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一ヶ月後。




 一ヶ月不在の後、パトリックが任務を終えて帰ってきた。


「元気だったか、リヴィ」

「おかえりなさいませ、パトリックさま」


 出迎えた玄関ホールでぎゅっと抱きしめられる。愛おしげに髪に頬擦りされ、私は困惑した。


 抱き返さない妻を不審がることもなく、パトリックはその腰を抱いて、まっすぐ夫婦の寝室に向かう。


「会いたかった…リヴィ」

「あの、お着替えを手伝いま……」


 何か言わなくちゃとずっと考えて、やっと紡いだ言葉はパトリックのくちびるに塞がれた。


 背後でオルガがそっと扉を閉める音がする。


 一ヶ月ぶりのキスは長くて体から力が抜けた。


「君がそばにいなくて、本当につらかった。もう我慢できない」


 キスの合間に甘くささやかれ、めまいがする。

 支えを欲して彼にすがれば、ベッドに運ばれ気付いたら朝だった。








 目覚めると、カーテン越しにやわらかな陽射しが差し込む。ベッドの隣は無人。

 パトリックは先に起きたらしい。


 ぼんやりしながら寝返りを打つと、体の奥が鈍い痛みを訴える。

 まだ初心者の上、一ヶ月ぶりだから、体が慣れていないようだ。


「起きたのか、リヴィ」


 パトリックが部屋に戻ってきた。

 顔を上げれば、パトリックの後ろからワゴンを押すオルガがいる。


「一人にしてごめん。空腹がガマンできなくて先につまんできた」


 そういえば昨日帰宅して、食事も摂っていない。

 それではお腹も減るだろう。


 パトリックは栄養補給したためか、笑顔がきらきらしていた。


「リヴィ、ミルクティでいいかい?」

「…はい」


 パトリックが家にいるときは、ベッドで朝食を取るのが習慣になりつつある。


 対面ではなく、隣に座ったパトリックに甲斐甲斐しく世話を焼かれ、食べにくいけど、そうも言えず口を動かす。


 オルガに手伝ってもらい身支度を済ませ、パトリックに抱きかかえられてリビングへ行くとソファに二匹の猫が寝ていた。


 それを見たパトリックは空いているソファに私を降ろし、隣にぴったり寄り添い腰掛ける。


「あの…」

「うん?」

「この、白と黒の猫ですが…この家を気に入ってくれたようで」

「そうか、名前は?」

「付けてません。飼っていいのですか?」

「もちろん。リヴィの好きにしていいんだよ」


 そう言われて私は心の中で万歳をする。


「オスかメスか調べた?」

「いいえ、怯えさせてはかわいそうかと、あんまり触れないようにしてたんです」

「眺めるばかりだったの?」

「オルガたちにお水と食事を用意してもらったり、並んで眠れるようなクッションを増やしました」

「ふふ、君は本当にまったく……」


 くすりと笑われ、やさしく髪を撫でられた。


「すでにもう可愛がって大切にしてるじゃないか。名前を呼んであげたら喜ぶと思うよ」

「そうでしょうか……」


 実は二匹を見てからずっと、心の中で呼んでいた名前がある。


「……では、白猫はブラン、黒猫はノワールと」

「うん、いい響きだね」

「今度、嫌がられなければ撫でさせてもらいます」


 期待でそわそわする私にパトリックが目を細めて微笑する。

 やだ、浮かれて変な顔してないかな。


「でもリヴィ、俺がいる間はこっちを優先してくれ」

「え…」

「猫に君との時間を取られるなんて嫌だからね」

「…はい」


 愛おしげに髪を撫でられ、私は恐る恐るその胸に寄り掛かる。


「お仕事は…いかがでしたか?」

「順調だよ。少しのほころびも許さない気持ちでがんばったし」


 その言葉に首を傾げれば、パトリックは照れくさそうに笑った。


「早くここに帰りたくて。君と離れる時間が長過ぎてつらいよ」


 会いたくて気が狂いそうだった。


 耳元にささやかれ、大きな手で愛おしげに頬をなでられる。

 私は恥ずかしさに居たたまれず、首をすくめた。

 

「そうだ、あの……お仕事中、お側に他の女性は…」

「他の女性?」

「は、はい。妻の心得という本には、夫が仕事中にお世話になった女性がいたら付け届けをしておくべきと書かれていて…」

 

 一ヶ月の間、夫の世話を……広義な意味で……してくれた女性がいたら、と思い問えば、パトリックの強い視線に固まる。


「他の女性とはどういう意味かな?」

「え、あの…」


 ヘビに睨まれたカエル状態で身が竦む。


「…俺の修復チームは男所帯だ」

「そう、ですか」

「私に他の女がいると思った? 仕事に女を帯同させて遊んでると?」


 詰問口調が怖くて何も言えない。

 無言が答えになってるなんて思わないまま、固まっていたらパトリックがため息をついた。


「まぁ、いいよ」


 呆れられた?

 より身を縮めれば、そっと抱きしめられた。


「そんな心配をするくらい、俺のことを考えてくれていたんだよね?」

「は、はい」

「不在の間、忘れられないようがんばるし、俺がどれだけリヴィに恋い焦がれてたか、しっかり伝えないとね」


 パトリックの笑顔がちょっと怖い。

 そっと距離を取ろう…とした途端、くちびるを塞がれた。


「今日はずっとこうしていよう」

「でも、あの…」


 寝室以外だと侍女たちの目が気になる。

 あとすぐそばにいる猫も気になる。


 その思いは口に出すことさえ叶わない。力の入らない手で胸を押して抗議しても、パトリックはびくともしない。

 彼が満足するまで、苦しいほど濃厚なキスをされ続けた。





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