短い謁見、永遠を孕む。
振り下ろされたナイフが空を切る。
「あれ?」
リオの姿が消えた。
シャッターを切るように一瞬で、跡形もなく。
部屋中にいた者達がその喧噪を目にしていた。だが、何が起きたかを把握できた者は1人としていない。
「ギルド長にリオ・クライマーが来たと伝えてくれるかな?」
その場にいる全員が受付に振り返る。
消えたリオの姿がそこにあった。
チンピラの遥か後方、部屋の最奥に位置する受付。
受付の職員がポカンと口を開けている。
「あの、ギルド長を。」
「あっ、はい!すみません、少々お待ち下さいませ!」
チンピラもキョトンとしていたが、すぐ我に返った。
「て、てめぇ!魔道士だったのか!クソが!このぉてめえ!」
語彙力のなさをひけらかす男。
「にいちゃん、その辺にしときな。」
「なんだとぉ!?誰に向かっヒィッ!!!」
チンピラに声をかけたのは、大きな子供程もある大斧を背負った男だった。
「おい、A級冒険者のルースレグトだぞ。」
「すげぇオーラだな。」
「さすがA級だよ。」
ひと睨みでチンピラを縮み上がらせたルースレグトは、リオに目を向けるとニカッと笑った。
「おいリオ!お前どうしちまったんだ!一瞬誰だか分かんなかったぜ!」
「久しぶりだなルース。俺も色々あったんだよ。」
リオも思わず笑みがこぼれる。
2人は幾度となく共に死線を潜り抜けた戦友であった。
パーティーを組んでいたこともある。
ルースレグトからすれば、かつてドラゴンの群れを単独で一蹴していた仲間と、目の前の何のオーラもない平凡そうな人間が同一人物には見えなかった。
「それにしてもさっきのはどうやったんだ?」
「さっきのって?」
「消えたと思ったら受付にいただろ。魔法を使った訳でもなさそうだし。」
当然だ。魔力などほとんどないのだから。
「素早く移動しただけだよ。」
「はっ、なんだよ!企業秘密ってか!まぁいいさ!」
本当に素早く移動しただけなのだが、信じてはもらえなそうだ。
「あいつルースレグトと親しげにしゃべってるぞ。」
「おいまて、さっきリオ・クライマーって言わなかったか?」
「え?リオってあの…。」
その時、受付の奥の扉が勢い良く開いた。
中から眼帯をした渋めのおじ様が出てきた。
「リオ殿!よく来て下さった!!!S級冒険者の貴方に立ち寄って頂けるとは光栄ですな!」
「お久しぶりです。お元気そうですね。ジークさん。」
「ええ!まだまだ現役でいけますよ!まぁまぁ、何か事情がお有りなのでしょう。こちらへどうぞ。」
ギルド長に丁重に扱われながら奥へ入るリオ。
残された部屋は騒然としていた。
「ギルド長があの態度だぜ。」
「本物のリオ・クライマーだったのか。」
「こええ、変なヤジ飛ばさなくてよかった。」
ルースレグトは恐れ慄く冒険者達の話声を聞きながら、冷や汗をかいていた。
リオの野郎、以前も完全にバケモンだったが…。
今はなんていうか…。
「神様、みたいだな…。」
ルースレグトは一度だけ神獣とよばれるものと遭遇した事があった。
その神の名を持つドラゴンは、穏やかで静かな魔力を纏っていた。圧はなく、殺気もない。空気は揺れず、存在感も稀薄。それでいてとてつもなく大きな存在と対峙しているような不思議な感覚。
ちょうど、地上に住む人間が星の存在をわざわざ感じないように。
星空や大海原、広大な山々を眺めて感じる己の矮小さのように。
あの神獣と対峙した時のひんやりとした空気。
ルースレグトはそれと同じものをリオから感じ取っていた。
1流の冒険者だからこそ湧き上がる、得体の知れぬ畏怖。
そして、友が遠くに行ってしまったような寂しさ。
原因がわからぬまま、リオの消えていった扉をながめていた。
――――――――――――――――――――――――
ギルド長の口添えで、すぐに王との謁見が決まった。
翌日になりリオは謁見の間へと案内された。
「武器は預からせて頂きます。」
ボディチェックを受けながらリオは思った。
こんな所を見られたらエリーに怒られそうだな。
リオとエリー以外は誰一人として認めていないが、一応リオはリザルディアの王である。
エリーであれば、厳重なボディチェックを不敬だと言っただろう。
しかし当然ながら隣国の王として扱ってもらえる訳もない。S級の肩書とギルド長の信用によって通されているに過ぎないのだ。
「S級冒険者のリオ・クライマー殿。尊敬する貴方にお会い出来たことを光栄に思います。」
ボディチェックを済ませた騎士。
リオから目を逸らし、扉を見つめながら声をかけてきた。
「ありがとう。」
騎士はリオの言葉に少しだけ歯がみしたように見えたが、すぐに仏頂面に戻る。
ゆっくりと扉を開きながら、ぼそりと呟いた。
「どうかご無事で。」
「え?」
予想外の言葉を聞いたが、扉の向こうはさらに予想外だった。
完全武装の無数の騎士達。
すでに魔力を込めている魔導隊。
謁見というより、このまま戦争に出向くような様相だ。
魔道隊から放たれた魔力がリオを包む。
「魔力封じか…。」
一定の空間で魔力を完全に霧散させる大掛かりな術式。
一度完成すれば相手が上級悪魔だろうと関係なく、あらゆる魔法を封じる。
絶対的優位に立てる代わりに、膨大な魔力と時間を要する為、実戦でお目にかかることはほとんどないが、周到な準備をすれば実用可能だ。
間髪入れず別の魔導隊が魔法を放つ。
腕力弱体化
宮廷魔道隊がフル詠唱の全力で放つ、魔力無効と腕力弱体化。
完全なる無力化と言っていいだろう。
相手がリオでなければだが。
「これじゃあ灯りをつけることも出来ないな。」
リオは気にする様子もなく微笑んだ。
「貴様を知る者はこれでも危険だと言っていたぞ。」
油断のない眼差しで低く唸る、第7代スオニール王カータギル・ヤハウェ。
「俺は共闘する為に来たんだ。事前に伝わってると思ってたけど。」
「この国は今日戦争になってもおかしくないのだ。敵国から来た者を信用出来ると思うか?」
リオはルシエント王国の出身だった。
特に思い入れはないが、冒険の拠点もずっとルシエントだ。
ルシエントとの関係が暴発寸前のスオニールがリオを疑うのは仕方がない。
「俺はリザルディアから来たんですよ。」
「リザルディアはルシエントの領土だ。」
「今は違う。リザルディアは俺の国だ。」
「くだらん。殺すぞ。」
戯言に付き合う気はない。選択を誤れば国が亡ぶかも知れないのだ。
部屋中に殺気がみなぎった。
リオは気にせず続ける。
「ルシエントは強い。貴方は今、少しでも戦力が欲しいはずだ。」
「ああ、信用できる戦力がな。そもそもS級というからこれだけの準備をしたが。
本当にあのリオ・クライマーなのか?」
一定以上のステータスを持つと、漏れでた魔力がオーラとなって他を圧倒する。
その上級冒険者特有のオーラがリオには一切なかった。
魔力と腕力を封じなくとも、そこらの一般兵にすら負けそうな雰囲気である。
とてもS級には思えぬ、柔和な空気感。
リオを騙った全く別の人間が、間者として接近してきたと考える方がまだ現実的に思えた。
「怪しいが、もし信用出来るなら悪い話ではない。そう考えたから俺をここまで招いたんだろう?」
ふんっ、と鼻で笑うヤハウェ。
目に一層力を入れ凄んで見せる。
「その通りだ。味方であることを証明してみせよ。出来なければここで消えてもらう。」
これにはリオも困った。
証明など出来ない。
ヤハウェも薄々そう思ってはいた。だが疑わしきを引き入れる事が出来ない以上、納得できるものを提示してもらう必要がある。
「すぐにというのは、難しいな。」
ヤハウェはリオをじっと見つめる。
数秒の沈黙。
周りに控える騎士や魔導士達にとっては永遠のように感じる沈黙である。
「そうか…。」
ヤハウェは意を決して短く呟いた。
「殺れ。」
騎士達が一斉に遅いかかった。
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