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忘れないで・1

パトリック視点です。




 オリヴィアはよく笑う、可愛らしい少女だった。


 俺は母親に連れられたお茶会で初めて彼女に会い、瞬間的に恋に落ちた。

 オリヴィアも俺を見て頬を赤らめていたから、嫌われていないと思う。


 母親同士が親友だったし、俺の強い希望もあって婚約はトントン拍子に決まった。

 俺たちはリック、リヴィと愛称で呼び合い、互いの家を行き来しよく遊んだ。

 好きな本を一緒に読んだり、時には庭で転げ回って泥だらけになったり、本当に楽しかった。

 宝石のようにきらめく思い出だ。



 だが、あの忌まわしい事件が起こる。


 八歳になった直後、オリヴィアは侍女に誘拐された。


 連れ去られるところを目撃されていたので、ブランソン伯爵家の護衛や、王都の治安を守る第二騎士団が素早く動き、数時間後には無傷で救出出来た。

 だが、オリヴィアは心に深い傷を負ってしまう。


 自分を攫ったのが、信頼していた侍女というだけでもショックなのに、犯人たちはオリヴィアの目の前で仲間割れの刃傷沙汰を起こしたのだ。


 侍女と恋仲の男、それに仲間の男二人。合計四人が全員死亡。

 そこで何があったかは、虫の息の侍女が語った。


 金が欲しかった恋仲の男はすぐにでもオリヴィアを売り飛ばそうとしたが、仲間の男二人は違った。

 一目見てオリヴィアの美しさに目がくらみ、我が物にしようと襲いかかる。


 最後の良心か、侍女はオリヴィアを庇い背を刺された。

 恋仲の男はそれを止めようと男たちともみ合いになり、差し違え絶命。

 侍女も背中の傷が致命傷となり、その日の晩に死亡。


 オリヴィアは無事だったが、目の前で起きた惨劇に心を病んだ。

 家に戻っても泣き叫び、恐怖でろくに眠れない。物も食べられず、どんどん衰弱していく。


 なので、リデル神殿で特別な治療を受けることになった。


 それは記憶の消去。

 治癒に特化した神力を持つ神官でさえ、文献上でしか知らない術式。

 消去するのは誘拐された後の記憶。しかも術式の影響がどう出るのか未知数だという。

 ご両親は治療直前まで他に方法はないかと悩んでいたようだが、これ以上はオリヴィアが保たない。

 オリヴィアを救うのはそれしかないと大人たちは決断した。


 その時の俺はオリヴィアを刺激しないようにと見舞いを止められ、ただ父親から報告を聞くことしか出来なかった。


 彼女のために何もできない。

 自分の無力さに頭をかきむしる日々。


 リデル神殿で治療された後、結果的に彼女は事件も含め、これまでの記憶をほとんど失くした。さらに自分が記憶を失くしていることも認識できていない。


 もちろん俺との記憶もないようだ。

 治療から半年後、許されて会いにいったら、不思議そうな顔をされた。


「こんにちは、リヴィ」

「……」

「久しぶりだね」


 以前のオリヴィアなら満面の笑みであいさつを返してくれただろう。

 だが、術式の影響は彼女の外面にも残り、表情がまったく動かなくなっていた。

 ぼんやりした瞳、小さくしか開かないくちびる。

 唯一、まばたきだけが彼女がビスクドールではないことを教えてくれる。

 

 それでもオリヴィアは変わらず可愛い。

 会えばどうしようもなく胸が高鳴る。

 忘れられたのは悲しいが、また仲良くなればいい。


 俺は彼女の心の深い傷に寄り添う決心をした。




 体の方は順調に回復してきたオリヴィアだが、侍女の制服に怯え、血に怯える。

 成人男性や、誘拐犯が着用していた作業着にも怯える。


 消したはずの記憶がどこかに残っているのだろうというのが神殿の見立て。


 ブランソン伯爵は侍女の制服を一新し、オリヴィアを極力外界から引き離す。

 少年の俺は会うのを許されたが、彼女に事件を思い出させないようにとリデル神に誓わされた。

 そんなの当たり前だ、誓うまでもない。

 俺は心からの好意を隠さず、オリヴィアに話し掛ける。


 そうしているうちにオリヴィアは少しずつ言葉を発し始めた。

 魅力だった無邪気な笑顔は鳴りを潜め、表情は動かないままだが、意志が戻って来たようだ。


 記憶を失くしても、室内より庭でのお茶を好む。

 レモンティよりミルクティが好き。

 やわらかい風に乱される俺の髪を直すのが好き。

 鳥に大好きなクッキーのかけらをあげるクセ。


 多くを忘れてしまったけど、オリヴィアの中に残ったものを見つける度に俺の心の宝石箱に宝が増える。


 実はおとぎ話より冒険小説が好きだし、暑い季節より寒い季節が好き。

 きれいな靴も好きだけど、草の上を裸足で歩くのも好き。これらは、おてんばだった頃の名残だろう。


 新しく知ったことも大切に俺の中にしまう。


 庭を散策中、オリヴィアがふと足元の花に目を向けた。

 薄紫の花が群生している。

 オリヴィアはしゃがみこみ、そっとその花に触れた。


「あ……」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 オリヴィアが淡い笑みを浮かべたから。

 続けて小さなくちびるが「きれい」と呟く。


「何ていう花だい?」


 返事は期待しないで問いかけてみたら、オリヴィアは俺を見上げる。


「わすれな草」


 真っ直ぐに視線を合わせて答えてくれた。

 その瞳に俺が映る。

 オリヴィアが俺を認識してくれているのを実感した。


 視界が涙で歪む。


「……?」


 そんな俺の様子にオリヴィアは首を傾げ、しばらく思案した後にわすれな草を手折った。


「はい」


 泣く俺を慰めてくれたのだ。

 

「…ありがとう」


 あの頃と変わらない。俺の好きなオリヴィアはここにいる。

 大変な目に遭っても人を気遣える優しさは残っていた。

 表情は動かないけど、少しずつ心と共に再生している。


 いじらしくて、愛おしい。

 手助けしたい。

 オリヴィアを守れるだけの力が欲しい。


 そう願っていたためか、俺はリデル神殿で神力があると認定され、守人に選ばれた。

 これで少しはオリヴィアの住む世界を守れる。

 それが誇らしく、鍛錬にも身が入った。




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