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27時のマーメイド  作者: 星見くじ
8/9

Day.6-②









早く。

少しでも、速く。

最後の約束を、果たす為。






泣いて泣いて、泣き明かして。横たわる体に縋り付いても、二度とアキヨシは目覚めない。

それでも。

遺された願いは、生きている。

「アキヨシ」

手を伸ばし、固い頬に触れる。身を焼くほどの熱は消え、冷えた温度が満ちている。

「遅くなって、ごめんね。ちゃんと、貴方の願いは叶えるよ」

いつだったか、彼と魚を食べた時。鱗も骨も残していたのが不思議だったのを思い出した。人の歯は脆いのかと、そんな事を考えて。

「…─。」

赤みを失った唇に、そっと触れる。

柔い皮膚に、牙を突き立てた。




呼吸が上手く出来ない。

頭の中がぐるぐると渦を巻く。心臓が耳の後ろにあるみたいだ、鼓動で何も聞こえない。

苦しくて、苦しくて、目の奥で白が点滅する。

それでも。

ぎゅっと、腕の中のそれを握る。布で包まれたそれを、どうか取りこぼさないように。

急がなければ。腐る前に。なくなる前に。

早く、伝えなければ。






どれ程時間が経ったのだろう。

どれ程の距離を経たのだろう。

喉は灼け、掠れた呼吸がか細く漏れる。

酷使しきったヒレは傷だらけで、ところどころで鱗が剥げている。

ほとんど動かない体で、それでも腕だけにはしっかりと力を込める。波に押し上げられ、流れ着いた先で指に乾いた感触があった。

砂浜だ。

不明瞭な視界で、初めて訪れた陸の世界を眺める。かつて焦がれたその場所に来たというのに、感動はあまり無かった。

ままならない体を投げ出して、ぼんやりとその光景を眺めていた時。

「…おい!大丈夫か、しっかりしろ!」

唯一正常な聴覚に、届いた声に目を見開く。

人の声。

人がいる。

アキヨシの言葉を、伝えられる。

体中を覆う疲労が、突如として消えた。

「…おい、そいつ人魚じゃねえか!研究所に連絡せんと!」

「バカ、んなの後でいいだろ!とりあえず手当てをっ…!?」

衝動のままに上体を起こす。二人の男が、驚いた顔でこちらを見ていた。彼らの視線が、私の顔に、そして、抱え込んだそれへと移る。布は解け、中身が顕になっていた。

一人の男が、恐怖に染まる。

叫ぶその男の横で、片割れは呆然とした表情を浮かべていた。アキヨシ、と絞り出すような声で呟いた。

あなた、アキヨシを知ってるの。

咄嗟に叫ぼうとして、しかし喉の痛みに耐えきれず咳き込む。カヒュ、と空気の抜けるような音が口から漏れ出た。

「ひっ…人喰い、人喰い人魚だ!俺達を喰いに来たんだ!」

叫ぶ男が、手に持った棒を振り回す。

違う、と言いたくても声が出ない。

違うの、お願い、聞いて。アキヨシの言葉を、預かってきたの。だからー…

ずるずると這い、言葉を発しようと口を開いて。

「来るな、化け物ッ!!」

眼前に迫る、鋭く光る刃。

次いで喉を襲う、焼けるような痛み。

ぐらり、バランスを崩して倒れ込む。

ー何が、起こったのか。

分からないまま、意識が遠のいていく。

男は、未だ叫んでいる。

「化け物が、人喰い人魚が、アキヨシを殺した!アキヨシを、喰い殺しやがった!ああ…!」

最後に耳に届いた言葉は、やたらと明瞭に聞こえた。







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