器を半歩の動きでかわすと、真利子は炎を纏った手を敵の首に押し当てた。
「うっぐあぁぁぁぁっ!」
「調子に乗っているのはどっちよ」
能力も使えない無能のクセに。
豪龍なんかにしっぽを振って好き放題やってきた愚物どもが。
腕から立ち上った炎が男の上半身を覆い尽くす。
周りを取り囲んだ敵は恐れをなして距離を取る。
真利子は火だるまになった敵を突き飛ばして次の目標に狙いを定めた。
運悪く目が合った男が怯えて顔を歪めると、真利子の心は暗い満足感に満たされた。
※
光量の抑えられた薄暗い通路を先導するルシールについて歩く。
美紗子はいつしか緊張で汗ばんでいた掌に気づいた。
遠く離れた役所の出張機関。
そんな所に支社ビルへ通じる地下通路があったなど、誰が予想できただろうか。
このL.N.T.自体がラバースの運営する一つの施設と考えれば不思議はないが、恐らくエイミーですらこんな通路の存在は知らなかっただろう。
「一体誰からこの通路の事を聞いたんですか?」
「さっきも言いましたが、教えられません」
まあ、情報の出所はどうでもいい。
肝心なのはこの奇襲を成功させることだ。
荏原恋歌による襲撃の傷痕はわりと深い。
今をおいて豪龍組打倒のチャンスはないだろう。
この通路の存在も一度バレたら次は使えない。
花子もいつになく気を張っているようで、さっきから口を噤んでいる。
奇妙なものだ、と美紗子は思った。
生徒会長と夜の千田中央駅最大グループのリーダーという立場に分かれた二人。
五年前は共に水学の代表として戦い、去年の秋はL.N.T.運営の要請で共に外の世界へ戻った。
そして今また共通の敵を倒すために手を組んでいる。
深川花子という少女は美紗子にとって、ある意味で生徒会の仲間たち以上に近しい関係にある。
「ねぇ、まだ歩くの?」
無言に耐えきれなくなったのか花子が不満そうな声を上げる。
ルシールは振り返らずに歩きながら答えた。
「もう少しです。ここを曲がったところで……ほら、見えてきた」
ルシールは不意に足を止めた。
その肩越しに前方を見る。
通路はそこで終わり、行き止まりになっている。
殺風景な廊下に似つかわしい灰色の扉がある。
ルシールはゆっくり扉に近づいた。
そして壁に備え付けられた小さなボタンを押す。
チン、と電子音が鳴り、扉が横にゆっくりとスライドする。
エレベーターである。
美紗子たちはせまい個室に足を踏み入れた。
入り口脇にある階数ボタンは『B1』と『25』の二つだけだ。
「正面玄関のエレベーターは十五階までしか通じていません。おそらくラバース社の重役だけがこの直通エレベーターを使えたのでしょう。これで一気に敵の中枢に飛び込めるはずです」
手にした建物の見取り図を眺めながらルシールは言葉を続けた。
「ただし、人質が幽閉されていると考えられるのは一番上の三十階か、その一つ下の階で間違いありません。二十五階より上はすべての階でフロアを横切って進むことになるので、完全に相手の裏をかけるわけではありませんが……」
「そんだけショートカットできるなら十分だよ。残りの敵は蹴散らして進もうぜ」
花子が強気に腕を鳴らす。
味方になると本当に頼もしい少女だ。
「豪龍という男はおそらく二十七階か二十八階にいます。人質を救出する前に戦闘になる可能性は高いでしょう」
「やっぱ豪龍の奴は先にぶっ飛ばさなきゃダメってことね」
「正面の人たちが注意をひきつけている今、敵は浮足立っているはず。そのチャンスにまず敵のトップを討ちしょう。人質を救い出すのはその後で十分です」
豪龍爆太郎。
あれだけ警告したのに、あいつは街の平和を乱した。
思うがままに暴力を振るいL.N.T.を我が物のように支配して喜んでる。
倒さなければならない。
もはや人質を助けて、それで終わりとはいかないのだ。
美紗子は汗で滲む拳を強く握りしめて、二人から顔を背けて唇を噛んだ。
ルシールが『25』と書かれたボタンを押すのを黙って見つめながら、これから始まる戦いに向けて気持ちを集中させる。
今回はルシールの能力のおかげでSHIP能力がメインの戦いになる。
とは言え状況次第ではまた≪断罪の双剣≫を使うこともあるだろう。
できれば避けたいそんな事態を思い、できる限りこの拳だけで戦い抜こうと美紗子は心に誓った。




