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「緋天ちゃん、逃げちゃったんだって? ごめんね、私が出かけてたから・・・びっくりした?」

「え、あ、はい・・・ごめんなさい」


 蒼羽の背中に隠れるようにして立つ緋天は、ほっとしたような表情をこちらに見せた。

 買い物から帰って早々、蒼羽の女が逃げた、と一言自分に報告したジーセは、逆に面白そうな顔をして彼らに目を向けている。

「・・・緋天に匂いがついた」

 不機嫌な声をそのままに、蒼羽は緋天を暖炉の前に連れて行く。

 嫌で仕方がない、とその顔が語っていたし、邪魔をする理由もない。ジーセから取り上げた煙草を、手元の簡易灰皿でもみ消して、こちらを気にする緋天に片目をつぶってみせる。そうでもしないと、彼女はこの状況に萎縮し続けるだけだろうから。

「えーと。ジーセ、ちゃんと挨拶してくれない?」

「あー・・・」

 しぶしぶ、といった感じに立ち上がった彼は、戸惑う緋天の前で胸に手を当てた。

「お噂はかねがね承っております、白珠姫」

 姿勢を正し、声音も他人に聞かせるためのものに矯正したジーセ。

 それに一歩引きたそうにする緋天の横に、蒼羽が支えるように並んでやったのを、ジーセは笑みを浮かべて見守っていた。

「私はトリスティンの第一子、ジーセと申します」

「・・・緋天」

 ぽかん、と口を半開きにした彼女は、声をかけた蒼羽を仰ぐ。

 彼女の分かりやすいその反応をからかいたくもあったが、これ以上、緋天の心を乱すと、蒼羽の機嫌が更に悪くなる。それが容易に想像できたから、頃合だと思い、口を開いた。

「緋天ちゃん、落ち着いて。とりあえず座ろうか」

「あの、あの、オーキッドさんのお家の」

「うん、長男。そんなに緊張しなくていいよ」

 いつまで立たせたままでいるのだ、と言いたげな蒼羽が、ついに強制的に緋天を抱き上げ、膝の上に彼女を乗せて座った。暖炉の火で彼女が暖まるまで、蒼羽の関心がジーセに向くはずがない。

「蒼羽さん、あの、挨拶、が、っ、」

「いい。ジーセは知ってる」

 蒼羽との間に腕を入れて、彼の囲いから出ようとする緋天の行動は、逆効果でしかなかった。不機嫌な蒼羽から、離れようともがく彼女は、自分の行為がそれほど大事だとは思ってないから厄介でもある。

「あ~、お前ら、ケンカすんな、仲良くやれ」

 無駄な抵抗を続けていた緋天が、その声でぴたりと動きを止めた。

 喧嘩じゃない、と呟く蒼羽に大人しく体を預けながらも、緋天の目線はうろうろとジーセと蒼羽の間を彷徨う。そうやって落ち着かない彼女に対して、蒼羽の指が髪を梳き始めたのを見て、ますますジーセの笑みが深くなり。

「俺のことは気にするな。蒼羽を気にしろよ?」

「っ、う、はい・・・」

 意外にも落ち着いた声音で緋天に話しかけるジーセに、彼女の方も諦めたのか、その言葉通りに蒼羽に視線をあわせていた。ようやく緋天の意識が自分に向いたとばかりに、にこりと笑む蒼羽は子供のようだ。


「素直だな、おい」

 気持ち悪いくらいに、と小声で付け足しながら、彼らのもとから離れたジーセがカウンターの前に座る。邪魔をしない、という目的よりも、どうやらこの現状確認がしたいらしい。

「緋天ちゃんは蒼羽のストッパーみたいな感じかな。あ、分かっただろうけど、」

「邪魔すんな、ってことだろ。ウィストの遥か上をいくぞ」


 緋天を構っている蒼羽から時間を奪おうとするようなことは、自殺行為だ、と。

 関係者の間では周知の事実。


 かいがいしく緋天の指先を包み込んで熱を分け与えている蒼羽を見たら、邪魔をする気も失せるのだが。ジーセも意地が悪いわけではない。自分の目で確認したのだから、気が済んだのだろう。ジーセの苦笑に頷いてから、しばらく放置してくれ、と目で合図する。せっかく彼がここを訪れたはいいものの、少々込み入った話は、緋天がいなくなってからしたい。

 ジーセとしては、ひとまず、緋天を目にしたことで目的のひとつは果たせたのだとは思う。

 頬に血の気を戻しはじめた緋天から、蒼羽が腕の力を抜いたせいか。それとも、この状況を察したのか。

「・・・えっと、帰るね」

 ゆっくりと蒼羽から体を離し、緋天がそっと声を出す。

 蒼羽の機嫌を伺うように、首を傾げながら、彼の腕に手を置いているのは無意識だろう。

「あの、ほら、ナツメさんとのお話も終わってないし」

 まだここにいろ、と蒼羽が言い出す前に、緋天の口から添えられた理由は、否定しようがない。その証拠に、唸り声を上げそうな蒼羽が、これまた嫌そうに緋天の腰に再度手を回しながら立ち上がった。

「うーん、緋天ちゃんって、そういうとこ偉いよね」

「え?」

「・・・申し訳ないけど、今後もその調子でお願い。って蒼羽、八つ当たりでこっち睨むのやめてよ」

 むすっとした蒼羽によって、ドアへと誘導される彼女に声をかけたら。

 案の定、面白くない、と言わんばかりの蒼羽に睥睨される。その横の緋天は、ジーセに向かって頭を下げていた。


「お邪魔して申し訳ありませんでした。今日はこれで失礼します」

 やはり、蒼羽の用事がナツメだけではなくなったと判っていたのだ。

「ん? 俺か? 気にしなくていい。あー、また明日な」

 ジーセがここにいる理由が、単にトリスティンの血縁がふらりと寄っただけだとは、緋天は思っていない。彼女のその思考にまで気付いてはいないかもしれないが、声をかけられたジーセの顔には、幾許かの驚きが浮かんでいた。

「はい、失礼します」

「・・・電話する。気をつけろよ」

「うん」

 いつも通りのキスを落とす蒼羽に、小さく返事をして。

 手を振るこちらにも、笑みを返して。

 緋天の背中はドアの向こうに消えた。





「・・・うわ、蒼羽、その顔やめろ」

「おい、裏表激しすぎるだろ、緋天に嫌われるぞ」

 緋天の姿が見えなくなるまで、ドアの前で彼女を見送っていた蒼羽が。

 くるりとこちらを振り向けば、予想通り、不機嫌な顔。

「うるさい」

 乱暴にソファに腰を下ろして、蒼羽の視線はジーセへと向く。

「なんで緋天が逃げてくるんだ? 何かしたのか?」

「あー、それは私も思った。緋天ちゃんってお行儀いいからなぁ・・・よっぽどお前が怖かったんだろ?」

 ポケットを探り、煙草を取り出すジーセは、蒼羽の質問を耳にしながら、それを真剣に考える気はないようだった。さきほど強制的に取り上げた事への仕返しなのだろうか、焦らすように、ゆっくりと銜えた煙草に火を点ける。

「・・・少し観察しただけだが・・・怯えてたな」

「本当にそれだけか?」

 ふ、と吐き出した煙を見やるジーセに、蒼羽は苛立った声を上げる。

「それだけだ。・・・あれは、野生の小動物みたいだな。どうも調子が狂う」

 揶揄するわけでもなく、真面目な顔でそう呟くジーセに、思わず笑ってしまった。確かに、緋天の行動は、小動物のようだ。特に、食事をする際に、美味しそうに咀嚼する様子など、子リスのようでもある。口に出したことはなかったが、彼にそう言われて、妙に納得した。

 蒼羽を見ると、否定できないのか、若干口元が緩んでいる。


「まあ、最後は普通に話してたからいいじゃないか。・・・そろそろ本題に入るよ」


 これ以上、ジーセに問い質しても時間の無駄だ。

 報告やら確認やら、緋天と蒼羽に関する直近の議題が、山ほど残っている。


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