第1話 『魔王』 その1
本編スタート!
コンコン、とドアをノックする音が聞こえてくる。
僕は読んでいた本に栞を挟み、ローテーブルの上に置いてソファーから立ち上がる。
そしてリビングを出て、音が聞こえた玄関の方へと向かう。
「は〜い」
ガチャリとドアを開けると、そこには白く長い髪に緑色の瞳をした、十才ほどの少女がいた。
この少女の名はヒルデ。
同い年のソロモンといつも一緒に遊んでくれる、近所に住む竜人族の子供だった。
この世界には様々な種族があり、僕とソロモンは人間族という種族だ。
他にも亜人族に分類されるエルフ族やドワーフ族、魔族に分類される竜人族、獣人族、吸血族、妖族がいる。
ヒルデちゃんは僕と目を合わせると、ペコリとお行儀良く頭を下げてくる。
「こんにちは、ソラちゃんのパパさん。ソラちゃんはいますか?」
「ソロモン? ああ、いるよ。今呼んでくるから、家の中で待ってて」
「は〜い!」
ヒルデちゃんは元気良く返事をすると、勝手知ったるといった様子でリビングへと向かう。
ヒルデちゃんは何度かウチに来たことがあるから、場所もだいたい覚えてしまったのだろう。
そんなことを思いながら、僕は階段を昇って二階に上がる。
すごい今更だけど、この家は姉夫婦が住んでいた家で、北大陸東部にある「竜人の里」という街の住宅街の一角に建っている。
十年前に僕の不手際で姉夫婦が亡くなった後、僕はソロモンと共にこの家で暮らし始めた。
この十年、ソロモンは特に大きな怪我や病気をすることなく、すくすくと元気に育ってくれた。
元気過ぎて、幼少期の姉さんみたいにお転婆娘になっているくらいだ。
その証拠に、外に遊びに出掛けた日はほぼ毎回泥んこになって帰ってくる。
二階に上がってすぐ手前にある部屋がソロモンの部屋で、そのドアをノックしてドア越しに話し掛ける。。
「ソロモン、いる? ヒルデちゃんが遊びに来たけど……」
「ヒルデが? 今行く!」
ソロモンは元気良く返事をすると、勢い良くドアを開く。
ソロモンは父親譲りの青い髪をショートカットに切り揃え、母親譲りで僕とも似ている金色の瞳を爛々と輝かせている。
その表情は、ヒルデちゃんと早く遊びに行きたいといった風だった。
「それで……パパ。ヒルデは?」
「下で待ってる。早く行ってあげなさい」
「うん!」
ソロモンは元気一杯に頷くと、タタタッと駆け足で階段を降りていく。
僕もソロモンの後を追うように、階段を降りていく。
階段を降りると、ちょうどソロモンとヒルデちゃんが遊びに出掛けるところだった。
「それじゃあパパ! ヒルデと遊びに行ってくるね!」
「行ってらっしゃい。僕もちょっと出掛けるけど、陽が暮れる前に帰ってくるんだよ?」
「うん、行ってきます! 行こう、ヒルデ!」
「うん、ソラちゃん!」
二人は仲良く手を繋いで、パタパタと元気に遊びに出掛けた。
それを見送り、僕は自室に戻って出掛ける準備を整える。
フード付きのマントを羽織り、腰に剣と何でも収納出来る魔法袋を吊るす。
そして愛用の杖を握り、姿見でもう一度己の姿を確認する。
「……よし」
僕は一度頷き、戸締まりをきちんとしてから家を出る。
向かう先は――冒険者ギルドだ。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドは里の中央付近にあるので、住宅街のある南部からは少しだけ距離がある。
この竜人の里は周りを壁のような崖に囲まれていて、里の中を二本の川がX字に交差するように流れている。
ギルドへと向かう道中、すっかり顔馴染みとなった近所の人達に軽く挨拶をしたり、商店街で贔屓にしている店の店主に新商品を買っていかないかと押し売りされ、また今度とやんわりと断りを入れる。
そんなことをしている内に冒険者ギルドの建物の前まで辿り着いて、そのまま扉をくぐって中に入る。
中は活気付いていて、顔見知りの冒険者達が僕とすれ違う際に軽く会釈と挨拶をしてくる。
「オスッ! ダビデのアニキ!」
「こんちは! ダビデのダンナ!」
「こんにちは! ダビデさん!」
「ああ、うん」
僕は片手を挙げて、彼らに挨拶を返す。
そしてそのままカウンターまで向かい、実質僕の専属受付嬢となっているエルフ族のアビーに話し掛ける。
「やあ、アビー。クエストを受けに来たよ」
「お待ちしておりましたよ、ダビデさん。こちらが今回ダビデさんに受けていただきたいクエストです」
アビーはそう言って、一枚の紙を手渡してくる。
僕はそれを受け取り、その紙に目を落とす。
僕に受けて貰いたいクエストというのは、最近里を悪い意味で賑わせている人さらいの集団の撲滅というモノだった。
前々から、ギルドからこの集団をどうにかして欲しいと打診があった。
普通は個人にはそんなことなんて絶対にしないけど、僕の場合は『魔王』なんて言う肩書きがあるから、ギルドから厄介事をよく背負い込まされていた。
その度に文句は言っていたけど、相場より多めのお金を払ってくれてもいたので、僕は黙ってクエストをこなす他なかった。
それに今回の場合、僕も見て見ぬフリをすることなんて出来なかった。
その集団が標的にしているのは、幼い子供という話だった。
僕にはソロモンっていう姉夫婦の忘れ形見がいるから、もしソロモンにまでその魔の手が伸びたらと思うと、気が気じゃなかった。
だから今回のクエストに関しては、僕はそこそこ乗り気だった。
手元の紙から視線を外し、アビーに確認する。
「奴等の居所は分かったのかい?」
「はい。この里から北東に位置する森の中に拠点を構えているらしいと、偵察を買って出てくれた他の冒険者達が報告してくれました」
「そうか……分かった。それじゃあとっととこの集団を潰してくるよ。もし生け捕りに出来なくても……」
「はい、その場合でも何のペナルティもありません。人さらいの集団の撲滅が第一目標ですから。相手の生死は特に関係ありません。ですけど、生け捕りにしてくれた方がその分追加で報酬をお出しすることも可能かと。賞金も掛けられているので」
「分かった。それならなるべく生け捕りにしますかね……」
そう言ってアビーの前から立ち去り、ギルドの建物を出て行った―――。
ちなみにダビデはその人柄と面倒見の良さから、竜人の里を拠点にする冒険者からの信頼がとても篤いです。
もちろん、ギルド職員からも。
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