懐妊。
その後、私は立て続けに男児三人を無事に出産した。
子育てが忙しくて毎日慌ただしい。
「奥様は本当に素晴らしい方ですねぇ」
侍女のオルガに感心され、私は首を傾げた。
「素晴らしいってどこが?」
「乳母任せにせず、ご自分で子育てなさるところです」
「え、でもちゃんと手伝ってもらってるわ。乳母だけじゃなく皆に」
この館で働く人たちの協力なくして、男児三人は育てられない。
もちろん乳母もそれぞれ付けたし、侍女を増やして特定の人に負担が掛からないよう配慮した。
そこまで助けてもらって、なんとか育児をしている状態なのだ。自分で子育てしてるなんて、とても言えない。
「そういう心持ちが素晴らしいのです」
「オルガの賞賛は欲目よ」
幼い頃から一緒にいてくれたオルガは、私の姉のような存在で、贔屓目が過ぎる。
それに私の本心は人に誇れるものではない。
常に頭のどこかで『設定』に抗おうとして人にやさしくしている。
何かの拍子で人に嫌われぬよう、極力外に出ないで生きているだけだ。
「リヴィ、戻ったよ」
「旦那さま。おかえりなさいませ」
任務から帰宅したパトリックを出迎えれば、玄関ホールで長いキスをされる。
使用人がいようと歩き始めた子供がいようと、いつもおかまいなし。
「その呼び名は嫌だな」
「パトリックさま…」
「ちがうよ、リヴィ。家では愛称で呼び合う約束だろう?」
「リック…」
未だに愛称で呼ぶのが恥ずかしくて声が小さくなる。でも彼にだけ聞こえればいいので、これで許してもらおう。
ちらりと見上げれば愛おしそうに、頷いてくれた。よかった、ちゃんと聞こえたみたい。
パトリックは旅装を解かないまま私の腰を抱いて、真っ直ぐ寝室へ向かう。これもいつものことだ。
部屋に入れば玄関より濃厚なキスが降りてきた。
だけど昔のようにすぐにベッドには入らない。
大人の余裕なのか、ゆっくり話をしたりお酒を呑んだりする時間も増えた。
夜も少し淡白になったような気がする。
もしかしなくても、そろそろ私に飽きたのだろう。
「ちがうよ」
「え」
「君が何を考えているのか、だいたい分かる」
「え、え…」
パトリックはそう言って私をベッドにそっと横たえた。
「今の君は子育てが大変そうだし、…その、すぐに子供が出来ると俺も色々我慢しなくちゃいけないし」
「我慢…」
「立て続けの出産じゃリヴィの体に負担もあるだろうと、ちょっと節制してたんだ」
要するに私に配慮して、新婚当時のような夜の過ごし方をしていなかったと。
真上からのぞきこまれて見つめ合う。
切な気に、見ようによっては獲物を定めたように彼の目が細くなる。
「でも気持ちはあの頃と変わらない…いや、さらに君を想っている」
「パトリックさま…」
「情けないことを言っていいかい?」
「情けないこと?」
「君が子供たちに向ける視線がやわらかくて愛おしい。けれど、俺に向けるものじゃないから、悩ましい」
「あの、えっと…」
「俺は君にもっと愛されたい」
私は呆気にとられて言葉に詰まる。
愛されたいって、なに。
だってもちろん夫だし、愛してるし。
こんなに大事にされて、嫌いになる訳ないし。
『設定』に悲しむ程度には本気だし。
頭の中がぐるぐる。
言葉が出ないで、涙が出る。
子供のような自分が悔しくてパトリックを見上げれば、一瞬ぽかんとされ、すぐにのしかかられた。
「そういう顔は俺だけしか知らないよね」
荒々しく、どこか切羽詰まった様子で求められ………三ヶ月後、第四子を身ごもったことに気付く。
懐妊を知ったパトリックは上機嫌で、私を離さない。しかも今は身重だからと邸内移動の際、私を抱えて歩くようになった。
「しばらくお預けなのは残念だけど、君によく似た子供がまた生まれるならいいか。次も男の子かなぁ」
「いえ、女の子です」
「どうしてそう思うんだい?」
「そう決まってますので」
『設定』ではパトリックによく似た美貌になるはずだ。
「女の子だったら君によく似た子がいいな」
「おとうしゃま! いもうとくるの?」
「そうだよ、楽しみだね」
「うん! たのちみ!」
長男カイルは舌足らずながら喜び、私たちにまとわりつく。
「ぼく、あかちゃんだいじにするよ!」
「えぇ、お願いね、カイル」
「まかしぇて!」
どんと胸を叩く幼子に侍女たちも目を細める。
そんなおだやかに過ぎる日々に私は心から安堵していた。