時の名君、肝を冷やす。
《トマス領クーデル城》
「怪物め・・・。」
ノイラーは足早に領主のいる執政室に向かっていた。
冗談じゃない。
詠唱なしであの発動スピードと威力。野盗どころの騒ぎではない。一瞬膨れ上がった魔力の大きさはとても人間とは思えなかった。
ノイラーは認識を改めていた。
我がトマス領は化物に侵略されたのだ。
「失礼します!!」
勢い良く開けた扉の向こうには錚々たるメンバーが揃っていた。
「ノイラーか!何事だ!」
筋骨隆々の大男が、ニヤリと歯を剥き出して良く通るでかい声を響かせる。
力の籠った瞳に青い立髪。百獣の王を思わせる覇気を纏ったルシエント王国最高の戦士の1人。
トマス領直轄『蒼炎の騎士団』団長、ライオネル・グランフォードだった。
「大切な軍議の最中ですよ」
ライオネルの向かいに座るのは、トマス領冒険者ギルド長ライアス・ニューゲート。困ったように顔をかく爽やか金髪イケメン。一見して優男だが、荒くれ者の冒険者達を纏め上げるギルド界の若きカリスマである。
「びっくりしたぁ〜」
隣で深緑のローブを纏った可愛らしい女性。
キョトンとして、魔導帽のツバを両手で摘んでいる。世界で5人しかいないS級冒険者の1人、氷天の魔女クレア・ナーヴァだ。
王都が計画している隣国への侵攻について対策を練っていたのだろう。
だがこちらも迅速な対処が必要だ。
ノイラーは臆する事なく申し立てる。
「軍議中に申し訳ない!しかし、皆さんがいらっしゃったのはちょうど良かったかも知れませぬ。早急にお伝えしたい事があります。」
「・・・わかった、聞こう。皆も聞いて欲しい。」
ノイラーは非常に優秀な騎士である。副団長を任されるだけあり、戦力知力ともに申し分ない。気も使える。
そのノイラーが乱入してくる程のことだ。中央に座る男は続きを促すように頷いた。
男の名は、エドワード・フレイル。
トマス領領主である。
トマス領はリザルディア迷宮から漏れる魔力の影響もあり、強力な魔物が多い。また、敵対する隣国との境に位置することから、ルシエントの中でも最重要エリアであった。
暴虐ともいえる王都からの要望と、敵国や魔物に挟まれながら民を守り切る。その手腕は名君と呼ぶにふさわしかった。
ノイラーは事の端末を話した。
ライオネルが豪快に笑う。
「はっはっはっ!!!それで女1人に尻尾巻いて逃げ帰ってきたのか!災難だったなぁ!!」
悪気はないのだろうが、手厳しい言葉にノイラーは歯を食いしばった。
「僕はノイラーさんは正しかったと思うよ。」
にっこりとフォローするイケメンライアス。
事実、ノイラーの行動は適切だったと言える。
誰かが生き残らなければ、情報を持ち帰ることもできない。
「それで、やられた兵は無事なのか?」
エドワードは労うように尋ねた。一兵卒の安否を気遣う名君にノイラーは一瞬だけ口ごもる。
「はっ!それが…、実は無傷でありまして」
?
全員がクエスチョンを浮かべる。
今30メートル吹っ飛ばされたと言ってたろう?
「駆け寄った時には、片足がちぎれ、その他の手足と肋骨が折れ、内蔵は破裂。数分後の死を待つような状態でした。しかし…」
その場にいる全員がうっすらと寒気を感じる。
ノイラーは続ける。
「しかし、屋敷の中からなにやら平凡な男が出できまして、女に何か指示したのです。すると兵の上に魔法陣が浮かんで…」
「治したっていうの!?」
氷天の魔女クレアが勢い良く立ち上がった。
「はい、数秒で傷は跡形もなく…。」
「・・・っ!」
クレアは血の気の引いた顔で、口を一文字につむり、大きく目を見開いた。
あり得ない。
この世界の回復魔法は、痛みを和らげたり、止血を手伝ったり、自己治癒力を高めるのがせいぜいである。
千切れた足を元通りにするなどもってのほかだ。
その魔法がある限り、兵は戦い続けることが出来てしまう。
もはや回復魔法の領域ではなかった。
執政室が静まりかえる。
ライオネルですら笑顔を凍りつかせていた。
口火を切ったのは領主エドワード。
「ライオネルよ。どれだけの兵力が必要だ?」
「…わからん。詠唱なしでその威力、そしてふざけた回復魔法。向こうさんが何人いるか知らんが、その女を抑えるだけでも魔法師団一個中隊くらいいるかも知れん。しかし…」
「しかし?」
「相手は敵を回復させるようなお人好しだ。まずは話してみたらどうだ?」
ライオネルの言うことは最もだった。
だが、王都はそれを許さないだろう。これは歴とした侵略なのだから。
「ふむ、充分な戦力を用意した上で、対話に持って行こう。馬鹿げた建国宣言をとり消せばよし、譲らぬなら潰す他ない。」
言い切るエドワードにクレアが言及する。
「領主様。嫌な予感がします。くれぐれも慎重に…」
「まぁエドだってわかってるさ!今回は俺が行くぜ!最高の戦力でな!久しぶりに楽しめそうだ!」
ライオネルが剛気に笑って見せる。
「それにその女すげー美人なんだろ?口説いてやらんとな!はっはっはっ!」
「暑苦しい男はタイプではないのだがな。」
エリーは興味ないといったように腕を組む。
「まぁそういうな!俺だって昔は…なにぃ!!!?」
領主エドワードとエリー以外の全ての人間が机から飛び退いた。
何者!?いつから!?
いやそれより!
クレアは突如現れた女に杖を向け既に何か唱え始めていた。
顔面蒼白で剣を構えるノイラーを横目に、ライオネルが叫ぶ。
「ノイラー!!!こいつか!?」
「そうですっ!エドワード様お逃げ下さい!!!」
ノイラーの返事を聞く前に、ライオネルが目にも止まらぬスピードでエリーの背後に周った。剛腕を振りあげる。獣の眼光。殺す気の一撃。
バンッ!!!!!
拳を振り下ろす前に、ライオネルの体が天井に叩きつけられた。そのまま大の字で貼り付けられている。
「ぐぁっ!クレア!!!」
「ダメ、です…。封じられました…。」
震えながらクレアは貼り付けのライオネルに返事をする。
エリーは穏やかに声をかけた。
「驚かせてしまったな。忘れ物を届けに来ただけだ。ほれ。」
エリーは立ち上がると、ノイラーの前まで歩いていった。腕を突き出すと、掌には銀のペンダントがあった。
この大陸には、妻が戦地へ向かう夫に銀のペンダントを送る風習があった。必ず戻って来れるように。孤独な戦場で家族を忘れないように想いを込めて。
それはリザルディアを訪れた際に無くしたものだった。
「あ、」
「取って食ったりはせん。早く受け取れ。」
「あ、あぁ。」
ノイラーは恐る恐るペンダントを受け取った。
「貴様らに2つだけ訂正しといてやろう。1つは…ノイラーとやら、なぜ嘘をつく。」
ノイラーに視線が集まる。
「こやつは兵が吹っ飛ばされるいなや私に決闘を申し出たのだ。自分の全てを賭けるから、部下には手を出すなと言ってな。見事である。
尻尾を巻いて逃げ帰った訳ではないということだ。」
エリーが見上げると、天井に張り付けられたライオネルと目があった。ライオネルがニヤリと笑みを浮かべる。
殺すには惜しいと思い、決闘を断り帰らせたのだった。
エリーは視線をノイラーに戻すと、一層やさしい声でノイラーに語りかけた。
「お主の守る者は部下だけではないのだろう。命を粗末にするなよ。」
その姿はさながら女神のようであった。
まぁ実際女神ではある。
「もう一つは、」
今度はエドワードを見据えて言い放つ。
「魔法師団1個中隊では遊びにもならんということだな。」
全員が凍りつく。
はったりとは到底思えぬ、人外の圧。
軍と渡り合うS級冒険者と王国最高の戦士を、わけもなく完封する力。
「領主エドワードよ。お主は良い部下を持っているな。無闇に失っていいものではない。」
冷や汗を垂らしながら応える
「肝に命じておくよ。それで、私をどうするつもりなのかな?」
最高戦力を抑えられ、トップの生殺与奪の権を握られたのだ。敗北と言っていい。
「どうもせん。忘れ物を届けに来たと言ったろう。」
そういうと、エリーの姿は空間に消えていった。
天井から落下するライオネル。
エドワードは目を閉じ、静かに顔を手で覆った。
――――――――――――――――――――――――
ビュンッ
「おっ、どうだった?兵隊さんに渡せた?」
転移魔法で帰宅したエリーに、リオは呑気に訪ねる。
「うむ、渡せたし、これでしばらくは時間が稼げるだろう。次はギルドに行くぞ。」
「ギルド?まぁいいけど、今度は何しにい…」
リオが言い終わる前に転移が発動した。
――――――――――――――――――――――――
ビュンッ
「うおぉ、まさか、もうギルドか!?何でもありだな!」
「さぁ行くぞ。」
帰ってきたと思ったら今度はギルド、何か依頼で受けるのか。
まぁ先立つものは金だしな。
と思ったら、
エリーは依頼用紙が大量に貼られた掲示板の前に立って声を張り上げた。
「この壁に貼ってある最も高い報酬の3倍払ってやる!!!」
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