4
男性三人に笑われて、押し黙ったところで。
「先にご報告してもよろしいでしょうか?」
ベリルが淹れた紅茶が全員に行き渡り、隣にいた門番隊長が声を出した。そういえば、そもそも彼は、自分達とは違う用件でここにいるはず。こちらの用事が、彼の耳にしてはいけないものだということはないが、すぐには終わらないと見越しての発言だろう。
無言で頷いた蒼羽を確認して、ナツメは再度口を開く。
「先ほど、蒼羽さんには少しお話したのですが」
彼の言葉に、向いのソファに座ったベリルが苦笑する。
「昨年から、訪問者・贈答品が増えています。これは先日の報告書にも具体的な増加率を出していますので、後ほどご確認ください」
そういえば、と。
年明けに自分のところにも届いていた、彼らからの月次報告書。それに、いつもとは違う形式の統計報告が入っていたのを思い出した。それは、緋天と関わりを持ち始めた、昨年の初夏以降の、非合法に門を通ろうとした人間の総数と、ベースにあてて送られたものの総数を示していた。
その横に、過去五年の同時期の平均数が、比較として並べられていたのだが、緋天がいる間の数字が、平均数の二倍以上にあたるとひと目で認識できた。
つまり、例年の数から言えば、異常になるのだ。
ベースに入るには、門番の確認を経ての通過になる。ベースの住人であるベリルと蒼羽、通過権限のある緋天や門番隊、オーキッドや自分などのセンター関係者。それ以外の人間は、基本的には事前に通過の申請をし、許可証をもった上で更に門番の身体検査や口頭審問を受けなければいけない。例外として、フェンネルや、サンスパングル・トリスティンの血族で顔パスとなる場合もあるが、とにかく、門を通過するには、それだけの手続きが必要なのだ。
こうした正式訪問ができない人間が、偶に、力技で門番隊をすり抜けようとしたり、門でない場所、人目につかない場所の柵を乗り越えようとする。
柵自体には、ベリルと蒼羽、それから門番隊の力を合わせた鍵がかけられているので、彼らの鍵を破らない限りは、乗り越えることはできない。複数の人間による、何重にもなった鍵を破ることは、ほぼ不可能なので、こちらの心配はあまりされていない。そして、門番隊を倒そうとするのも難しいのだ。彼らは街の警備兵とは違い、対人の戦闘に特化している。強盗レベルの犯罪者では、簡単に捕縛されるので、余程の大人数でかからない限りは、門番隊を超えて奥へと入ることはできないだろう。
こんな事は、街の人間であれば、誰でも知っている。
それを踏まえて、尚、ベースへと入ろうとする人間がいるのは、仕方ない。悪人というのは、いつの時代、どこにでもいる。全く存在しないということにはならない。しかし、緋天が原因で増えている。
「贈答品の方は、時間がある時に、ベリルさんにもご確認頂いてはいますが。とにかく、数が増えたので、日常の業務にも支障が出てきています」
「あー、あれね。なんかもう面倒になってきたから、私たちに来るのは登録制にしようかと思う。緋天ちゃん宛ては、センターでしか受け取らないことにして、今まで通り捨てる方向でいくけど、害のないものは向こうで仕分けしてもらうよ」
門番隊の仕事には、あまり、というか殆ど関わりがないので、まさか彼らが仕分けをしているとは思わなかった。ナツメの淡々とした報告に、ベリルが苦笑しながら答えを返していたが、その矛先が。
「センターで分けたら、アルジェも確認することになるからね? よろしく」
にやりと笑みを浮かべたベリルが、こちらを向いて。
悟ってしまった。緋天への個人的な贈り物の確認作業が、自分へと任せられたことに。
「・・・男からのは捨てろ」
ナツメが異常事態として報告しているからには、それだけの量があるのだろう。数字を思い出そうとしていたら、蒼羽が嫌そうな顔で口を挟んだ。
「え!? 今までどうしていたの? まさか全部!?」
「ご明察。緋天ちゃんにはひとつも渡ってないよ」
贈答品、と表現されたものは、文字通り、ベリルや蒼羽、加えて緋天への贈り物だ。
彼らに直接手渡すことのできない人間は、ベースの門番隊か、センターの受付に預けるしかない。ごく一般的な好意の表れとしての贈り物に隠れ、個人的な攻撃手段として危険物が混じっている場合がある。ナツメの言葉から判断すると、今までは、それらを門番隊が仕分けしていたのだが、数が増えたせいで、時間をとられているのだろう。
危険物を取り除いた上での、緋天への普通の贈り物を。
彼女の手には届けずに、ベリルと蒼羽が処分していた。それは蒼羽の希望なのだろうと思う。けれど、緋天に見せるだけでもした方がいいのではないか、と口にしようとしたら。
「まあ、それで正解だろうな。あいつは、大多数の人間を上手く捌けないだろう。擦り寄ってくる奴にも、下手に親切にして、厄介事が生まれそうだな」
「・・・それは、そうだとは思いますが」
横からジーセの声が飛んできた。
彼の推察には、納得せざるを得ない。確かに緋天には、贈り物の影にある権力へしがみつきたい人間の判断ができないだろう。緋天を利用して、蒼羽やベリルに意見を通そうとしたり、蒼羽の心配する彼女自身への興味を持つ人間の判断が。
「使えそうなものは、みんな孤児院とかに寄付しているよ。どうしても、っていうなら見せてもいいけど」
「緋天に見せるなら、男からのは除外しろ」
ベリルの補足に、再度、蒼羽が同じ事を口にする。
ジーセの言うとおり、彼女が判断できず、行く末は面倒な事になるならば、はじめから黙っていればいい。ただ、本当に善意の贈り物に対して、緋天が知らないまま過ごすことで、彼女への評価が下がるなら。
「蒼羽、お前は緋天が絡むと、どうあっても感情論になってるな。いっそ分かりやすくていいが、気持ち悪いぞ」
「・・・俺には下心にしか見えない。緋天が汚される」
「お前、・・・相当きてるな」
ジーセの呆れ声と、蒼羽の不機嫌な声を背景に、ようやく考えがまとまった。
「私が確認して、大丈夫だと判断したものは、すべて緋天さんに見せます。ただ、蒼羽の言うように、男性からの贈り物は困りそうなので、基本的には除外するようにはします。それでいいですね?」
「いいよ。それで門番隊の労力は少し減るでしょ」
返答を求められたナツメは、少しほっとした顔で頷く。
「はい、そうして頂けるなら有難いです。ただ、侵入者の方は、もうどうしようもないので」
ここからが本題なのだろう、彼の口元が一瞬引き締まって。
「門番隊を、二名増員します。既に所長にはご了承頂いていますが、来週面接を行いますので、ご参加をお願いできますか?」
「何人来るって?」
「五名に絞られてはいます」
人数を聞いて、ベリルが楽しそうに蒼羽を見る。その視線を受けた蒼羽も、薄く笑んで。
「久しぶりだね、楽しみだ。ジーセもやる?」
「あと一人いたら、二人ずつ分配できたのにな。俺は飛び入りだから一人でいい」
「そんなの当然。私と蒼羽で二人ずつだ。ああ、誰を充てるかはナツメが決めていいよ」
「・・・承知しました」
門番隊員の面接に、何故、これほど楽しそうにするのか。
突然参加を打診されたジーセの口元にも、不適な笑み。彼ら三人の笑顔を受けたナツメの表情には、緊張が混じっている。何か、大きな三頭の獣に囲まれているようにも見えた。どう見ても、彼らが口にする面接は、ただの面接ではない。
「緋天さんのこともありますので、できればアルジェさんにもご参加頂きたい」
「え? あの、普通に人柄を見るような感じでいいでしょうか?」
「・・・はい、そちらの方をお願いいたします」
どうやら、ごく一般的な面接も行われるらしい。
そちらではない方、の内容は、獣のような三人には怖くて聞けなかった。