黒い閃光、首を切る。
多勢に無勢どころの騒ぎではない。
幹部騎士が5名
王直属近衛騎士およそ10名。
宮廷魔導士およそ30名。
帝国兵およそ30名。
しかもその1人1人が、下手な盗賊など単独で壊滅させられる手練れであった。
国家の存亡に関わるかも知れぬ謁見。
そしてその相手はS級冒険者だ。
世界トップクラスの戦闘力と名高いリオを殺す為に集められた精鋭中の精鋭が襲い掛かかった。
最も近くにいた帝国兵が上段から容赦なく大剣を振り下ろす。
リオは半身になって躱す。
躱した先に、別の兵が間髪入れぬ横薙ぎ。
これを身を屈めてやり過ごす。
屈んだ所を2人の騎士が同時に突き立てる。
が、するりと間を抜けてその後方へ飛んだ。
「相手はS級だ!全方向から同時にいけ!!」
隙間なく囲まれ一気に潰された。
かのように見えたが、リオは囲いの外側で頭をかいている。
「な、なんという身のこなしだ…!」
王の側近の1人、デュラン・ザークレイが驚嘆の声をあげる。
デュランがいたのは、リオから20メートルほど離れ、少し高い位置にある玉座の隣。見晴らしの良い位置から観察していたにも関わらず、ほとんど目で捉えることが出来なかった。
戦闘教員を務めるデュランですら高速で動く残像のようにしか見えないのだ。
リオを囲んだ者には、もはや消えたように映っただろう。
同時に、王と近衛騎士に戦慄が走る。
「王をお守りしろ!!!!」
デュランの怒号。
あの異常なスピードを持ってすれば、瞬きする間に玉座にたどり着くだろう。
王の命はすでに射程圏内だ。
「撃てぇ!!!」
後衛から一斉射撃。
降り注ぐ弓矢と魔法の豪雨。
人型に剣山が出来そうな逃げ場のない弾幕だ。
これらを紙一重で躱しまくる。躱して躱して躱しまくり、弾幕がやむまで躱しきると、リオの立っていた半径3メートルが塵と化していた。
リオだけが何事もなかったようにその中心に佇んでいる。
ただ躱すだけならば、走って物陰に隠れるなり、兵士を肉壁にするなりできたはずだ。
しかしリオはそれをせず、躱し切って見せた。
一瞬だけヤハウェに微笑む。
ゾワッ…
スオニール王ヤハウェは手に汗を滲ませた。
侮っていた。
ここまでやれば大丈夫だろうと。
S級の肩書は伊達ではなかった。
準備は怠っていない。不意打ち出会い頭に魔法で戦闘力も下げたし、数も十分用意した。
兵の質は言うまでもなく帝国最高の精鋭だ。
だが、かすりもしない。
散歩するように刃を躱し切る男を前に、ヤハウェは背筋を凍らせる。
招き入れた事自体が間違いだったのか。
1人の騎士がリオとすれ違い様に呻いた。
「ぐぁっ!」
片目を手で抑え、顔を歪ませる。
無論リオの攻撃によるものだが、リオには腕力も武器もない。殴っても拳を痛めるのはリオの方だ。
「がぁ!」
「くそっ!」
次々と片目を抑えて距離をとる兵達。
食らったのは、眼球へのデコピンである。
強靭な鎧を纏っていようと目は無防備だ。
ただのデコピンでもそれなりに痛いし、しばらく目は使えない。
目玉を潰してもよかったが、気が進まなかった。
向こうがどれだけ本気でも、素早さのステータスが無限のリオにとっては脅威でも何でもない。
児戯に等しい戦闘で、兵達を失明させるのは悪い気がした。
「怯むな!動きを止めろ!!」
兵達にとって致命的だったのは、目が使えなくなった事ではなく、彼らが賢く優秀な者達という点だった。
優秀であるが故に確信してしまった。
否応なく突きつけられる格の差。
デコピンではなくナイフならとっくに絶命しているのだ。まともに相手にされていないのは明らかだった。
「あっ、そうだ。」
リオはヤハウェに顔を向ける。
近衛兵に緊張が走り、武器を握る手に力がこもる。
リオの体が静かに沈んだ。
次の瞬間だった。
雷の如き疾走。
王に向かい真っ直ぐ。反応できたのはデュランのみ。
緩急の常識を覆す、助走0から瞬速。
矢よりも数段速い接近に合わせて、カウンター気味に槍を突き出すデュランは間違いなく達人である。
王の眼前に槍が突き出される。
しかし、串刺しになるはずのリオの姿は見えない。
どこへ!?
守る。王。死。
コンマ数秒の混乱。
そして、
「良いこと思いついたよ。」
後ろからヤハウェの肩にそっと手を置くリオ。
ブワッ…!
全身に鳥肌を立てながらも、デュランが王の頭上を横殴りに払う。王の髪が切られて宙に舞う。
しかし、そこにもリオ姿はなかった。
すでにデュランの射程から出たリオが短剣をぶら下げ不敵な笑みを浮かべる。
「ちょっと借りるよ。」
「はっ!!」
慌てて腰に手をやるデュラン。
腰に掛けてあるはずの短剣がなくなっていた。
再び駆け抜ける雷。
王の前方右側に控えた魔導隊が悲鳴を上げた。
「ぐわああぁ!!!」
「うぐぅっ!!」
「くそっ!!!」
次々と首をおさえて喚く魔導士達。
「くそっ!切られてる!!!」
指の間から血が漏れている。
それは幻想的な光景だった。
兵達の合間を縫う黒い閃光。通った後には、悲鳴と、血に濡れる首を必死で抑える兵達。
ほんの数秒の出来事だった。
ぐるりと一周、1人残らず狩り尽くし戻ってくる化け物を、デュランは全身全霊で待ち受ける。
キンッ!!
リオの斬撃をデュランが喉仏寸前で防いだ。
「お見事!」
見えてからでは絶対に間に合わない神速の一撃を防いだ、予知の如き武の境地。
リオは素直に称賛した。
兵達が皆喉を切られている事、そして閃光の残像から予測したタイミングがあってこその奇跡。
デュランはすかさず反撃に出る。
「くっ!」
だが次の一撃は残像すら見えなかった。
速度を倍に上げたリオ。
デュランが振りかぶる前に、既に首を切り終えていた。
残すは、スオニール王カタギール・ヤハウェのみである。
リオはヤハウェの眼前に短剣を突きつけた。
ヤハウェの顎に冷たい汗がしたたる。
目を見開き、愕然と一点を見つめていた。
終わった。何もかも。己は死に、この国は滅ぶ。
相対するは死神だ。
国中から集めた精鋭は、たった数秒で皆殺しにされた。
もう…終わったのだ。
「スオニール王よ。さっきの話だけど。」
リオは突きつけた短剣を振り上げ、そのまま投げた。
天井に突き刺さる短剣。
空になった掌をゆっくりと降ろし、握手を求めるような形を取る。
「貴方を殺さない事を、味方である証明としたい。」
「なっ…。」
何を言っているのか分からず呆然とする。
そしてその時、初めてヤハウェは気付いた。
兵達が1人として倒れていないことを。
呆けたように首を触る者。震えながら王を見つめる者。座り込みヒクヒクと涙を流す者。歯を食いしばり立ち尽くす者。
今は誰一人として悲鳴を上げず、呻き声も上げていなかった。
「ヤハウェ様…。」
勢いよく振り返ると、声をかけたのはデュランだった。
喉から血を流してはいるが、その発声に濁りはない。
「生きて…います…。首の皮しか…切られていません。おそらく…、皆も…。」
よく見ると、出血がかなり少ない。
一拭きで拭えるほどの出血量だ。
切られたのは首の皮一枚だけだった。
70名を超える兵士全身が喉笛を切られ、全員が死を確信した。
しかし付けられたのは、包丁で指を切った時くらいの軽い切り傷。
悲鳴は上げたが、ダメージなどほとんどなかった。
リオはヤハウェに改めて問う。
「どうかな?敵じゃないって認めてくれるかい?」
リオがルシエント王国の手先であるなら、ヤハウェを生かす意味はない。皆殺しにして終わりだ。
そして、それが容易である事は誰の目にも明らかだった。
デュランがヤハウェに頷いて見せる。
「わ、わかった…。」
ヤハウェは唾を飲み込み、大きく息を吸って答えた。
「認める。共闘を受け入れよう…。いや、ぜひ共に戦って欲しい。リザルディア王よ。」
2人の王が握手を交わした。
ちょっとでも『面白い』『続きが読んでみたいな』と感じて頂けたら、
広告の下にある☆☆☆☆☆にタップ・クリック、
もしくはブックマーク登録を頂けると大変励みになります!
よろしくお願い致します!