3 生徒会とフェアリーキャッツの同盟
千田中央駅前には五十人を超える若者たちが集まっていた。
彼らはみな思い思いの武器を持ち、滾る血を震え上がらせ大声で仲間たちと騒いでいる。
フェアリーキャッツのいつもの風景であったが、身に入る熱は普段とは比べ物にならない。
彼らがこれから身を投じる戦場を思えば常に倍する興奮があって当然だった。
自身もその輪の中に混じっているリーダーの深川花子は、
「生徒会が来ました」
メンバーからの知らせに仲間たちとの会話を中断して来客を出迎える。
「こんにちは」
「やっほ」
彼女の所にやってきたのは麻布美紗子と生徒会役員たちだった。
本来なら相容れない立場だが、今日からは対豪龍組の強力な同盟仲間である。
水学は街の治安回復のため街の有力者に協力を呼びかけていた。
しかし先日の同盟会議は残念ながら失敗に終わる。
その後の失踪事件などのゴタゴタもあって生徒会だけでは立ち行かなくなり、美紗子はついにフェアリーキャッツと個別の同盟を結ぶことを決意したのである。
以前に花子が個別同盟を提案した時、美紗子の返事は前向きではなかった。
豪龍討伐後の覇権の行方を気にしていたのだろうが、奴らに捕えられている人質の件が公になったことや、行方不明のエイミー=レインの子供のこともあって、彼女も豪龍の討伐を最優先すべきと認識を改めたようだ。
目の前の障害を取り除かなければ混乱は酷くなるばかり。
後のことを考えるのはとにかく豪龍を排除してから。
もちろん花子に同盟を断る理由は何もなかった。
生徒会との共同作戦。
とは言えフェアリーキャッツが主導して豪龍組を打倒するという事実に変わりはない。
その後の戦力増強も行い易くなるし、上手くいけば豪龍に代わって花子が街の覇権を狙うことも不可能ではない。
捕らわれている人質を解放すれば生徒会に貸しもできる。
美紗子は豪龍の次の独裁者が現れるのを危惧しているようだが、花子が街の王者になった暁には、しっかりと秩序ある街を取り戻すつもりである。
「で、どうする。やっぱ正面から殴り込む?」
「……それしかないでしょうね」
荏原恋歌たちによる襲撃を受けて豪龍組の戦力は一時的に低下している。
彼らを除けば最大のチームであるフェアリーキャッツなら正面から挑めるだけの力がある。
あえて大規模な戦闘を起こして混乱する中を少人数で一気に中央突破、豪龍を撃破する。
先陣を切るのは花子と美紗子、そして赤坂綺とフェアリーキャッツのサブリーダーである大森真利子を予定している。
豪龍は数にものを言わせて荏原恋歌を撃退した。
とはいえ今回は同じようにはいかない。
花子たちは数には数で対抗する。
仮にヘルサードを盾にしてきたとして、その対策も考えてある。
「んじゃ、行こうか。殴り込むなら早い方がいいよ」
やる気満々の花子。
そこに横から言葉を差し込む人物がいた。
「ちょっと待ってもらえますか」
振り向くと、フードをかぶった背の低い女が立っていた。
フードから除く顔はずいぶんと幼い印象である。
フェアリーキャッツのメンバーではないし生徒会の役員でもない。
だが、どこかで見たことがあるような顔だ。
「誰? 今忙しいんだけど」
「失礼ですけが、どなたでしょう」
花子と美紗子は同時にその少女に問いかける。
彼女は呟くような小声で質問に答えた。
「私はルシールと言います。あなた達の計画している支社ビル襲撃作戦を中止してもらうために来ました」
「なんで作戦のこと知ってんの?」
生徒会との合同作戦を決定したのはつい昨日のことである。
部外者はもちろん、チームメイトにすら伝えたのはついさっきだ。
情報が漏れるとは考えられない。
何より、このタイミングで停止を呼びかけるなど正気の沙汰とは思えなかった。
豪龍に与する者だと見なされればメンバーから袋叩きにされても文句は言えない状況なのだ。
「誰だか知らないけど、邪魔するってんなら……」
多少の苛立ちを込めた花子の言葉を遮り、ルシールと名乗る女は懐から紙切れを取り出した。
「これは支社ビルの見取り図です。ラバース社の幹部クラスしか知らない秘密の通路も完璧に記してあります」
「なっ……」
花子は思わず言葉を失った。
本物ならとてつもなく貴重な情報だ。
豪龍の下にたどり着くのも非常に容易になる。
「中止とは言いましたが、正確に言えば少し内容を変更をしてもらいたいのです。少数で豪龍を狙うという基本は同じですがグループの皆さんを正面から突入させるのではなく、建物の外で誘導と牽制に集中してもらって欲しいのです。その間に三人の突入部隊がこの通路を通って一気に最上階へと向かうのです」
「な、なるほど」
こっそりと侵入できる通路があるなら大規模な陽動は不要になる。
彼女の提案する方法を採用すれば、正面突破と比べて消耗も少なくて済むだろう。
誘導に徹する分だけフェアリーキャッツのメンバーの損害も減る。
戦後を考えれば花子にとっても都合がいい話であった。
しかし、引っかかることがいくつかある。
「ルシールって言ったよね。あんた、何者なの? なんでこんな情報を知ってるの?」
「私は水瀬学園の学園長、エイミー=レインの妹です」
ルシールはフードを払った。
目の覚めるような水色の髪がふわりと広がる。
言われてみれば学園長に似ている……と言うより、髪形を除けば瓜二つだ。
「情報源は言えませんが、信頼できる筋から入手したものです。私の案を受け入れてもらえるのでしたら、この見取り図をお譲りしましょう」
花子は美紗子と顔を見合わせた。
「どうする?」
「私は……良いアイディアだと思います」
犠牲を少なくできるのなら美紗子は反対しないだろう。
だが、花子はまだ納得できない。
「突入するのは三人って言ったよね。あたしの計画より一人少ないんだけど、メンバーは誰?」
花子の予定では花子、美紗子、赤坂綺、大森真利子。
生徒会とフェアリーキャッツから二名ずつ、計四名の予定だった。
戦力を均等させることによってお互いの組織を立て合うという意味もある。
「あなたとあなた、それから私です」
ルシールは花子と美紗子を順に指差し、最後に自分を差した。
「赤坂綺さんや大森真利子さんには牽制に回ってもらいましょう。彼女たちが多数に加わることで、他のメンバーの方々の生存率を大幅に引き上げることができると思います」
納得できる道理である。
しかし、それは別の問題が生じる。
「二人が抜けた戦力ダウンをカバーできるほど、あんたの力は期待できるの?」
花子はポケットからジョイストーンを取り出した。
彼女の力を試すと同時に、ちょっと脅してやろうと思ったのだ。
エイミーの妹だかなんだか知らないが、いきなり出てきて命令されるのは気に食わない。
花子のジョイストーンが手の中で姿を変える。
銃の形になると同時に花子は横に大きく跳んだ。
相手が着地点を目に捉えた時にはすでに花子はその場にいない。
猫のごときスピードと身のこなし。
彼女の動きを追えるのは同じSHIP能力者だけである。
瞬く間にルシールの背後を取った花子は、彼女の左肩に狙いをつけ銃口を向けた。
花子のJOY≪大英雄の短銃≫。
拳銃を具現化する能力で、その威力は本物の拳銃にも匹敵する。
特筆すべきは、具現化したものとはいえJOYによる攻撃であるため、Dリングの守りの上からであっても一定のダメージを与えることができるということだ。
汎用性は低いが、SHIP能力を合わせることで一撃必倒の武器となる。
この二つの能力を駆使して花子は今の地位に昇りつめた。
殺すつもりはない。
軽く腕を弾いて脅してやろう。
花子はそんなつもりで引き金を引いた。
しかし――
「なっ!?」
ルシールはわずかに体を横に動かして弾丸を避けた。
この≪大英雄の短銃≫は威力だけでなく、弾速も本物の拳銃と変わりない。
銃弾を放ってから避けられる道理はない。
たとえSHIP能力者であっても絶体に無理だ。
背後から撃った攻撃をかわすことなど不可能なはずだ。
不可能なはずだった。
≪大英雄の短銃≫の弾速が、通常よりもずっと遅くなっていなければ。
本来なら引き金を引いた次の瞬間には相手を撃ち抜いているはず。
弾丸はルシールが攻撃を避け、花子が十分な驚きを感じるだけの時間をかけて、ようやく地面にめり込んだ。
まるでスローモーション映像を見ているかのように……
一体何が起こった?
訝しむ花子は視界がやや黄色がかっていることに気づく。
「これは……」
地面から立ち上る陽炎のように、黄色い空気が視界を歪めている。
それはルシールを中心に半径十メートルほどの範囲に見られる現象のようだ。
「≪黄聖空間≫。この空間内ではあらゆるJOYが弱体化します」
「なんだって……!?」
「私はJOY使いとしての経験は浅いのですが、この能力は唯一無二の強力なものだと自負しています」
花子は驚愕した。
そして僅かな恐怖も覚えた。
他者のJOYを弱体化させる能力。
これまで様々な能力を見てきたが、こんなのは初めてである。
「そしてこれは欠点であり長所でもありますが、この能力はSHIP能力を制限しません」
確かに花子は自身の動きに対する制約は特に感じなかった。
そして彼女にはルシールの考える作戦の意図をはっきりと理解する。
「なるほど。あんたサポートがあれば……あたしやみさっちは楽に戦えるね」
ジョイストーンから超能力的を引き出すJOY使いに対して、自らの肉体を強化するSHIP能力の使い手は決して多くない。
今のL.N.T.にいる人物でも花子と美紗子を除けば十人にも満たないだろう。
知る限り豪龍組にSHIP能力者はいない。
JOYだけを封じられるのならSHIP能力者の独壇場である。
攻撃の要が使えない花子も弱体化は否めないが、SHIP能力だけでも非能力者なら敵ではない。
これは一時的に能力制限が復活した状況とほぼ同じになる。
「おっけ。あたしはルシールの作戦に賛成だ。みさっちは?」
美紗子はルシールと花子を見比べ、少し思案した後、やがて決意をしたように強く頷いた。
「わかったわ。彼女の言う通りにしましょう」




