挙式翌日。
「リヴィ、目が覚めたか?」
「はい、おはようございます」
「おはよう、無理に起きなくてもいい。朝食はベッドでとろう」
パトリックにベルで呼ばれた侍女たちが、ワゴンに乗せて朝食と飲み物を運んできた。
「ミルクティ、温めにしてくれたか?」
「もちろんでございます。奥様のお好みにしてありますよ」
答えるのは実家から婚家に付いてきてくれた、侍女のオルガ。
格上の家に嫁ぐのに本来は珍しいことなのだが、パトリックが昔なじみがいないと不安だろうと配慮してくれたのだ。
「さぁ、喉が渇いただろうリヴィ」
起き抜けから愛称で呼ばれ、私は戸惑う。
結婚前はオリヴィアとしか呼ばれていなかったのに……。
ミルクティを飲みながら見上げると、朝日の中でパトリックは愛おしげに私を眺めていた。
「なにか?」
「きれいだなぁ、俺の奥さんは」
「は…?」
「ハニーブロンドが朝日にきらきらして、まぶしいよ」
私には彼の美貌の方がまぶしく思える。
「それに緑の瞳が透き通って猫のようにかわいい」
親戚につり目すぎると言われた目を褒められ、なんだか居たたまれない。
「そういう可愛らしい仕草も俺を夢中にさせるんだ」
自分のことを形容されているとは思えない美辞麗句はいつまでも続き、私は首を傾げたままミルクティを飲み干す。
するとカップをそっと取り上げられ、そのまま一口サイズのサンドイッチを口元に運ばれた。
「はい、あーん」
なに、それ。
ぽかんとしてしまった口にサンドイッチが入れられる。
小鳥の餌付けみたい。
でも吐き出すのも行儀が悪い。
仕方なく、そのままもぐもぐと咀嚼すれば、じっと見つめられた。
「……あんまり見ないで下さい」
「うん、ごめん。あんまりにも可愛くて」
「え?」
「俺も頂こうかな」
私の口にもう一つサンドイッチを差し入れ、パトリックもひょいひょいと食べる。
「もっと食べるだろう?」
「いえ、もう」
「じゃあフルーツは?」
「いただきます」
自分でフォークをとろうとしたのに許されず、あーんとされた。
なんだろう。
結婚前は一定の距離を保って、週に一度のお茶しかしてなかったから知らなかったけど、こんな人だったかしら?
戸惑ったままの朝食が終わり侍女たちが下がると、パトリックはまたじっと私を見た。
「あの……」
「体は…つらくないか?」
そう言われた意図に思い当たり、うつむく。
頬が熱い。
違和感はあるけど、ちょっと痛いけど、あとだるくて眠いけど、そんなこと恥ずかしくて言えない。
もじもじしたまま返事をしない私に焦れたのか、パトリックは頭をなでて私を引き寄せた。
一瞬、肌が密着するほど強く抱きしめられ、昨夜の記憶が蘇る。
「もう少し眠るといい」
その声がやさしくて何も言えない。腕枕をされ寄り添って横たわれば、彼の心音がそばにある。
ゆっくりと刻む音に眠気を誘われた。
「愛してるよ、リヴィ」
髪をなでる大きな手とやさしい声を子守唄に、私はすぅっと寝入る。
そうか、この人は誰にでもやさしい人だから。
とくに女性にはやさしすぎるくらいだから、例え意に染まない妻にもこんな言葉を言ってくれるんだ。
そういう人だから、もてるんだ。
きっと他の女性にもこうなんだろうな。
我知らず涙がこぼれる。
「リヴィ?」
このやさしい声と腕を知らなければよかった。
不思議な夢も見たくなかった。
そうしたら、捨てられる怖さも覚えなかったのに。
頬を伝う涙をパトリックがそっと拭ってくれたことも、髪にやさしくキスされたことも知らぬまま、私は夢へ潜った。