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出産と決意。





 そして私は出産の日を迎えた。


 パトリックも任務から戻ってきているし、双方の両親も詰めかけてきてくれているので、カイルたちを任せて私は部屋にこもる。


 陣痛にのたうち回りながら、久しぶりに『設定』の夢を見た。





 


 マリアは天から落っこちてしまった、天使見習い。


 天へ帰るにはゲームの中で優秀な成績を収めなくてはいけない。ゲームプレイヤーはマリアと一緒に勉強して互いに助け合い友情を育む。

 マリアもプレイヤーも、正解すればポイントが貯まり天使アイテムが手に入る。

 靴、レースの手袋、靴下、リボン、天使服、羽、エンジェルリング。

 そしてすべてコンプリートしたらマリアは天界に戻り、天使になれる。


 これは主に女の子向けのシナリオで、最初に性別を選ぶ。

 男の子向けを選べば、冒険しつつ目指せ王さま!なシナリオ。


 いつものようにそばで作業を見る私。

 男の子向けの情報は霞がかかってよく見えない。

 なのに女の子向けの方の『設定』は詳細に読める。


 

 プレイヤーの親友になるマリア。ライバルのスカーレット。

 スカーレットは王子と婚約している。

 だが、天から落ちてきたマリアの美しさや心根に魅了される者が続出。王子とて例外ではない。

 婚約者や想い人を奪われた女性たちが、マリアを恨んで迫害。

 そしてそれが明るみに出て衆目の前で断罪。


「テンプレ満載!」

「ベタな設定最高!」


 彼女らは本当に楽しそうに『設定』を増やしていく……。

 


「オリヴィアさま! 生まれましたよっ」


 産婆の声で現実へ意識を戻せば、か細い赤子の声がする。

 それが段々大きくなって、元気な産声になった。


「女の子ですよ、オリヴィアさま!」

「そう…」


 生まれてしまった。

 私が歪めてしまう予定の子供。


 力の入らない身体でぼんやりしていたら、産湯を浸かり終えた赤子が私の横に寝かされた。


 パトリックと同じ金髪。まだ開いていない目もきっと同じ青だろう。


 どこもかしこも小さく愛おしい。


「リヴィ、お疲れさま」

「リック……」


 一人で入室してきたパトリックは心配そうに早足で私の元にやってきた。背後の廊下では家族たちの喜びの声が聞こえる。


「よかった、無事だね。君も子供も」

「…はい」

「ありがとう」


 パトリックはやさしく頭を撫でてくれた。

 いつでも大きくて温かい彼の手。


 この手はいつまで私の元にあるんだろう。

 私はいつ狂うのだろう。

 不安が首をもたげるが、出産の疲労で私は眠りに落ちた。

 




 パトリックがスカーレットと名付けた赤子の首が据わるころ、両親が遊びにきてくれたので、ガゼボでお茶をしながら近況を語り合う。


 父は子供たちにおみやげを渡し、長男カイルや次男のアラン、歩き始めた三男クリフと庭を追いかけっこしたり大活躍だ。

 母はゆりかごに寝かせたスカーレットを飽かず見つめる。


「男の子も女の子もかわいいわね、オリヴィア」

「えぇ」

「あなたが生まれた時もそれはもうかわいくてかわいくて」


 母は目尻を下げ、スカーレットのやわらかな頬を撫でた。


「あなたをお嫁に出すときはさみしかったけど、こんなにかわいい子たちに会えたのだから、我慢した甲斐があったわ」

「がまん…」

「いいえ、結婚はおめでたいことだったもの。悔いはないわ。でもやっぱり同居すればよかったかしら」


 母親は浮かれて一人で話している。それが妙におかしくて私は笑った。


「そういえば昨夜ね、お父さまとパトリックさま、それにモークリー侯爵がずいぶん長いこと話し合いをなさっていたのよ」

「話し合い?」


 首を傾げれば、さっきまでの母はどこへいったのか、重いため息をつく。


「気付いている? この子は身分的にも年齢的にも王族に嫁げるの」

「あ…っ」


 言われて私は呆然となる。


「世事に関心のないあなたでもそれがどういうことか分かるでしょう?」

「…えぇ」

「王子は二人。第一王子のスチュアートさまはご病弱でいらっしゃるからまだ立太子されていないけど、婚約者の内定はお済みと聞くわ」

「それはどなたですか?」

「おそらくコルボーン公爵家のご令嬢でしょうね」

「では第二王子セドリックさまに…?」

「そう。公爵家に血筋では劣るけれど、モークリー侯爵家分家、しかも父親が結界の守人であれば瑕疵のない縁組みになる。しかもいざとなれば第一王子を押し退けて立太子できる」

 

「そう…だ」


 頭の中でまた『設定』が蘇る。

 スカーレットの婚約者はセドリック。担当教科は国語。鉄板の金髪碧眼イケメン。


 けれど『設定』によると、その婚約はいずれ破棄される。

 天から下りてきたマリアと恋仲になるから。


「オリヴィア、顔色が悪いわ」

「…そう?」

「産後はとくに体を労るのよ。さぁ、今日はもう休みましょう」


 うながされ、寝室に戻り大きなベッドに横たわる。

 子供たちは乳母や侍女に任せたので安心だ。

 まどろんでしまいそうになる度、スカーレットの設定が気に掛かり目が冴えた。


 ここまで、『設定』通りに世界は進んでいる。

 ならばスカーレットは王子の婚約者となるだろう。

 けれどあの子はその婚約を破棄されてしまう。


 婚約破棄された令嬢はこの貴族社会で大きな醜聞となる。パトリックによく似たあんなに可愛い子が他人に後ろ指を指されるなんて……少しでも不幸になるなんて許せない。

 

「私が、子供を守る…」


 生まれて初めて、私に闘争心が涌き上がってくる。


「『設定』通りにスカーレットを不幸にはさせないわ」


 



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