2 レインシリーズと人ではないモノ
ルシール=レインは普通の女子大生だった。
L.N.T.の存在や姉のやっていることは知っていたが、彼女は能力者やラバース社とは何の関係もなく、あくまで関係者の親戚という立場に過ぎなかった。
ただ彼女が異質だったのは、姉と同じ生まれつきの目の覚めるような水色の髪の毛だけ。
幸いにもそれで差別を受けたりすることはなく平凡に生きてきたが、ずっと他人と違うこの外見的特徴を気にしてはいた。
そんな彼女の前にある日、見知らぬ女性が現れて声をかけてくる。
「初めまして。ルシール=レインさん」
二葉沙羅と名乗ったその女性は、一見するとただの女子高生にしか見えなかった。
だがその物腰はどこか普通ではなく、目の前にいるのに存在感が希薄で、何らかの特殊な訓練を受けているように思えた。
「あなた自身の秘密を知りたくないですか?」
と言って、一枚の封筒を差し出した。
ルシールがそれを受け取った次の瞬間には彼女はすでに姿を消していた。
封筒の中にはL.N.T.への招待状とラバース社の特別列車への乗車券、そしてミイ=ヘルサードの名前が記された手紙が入っていた。
ヘルサードは姉であるエイミーの恋人である。
何度か会ったことがあるが不思議な魅力的を持つ男性である。
彼の言うことならなんでも聞いてあげたくなるし、姉の公認で身体を重ねたこともあった。
手紙にはL.N.T.についたらまずここに来て弾妃に話を聞くようにとの指示とドアのノックの仕方がかかれていた。
「沙羅はヘルサードのお気に入りの隠密よ。諜報能力ならこの街に肩を並べる者はいないでしょうね」
弾妃はルシールに椅子を勧めもしない。
紅茶を啜りながら独り言のように呟いた。
「しかし、本当にエイミーのやつにそっくりなのね。他のレインも同じなのかしら?」
弾妃の言葉を無視して無視してルシールは尋ねた。
「知っているんですか? 私の……いえ、私たちのことを」
「この街で私が知らないことなんか何もないわ。たとえば、隔離された場所に捕らわれていることになっている人物が昨日の夜に食べた食事の内容もね」
「なら教えてください。私やお姉ちゃんは、ミイさんからの手紙に書いてあった通り――」
「それはヘルサード自身の口から聞きなさい」
どうやら答えてくれる気はないらしい。
ルシールとしてもこんなよく女から真実を聞くのは気が進まなかった。
「あなたはミイさんと連絡を取り合っているんですね」
「言ったでしょ、この街で私の知らないことなんかないって」
弾妃は曖昧に答え、わずかに口の端を釣り上げた。
ヘルサードはラバース支社ビルで豪龍という男に捕らわれているらしい。
なぜ彼は恋人のはずのエイミーを差し置いて彼女と連絡を取っているのだろうか。
「お姉ちゃんはそのことを知って……」
「私、キライなのよ。あのエイミーって女」
ルシールの質問を遮って、弾妃は急にそんなことを言った。
声色には明らかに怒気が混じっていたが、すぐに元の調子に戻る。
「あらごめんなさい。あなたにとっては姉みたいなものだし、悪しざまに言われたら気分も良くないわよね」
「みたい、ではなく実の姉です」
「くくっ……そういうことにしておいてあげる」
「あなたは何が目的なの?」
不愉快な茶化しは無視し、ルシールは質問を続けた。
ルシールには弾妃という女性がわからない。
こんな辺鄙な場所に引きこもり、何をするでもなく過ごしている。
彼女がなんの意図をもって自分を呼び出したのかすら、まったく想像できなかった。
「人ではないモノ」
「え?」
意味不明な言葉が彼女の口から洩れた。
「まったく不覚だったわ。私は彼に近づき過ぎた。私だけじゃない、運営の女性はほとんどが気づかないうちに支配されてしまっている。彼と言うよりは彼の能力にだけどね。最初は誰も気にしていなかった。ラバースも、彼自身も。ようやく自分が持つ呪いの恐ろしさに気づいた彼は、仮面を被って人前に姿を現すことをやめた。けどもう手遅れなのよ。一度きちんとリセットしなきゃ」
彼というのがヘルサードのことを指しているのはなんとなくわかる。
だが、呪いとはなんのことだ?
「だからね、私は期待することにしたの。彼らが拓く新しい世界に」
「新しい世界?」
次から次へと意味不明なことを口にする弾妃。
彼女が何を言いたいのかルシールにはわからない。
しかし、ルシールの頭の中にはある仮定が浮かんでいた。
ひょっとしてヘルサードは捕われているフリをしているだけなんじゃないか?
いや、むしろ何らかの目的があって豪龍を隠れ蓑に使っているのでは?
考えればその方が自然に思えてくる。
そもそもヘルサードが一般人に後れを取るはずがない。
彼は今、人目につかない場所でなにか大きなことを成そうとしている。
「私をここに呼んだ目的はなんなんですか」
この人は到底、姉と仲良くできるタイプだとは思えない。
気の強い姉はこういった女には正面から逆らっていく性格だから。
何故、この街に来たばかりで面識もない自分を呼び寄せたのか。
弾妃は今度こそルシールの問いに答えた。
「そりゃもう、豪龍とかって言う男が輪をかけて大っキライだからよ」
またしても話が飛んだ。
「エイミーもキライだけど、あいつはそれ以上に無理。生理的に受け付けないっていうか、生きてるだけで万死に値する罪だわ。これまで好き勝手に振る舞っても見過ごしてきたけど、いい加減に我慢の限界なのよね。だから誰かにぶっ潰してやって欲しいのよ」
弾妃は喉に張り付いた悪意を飲み込むように紅茶を一気に流し込んだ。
殻になったカップをテーブルに置いて挑発的な目をルシールに向ける。
「ヘルサードに会いたくない?」
「私にラバース支社に乗り込んで豪龍って人と刺し違えてこいと?」
「そんな乱暴なことは言わないわ。恋歌の二の舞いにならないようお膳立てはしてあげる」
「何を期待しているのかわかりませんけど、外で普通の大学生として生きてきた私に、この街の超能力者たちと争うような力なんてありませんよ」
「できるはずでしょう。あなたがごく最近、手に入れた能力があればね」
ルシールはゾッとした。
彼女はまだジョイストーンを手にして一度しかJOYを使っていない。
それもものの試しにと、誰もいないはずの自宅でこっそりと使用してみただけだ。
二葉沙羅を通してヘルサードから送られた封筒。
それに手紙と一緒についでのように入っていた透明な宝石。
手を触れた瞬間、ルシールはいともたやすく『能力』を手に入れてしまった。
ルシールは自分がJOY使いになったことはまだエイミーにさえ話していない。
「もしかして、あれを送ってきたのは貴女なんですか?」
「さあ、どうかしら? そんなのはどうでもいいことだと思うけど」
弾妃は唇に人差し指を当てて不敵にほほ笑んだ。
「私の言う通りに豪龍を倒して彼に会いに行くのもよし。このまますべてを忘れて元の生活に戻るのも自由。もっとも貴女の中ですでに答えは決まっているでしょうけど?」
彼女の言う通りだ。
ルシールの答えは一つしかない。
この街に来たのは、ヘルサードに会うためだ。
物心ついた時からずっと疑問に思っていた、自分という存在の秘密を知るために。




