彼らが言うには。
「鉄の令嬢がいよいよ結婚かぁ」
とある夜会の休憩室兼男性貴族専用バーで、煙草をくゆらせながら数人の歳若い男たちが酒を呑み交わしていた。
「婚約していたのは知っていたが、本当に結婚するとは思わなかった。しかもあの軽い男と」
「軽い男って、パトリックのことか?」
「当たり前だろ」
「そりゃ誤解だよ」
「誤解?」
顔にそばかすのある男が首を傾げれば、赤髪の男が身を乗り出して話を続ける。
「軽いっていったって、誰にでも分け隔てなく人当たりがいいだけなんだぞ。周りが勝手に勘違いして騒いでそんなイメージになったんだ」
「そうなのか? だって付き合った女がそこかしこにいるらしいじゃないか」
「そういう話だけどな。眉唾だと思うぜ」
赤髪の男は酒を一口飲んで続けた。
「あいつを誘惑できなかった女性たちが見栄で偽りの噂を流しているだけだ」
「そうなのか」
「夜会ではあいつの色男っぷりを語るのが女性たちのあいさつになってるよな」
「あいつも否定しないで笑うだけだからなぁ」
しょうがないとばかりに、黒髪の男性が両肩をすくめる。
「しかし、中には真実も混じってるんじゃないか?」
「でもあいつが女性と夜会の最中にいなくなるなんて見たことないぞ。お前、あるか?」
「…そういやないな」
「いつも鉄の令嬢と一緒だから」
貴族は表情を変えない。常に笑顔でいるのが美徳。
だが鉄の令嬢……オリヴィアは無表情なまま、にこりともしない。
パトリックを狙った女たちからあてこすられても悪感情を浮かべることもない。
美しい顔をまったく動かさないまま、ただパトリックの横に立つ。
「あの態度はないよな。せっかくの美しさが台無しだ」
「ああやって睨みをきかせながら、他の女性を牽制してるんだろ」
「見せつけるようにパトリックと並んでるもんな」
「まぁ、パトリックもあんなやつだから、鉄の令嬢と結婚しても長続きはしないだろうよ」
やっかみを隠しきれない会話に赤髪の男性は首を振った。
「まったく……本当にお前ら、見る目ないな」
「あ?」
「あれはパトリックが離さなかったんだぞ。その証拠に他の男と踊るのも許してないだろ」
「そうだったか?」
「そうだよ。自分がつきあいで踊るときはオリヴィア嬢の父や兄弟、親族の男性に預けていく」
「そういえば俺も踊ってもらえなかった」
「代わりにパトリックが他の令嬢を紹介してくれただろう? あいつの常套手段だ」
「あいつ…」
男性たちは全員、ひどくまずい酒を口にしたような顔を浮かべる。
「パトリックのべた惚れだと思うぜ。学園に通ってる間も囲い込んでたからな」
「でもあいつが卒業してからオリヴィア嬢が入学したから……」
「だから周囲に自分の手下や家の繋がりがある教授たちを配置して間違いのないようにしていたんだ」
「まじか~」
「通りで三年一緒に通ったのに話もしたことない」
そばかすの男性は突っ伏して頭を抱えた。
「鉄の令嬢は鉄の鳥かご入り令嬢って意味だったのか」
「そう。パトリックの一目惚れで婚約したらしいぞ」
「いくつだよ」
「彼女が六歳のときだ」
「パトリックが九歳か。早熟だな」
「その頃の美少女ぶりは伝説レベルだそうだ」
「うん、まぁ確かに今もオリヴィア嬢は美しいな」
「無表情だけどな」
「笑ったらさらに可愛いんだろうなぁ」
「パトリックはそんなの毎日見てるのか…」
座に沈黙が降りた。
「でももう結婚しちまったぜ」
「くやしいなぁ」
「結婚してもっと美しくなってるだろうしな」
「かくなる上はパトリックが仕事に出て不在の夜会でオリヴィア嬢にダンスを申し込むか」
「ムリムリ。一人では参加させないってパトリックが宣言してたぞ」
「ちぇ~、あいつしっかりしてんなぁ」
会話をしながら脳裏にオリヴィアを思い浮かべ、男たちは歯噛みをして悔しがる。
「チャンスがあれば、話をしてみるか」
「いいな、誰が一番に近付けるか賭けるか?」
「やろう!」
「鉄の令嬢を落としたヤツにはさらに賞金だ!」
男たちの酒盛りは続く。