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気象予報士【第4部】  作者: 235
知る努力
7/12

7

 増員候補の男達を、正規の門番隊員に向かわせ、一通りの動きを確認し終えたところで。

 もういいだろう、とベリルがナツメに合図を送る。視界に入ったそれを見て、緋天の元へと足を運んだ。離れる前に自分が持たせたクッションを抱きしめて、彼女は門番たちへと視線を送っている。楽しんでいる、という様子ではないが、逆に怖がっているようにも見えない。ただ、じっと彼らを見ているのだ、真剣な目で。

「緋天」

 声をかけると、ゆっくりとその顔が上がる。

「・・・あのね、びっくりした」

 彼女の傍に膝をつき、目線をあわせて腕を伸ばす。途端、緋天の体から力が抜けて、こちらから問う前に答えが返ってきた。

 背後で門番たちの立てていた打ち合いの音が止む。緋天の強ばっていた指先がクッションを掴むのをやめ、ほっとしたように、こちらが伸ばした手に触れて。彼女が言うそれは、普段接している彼らの、見たことのない姿を目にしたからだと理解した。

 寒空の下、緋天を置いておくこと自体、気が進まない。けれど、これから行う実技試験に、彼女を参加させるつもりなのだと、言わなければならない。横に座るアルジェを見やれば、早く言えとばかりに頷いている。

「この後、模擬対戦をやるんだが、アルジェと警護対象になってくれるか?」

「え?」

「彼らの実力を見るためにね、限りなく実戦に近い形を演出するの」

 口を開けば、アルジェが素早く補足をしてくる。緋天が戸惑うことは十分予測していたが、その説明を聞いて、あっさりと彼女は頷いた。

「えっと、何もしなくてもいい? ただ立ってればいいの?」

「ああ、緋天は守られる側だから、何もしなくていい」


 自分以外の男に、緋天を守らせるような真似をしたくない、だとか。

 彼女を独身の男達の視線が届く場所に留まらせたくない、だとか。


 そんな私情よりも、優先するべきことがあった。

 将来的に、この門を守る隊員を選ぶのだ。ひいては、今後の緋天の身の安全を確保することにつながる。だから、手を抜きたくない。素直に耳を傾ける彼女の指先を掴み、後ろで息を整える男達を指し示す。

「あいつらは、三人と二人の二班に分ける。緋天は二人組の方と一緒にいてくれ。・・・怖いか?」

「ううん、大丈夫」

 首を振る緋天を見て、安堵する。嫌だと言わないそれに、嬉しさと寂しさが混じってしまう。

「・・・蒼羽さんは? さっきみたいにベリルさんと一緒?」

「いや、・・・」

 審査のようなことをするのか、と問われ、否定してから思わず言葉を切った。

 アルジェには事前に今回の流れを説明してあったが、緋天に同じことをすれば、きっと緊張して不自然な動きになるだろうと。ベリルとも相談して、そう決めていたのだ。最低限のことだけを説明するとしたら、それは。


「・・・俺は攻撃する側だ。緋天は逃げろ」


 少し、釈然としないが

 緋天の目が、驚きに見開かれるのを、黙って受け入れた。





 雪化粧の木々を背に、今日初めて顔を合わせた門番候補の男性と並ぶ。

 視界には、もう一人の門番候補の背中。中肉中背で、これといった特徴は見えなかった。隣の男性はと言えば、ベリルほどではないが若干背が高く、柔和な顔をしている。先程蒼羽が説明してくれたように、彼ら二人が自分を守りながら、敵と対峙する形での模擬戦となるらしい。少し先には、手ぶらの蒼羽。こちらの視線に気付いたのか、観察するように門番候補を見ていた彼が、にこりと微笑んでくれた。

 こんな風に大丈夫だと示してくれる彼が、攻撃してくるというのは、どうにも慣れない。

 距離を置いた左側には、同じように敵となったベリルとジーセに向かい、門番候補が三人と、アルジェが立っている。そして更に距離を置いて正規の門番たちが、遠巻きに自分たちを見ていた。


「始めます」

 隊員たちが交わす言葉の合間を縫って、ナツメの声が響いた。

 左に立つ男性が、手に持っていた金属棒を構え、少し前に踏み出す。特に何もすることはないと教えられていたから、大人しく彼の邪魔にならない位置へ下がっておいた。こちらを確認するように一瞬振り返った彼の体は、緊張しているように見えてしまう。

 とん、と軽い音がして、前方の蒼羽が一歩こちらに近づいたら。

「あっ」

 キン、がきん、と。

 先程、型を見ていたという時間でも聞いた音。

「わ、すごい」

 蒼羽の両手に、長いナイフが一本ずつ。それを持って綺麗な動きで繰り出される攻撃を、前衛の門番候補が金属棒で防いでいる。きん、きん、がきん、と断続的に鳴るそれに、ただ圧倒された。蒼羽の双眸に時折見る熱が灯っているように感じるからだろうか。蒼羽は楽しいのだろう。その口元に小さな笑みが浮かんでいる。

 余所見をすれば、離れているアルジェ達のところでも、似たような攻防が始まっている。周りからは、先ほどと同じように野次のような声が飛んできて。

「あ、だめ!」

 視線を戻したら、ふ、と力が抜けたように、蒼羽の攻撃が緩くなった。その瞬間に、防戦一方だった前衛の門番候補が、その金属棒を蒼羽に振り下ろしていた。蒼羽は軽く体を傾け、それを避けているけれど。わぁ、と門番たちの歓声が大きくなっていく。

 頑張って、と蒼羽に言うのは、間違いだと分かっていた。けれど、彼が攻撃されているのだから、つい口を開きそうになる。

 次第に早くなっていく、金属棒の蒼羽を狙う動きに、ぎゅ、と手を合わせて見守るしかない。


「・・・緋天さん」

 ふいに背後から呼びかけられた。

 遠慮がちなそれは、ナツメのもので、いつの間にか彼が背後の木々の合間にいて、こちらを手招きしていた。

「どうしたんですか?」

 目が離せない、と蒼羽を見守っていたが、彼が門番候補の攻撃を避けたり受け流す様子は、何となく余裕そうにも見える。置き去りにされたように彼らを見る、自分を守る役目の男性は、声をかけたのがナツメだからか、怪訝そうな顔を見せたものの、特に何も言わなかった。ナツメへと近づいても、こちらの動きを見ているだけだ。

「なっ!? おい!」

 前衛の彼が金属棒を操ったまま、焦った声でそう言うのが聞こえた。

 攻撃を仕掛ける彼は、こちらが後衛の男性から離れるとやりにくいのだろうか。

「・・・あー、すみません。もう終わるので、一緒にいて下さい」

 ナツメの傍に寄ると、ものすごく困った、という顔をされる。終わるというのは、蒼羽と前衛の門番候補の対戦のことだろう。体を反転して、もう一度蒼羽がいる方へと目を向ければ、なんと彼がこちらを見て頷いていた。そして、よくこれだけ体力が続くな、と感心するぐらい、ずっと攻撃を仕掛け続けている前衛の彼に、何か声をかけている。


 蒼羽の言葉を聞いて、動きを止めた彼を見てから、ナツメがこちらを庇うように、前に出て。

 たたた、と軽い足音が、蒼羽から発生していた。蒼羽が走ってこちらへ向かって。

「え!?」

 正確には、後衛の門番候補へと。

 がきん、と音が鳴ったのは一回だけで、蒼羽の左手はナイフを持ったままその金属棒を掴んでいる。防がれた一打目の右手のナイフは、ぎりぎりとした拮抗を経てから、彼の手から離れた。まるで捨てるように。

 蒼羽の右足が上がったと思ったら、後衛の男性が跳ねるように後ろへと飛ぶ。ただ、金属棒が二人をつないでいるのだ。蒼羽が手を離さないからか、それとも力が入らないからか、する、と門番候補の手からそれが抜けた。ぽい、と紙くずを捨てるように、蒼羽がそれを足元に放って。

「うわぁ・・・」

 前に立つナツメから、思わず、といった様子で声が漏れる。

 目に見えたのは、蒼羽が距離を詰めて、門番候補の胸元を掴んで引き寄せ、腹部に膝を入れているところだった。テレビや映画でしか見たことのないそれは、まるで。


 悪役、みたいだ。

 それも、割と高位に立つ悪役。


 ただ、全力でそれをやっているわけではない、と分かった。

 それほど力を入れていないのだろう。多少咳き込みはしたものの、お腹を押さえる門番候補の顔に、苦い薬を飲んだような表情が浮かんでいたから。うずくまったり、痛みに耐えたりするような様子が見えない。


「あいつは合格だ」

 蒼羽が彼を放ってこちらに来て、入れ替わりにナツメが離れていく。合格と言われたのは、蒼羽に攻撃されていただけの後衛の彼のことではないだろう。

 伸ばされた腕におさまると、頭の上で満足そうな彼の吐息。

「怖かったか?」

「ううん、大丈夫」

 彼が離れる前に交わしたものと同じやり取りを繰り返す。

 蒼羽が後衛の彼を攻撃していた光景を、怖いとは思わなかった。痛そうだ、とは思ったけれど。

「・・・前の人だけ合格?」

「ああ、後ろの奴は、緋天から離れたからな」

「え? でもナツメさんが・・・」

 ナツメに呼ばれるまま、門番候補から離れたことがいけなかった、と。蒼羽の言葉を考えれば、自分の行動が原因になってしまう。

「あいつには緋天を守るように言ってあった」

「あ、・・・」

 蒼羽が言い聞かせるように言ったそれを、唐突に理解した。

 後衛の彼は、とにかく自分を守らねばいけなかったのだ。声をかけたナツメは、明確な意図があったのだろう。後衛の門番候補を罠にかける意図が。つまり、上官であるナツメであっても、警護対象を手放してはいけなかった。これは試験だ。けれど、限りなく実戦に近い形、とアルジェが言っていたから、敵である蒼羽と仲間である前衛の候補者、そして警護対象の自分が設定されていた。設定から外れたイレギュラーなナツメは、不審者扱いするのが正解だったのだ。

 前衛の門番候補が焦りを含んだ声を出したことを思い出した。少なくとも彼は状況を把握した時に、失敗に気付いていたはずだ。ただ、彼の役目は敵への対応だろうから、目の前の蒼羽から手が離せなかったのだと思う。ナツメの傍に寄ったら、彼が困った表情を見せたのは、後衛の候補者の動きに対してだろう。


「・・・難しいね」

「これくらいの判断はできないと、門番にはなれないんだ」

 思わず出したため息に、蒼羽のなだめるような声が返ってきた。侵入者などの敵と対峙する時の力量も大事だけれど、咄嗟の判断力も求められるのだろう。改めて門番隊を知った気がする。

「でも、あたしがナツメさんのところに行ったのを黙ってた時点で、ダメなのが分かってたんだよね?」

 蒼羽が隣に並んで、彼の体で隠されていたナツメ達が見えた。がくりと項垂れている後衛の男性が目に入って。ナツメが慰めるように彼の背中を叩いている。

「・・・だったら、蒼羽さんが攻撃しなくても、っふぁ」

 素手とは言え、余裕を見せた態度で候補者だった彼を攻撃しなくても良かったのではないか。

 それを口にしかけたら。背を引き寄せられて、再び彼の腕の中に入って口付けられる。


「見せしめだ。緋天を守れなかったらああなると理解しておいた方がいい」


 にこ、と微笑みながら、とんでもない事を蒼羽が言う。

 悪役みたいだ、と先程も思ったことを、伝えるのはやめた。



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