第3話 『魔王』 その3
前回のあらすじ
ソロモンとヒルデが誘拐された
グリフに乗ってしばらくすると、眼下に行商人らしき隊列を見掛けた。
ソレ自体は別に変なことではないけど、その隊列を見た途端にグリフは全身の毛を逆立てて臨戦体勢を取った。
グリフがこんなに好戦的になるなんて……見た目通りの集団ではないのかもしれない。
もしかしたら、人さらいの集団の一部の可能性もある。
「よし……グリフ、ゴー!」
僕も意識を戦闘用に切り替えて、踵でグリフの体を叩く。
グリフはグンッ! と勢い良く急降下して、その勢いのまま集団の先頭にいた人を踏みつける。
べちゃっと、熟れたトマトを潰すような音がグリフの足下から響く。
行商人らしき集団は、空からの突然の襲撃者の登場に慌てふためいている。
そんな彼らを前にして、僕はグリフの背中から降りて腰に吊り下げた鞘から剣を引き抜く。
そして冷静さを取り戻す前に、手近にいた一人を問答無用で斬り伏せる。
「ひ……ひいいいぃぃぃ!」
すると集団から何人か、僕らに恐れをなして逃げ出そうとする奴もいた。
奴等が逃走するのを、黙って見過ごす僕じゃない。
「《メガアイス》!」
氷属性中級魔法で氷柱を生み出し、逃げていく奴等に向かって放つ。
氷柱は狙いを外すことなく、全弾命中した。
逃げようとしていた奴等は全員、背中から氷柱を生やしながら前のめりに倒れ伏していく。
グリフの方を見ると、グリフもこの集団のほとんどを潰し終えていて、残った一人の襟首辺りをクチバシで咥えていた。
情報収集とかしなきゃいけなかったから、グリフが一人だけ生かしておいてくれたのはとても助かる。
「グリフ、降ろしていいよ」
グリフの方に近付いてそう言うと、グリフは咥えていた人の服からクチバシを離す。
ソイツは支えを失い、尻から地面へと落ちる。
「でっ……!」
「さあ、答えてもらおうか。お前達は何者だ?」
剣をソイツの喉元に突き付けながらそう言うと、ソイツはガクガクと身体を震わしながらポツポツと答え始めた―――。
◇◇◇◇◇
ソイツ―バルトの話を総合すると、コイツらは人さらいの集団の一部だった。
コイツらは今ちょうど、アジトへと戻る道中だったらしい。
その他にも色々と聞き出し、僕は魔法袋の中から今回のクエストのために用意した捕縛用の縄で、バルトの身体を締め上げる。
「お前にはアジトまで案内してもらう。もしその場所が嘘だったら、その時は……分かってるな?」
「へ……へへへへいっ!」
ほんの少しだけ殺気を込めながらそう言うと、バルトは酷く怯えた表情を浮かべて何度も頷く。
「……さて。グリフ……グリフ?」
この場から離れてアジトまで飛んでもらおうとグリフの方を見ると、グリフはコイツらが引いていた馬車の荷台をゲシゲシと前足で蹴っていた。
グリフがこんな行動を取るのを目の当たりにするのは初めてだった。
「どうしたの、グリフ?」
バルトを縛り上げた縄の端を引っ張りながらグリフに近付くと、グリフはグルグル……と怒りとも焦燥とも取れる鳴き声を上げる。
初めて聞くグリフのその鳴き声を聞き、僕は首を傾げる。
……もしかして、荷台に何かある?
そう思い、縄の端をグリフに預けてから、荷台の幌を開けて中に入る。
すると中には、縄で両手と両足を縛られ、布で猿轡をされているソロモンとヒルデちゃんの姿があった。
二人は意識を失っているのか、ぐったりとした様子で横たわっていた。
「ソロモン!!」
僕は今までにないほど慌てふためき、ソロモンの傍に近寄る。
ソロモンの身体を抱き起こし、猿轡をほどいてやる。
そして魔法袋の中から、予備の武器としていつも持ち歩いている短剣を取り出して、ソロモンの手足を縛っている縄を切っていく。
「ソロモン! ソロモンッ!!」
何度か身体を揺すってソロモンの名前を呼び続けると、ソロモンはゆっくりと目を開ける。
そして僕の顔を見ると、安堵からかその目からぽろぽろと涙を零す。
「パパ!」
ソロモンはそう叫ぶと、ぎゅっと僕に抱き着いてくる。
「ソロモン。もう大丈夫だからね……」
僕はソロモンの小さな身体を抱き締め返し、娘を安心させるように背中をポンポンと優しく叩く。
しばらくそうしていて、僕の方からソロモンとの抱擁を解く。
「ソロモン。ヒルデちゃんも解放するから少し待ってて」
「うん……」
聞き分けの良い娘の頭を軽く撫でてから、ヒルデちゃんの猿轡と縄もほどいていく。
そして目を覚ますと、僕がいた安心感からか泣きじゃくり始める。
ヒルデちゃんが落ち着いた頃合いに、二人からこうなった経緯を尋ねる。
二人が言うには、竜人の里の南にある平原に広がる花畑で遊んでいたところ、見知らぬ人に声を掛けられて、そして連れ去られたらしい。
もしグリフの勘に従っていなかったらと思うと、ゾッとする。
下手をしたら、知らない内にソロモンと今生の別れをするところだった。
こんな事が起きると、『魔王』なんて大層な肩書きを持っていても、自分はちっぽけな人間だっていうことを嫌でも再認識させられる。
そんな暗い感情をおくびも出さずに、ソロモンとヒルデちゃんに言う。
「ソロモン、ヒルデちゃん。僕はこれから二人を連れ去ろうとした奴等のアジトを叩きに行くけど、二人は先に里に……」
「嫌! パパの近くにいる!」
「わ、私もソラちゃんと同じです!」
二人はそう言うと、ソロモンは僕の右腕に、ヒルデちゃんは左腕にそれぞれ抱き着く。
怖い思いをしたのだから、安心出来る大人の傍にいたいというのは当然の感情なのかもしれない。
「……分かった。その代わり、僕の傍を絶対に離れないようにするんだよ?」
「「うん!」」
僕の言葉を聞き、二人はぱあっと笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、僕はある覚悟を決める。
……僕の大事な娘とその友達に手を出したこと、地獄という言葉が生温いほどに後悔させてやる―――。
大切な存在に手を出されて相手に容赦しない辺り、ダビデも立派な『魔王』の一人ですね。
というか、そういう系譜なんでしょうね、「魔物使いの王」というモノは。
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