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気象予報士【第4部】  作者: 235
異国
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「おや、お早いお帰りで」


 眠る緋天を置いて出た、ホテルの部屋の扉を開けると、フラックスの声が出迎えた。見渡した室内のソファには緋天が座っているが、その傍に立っている彼の方が反応が早かった理由は。


「・・・蒼羽さん? お帰りなさい」

 緩慢に動く彼女の手がこちらに届く前に、その顔を覗き込んだ。

 とろりとした視線が向けられたが、瞼が重そうに半分閉じられていく。

「少しお召し上がりになったのですが、眠くなってしまわれたようです」


 横から届くフラックスの言葉に、やはり、と予想していた通りの緋天の状態に得心した。

 往路の機内で使用した薬の効果を、途中で無理やり断ち切るようになった、機体の揺れ。それに怯えた緋天が発動してしまった、力場を作る守りの石。

 普段ならば体の回復に十分な睡眠時間を確保したものの、まだ足りなかったのだろう。眠気に襲われる緋天を抱えながら、今の内に本部へ移動すべきか逡巡した。


「緋天」

 無意識に肩口に頬をすり寄せてくる、緋天のその仕草に気を取られそうになる。すぐにでも眠ってしまいそうだが、このままでは、またも長時間の眠りに入ってしまいそうで。

「移動できるか? 明日でもいいが、夜まで緋天の様子が分からなくなる」

「・・・? えっと、蒼羽さん、忙しいんだよね? 移動した方が都合いい?」

 緋天の目がこちらを向き、先ほどよりもしっかりした声が返ってくる。

 頷けば、ゆっくりと緋天が立ち上がった。そのまま室内を見渡し、彼女の私物を探していた。話が早くて助かるが、もう彼女の体温が離れたことに、些か寂しい気分になる。



「フラックス、あれは明日の方がいいか?」

 寝室に入った緋天を見送ってから、頭の中で、この後すべき最低限のことを並べる。

「ええ、すぐにお傍に侍ることはできますが、緋天様はお休みになる方がよろしいかと。大人しい気質ですが若いので、今の緋天様の状態では弱っていると見做されて、淘汰の方向に動くかもしれません」

 フラックスへの問いは、彼の頷きとともに返された。フラックスの心配は、確率の低いものではあったが、起こりえないことではない。

「・・・そうなったら厄介だな。じゃあ、明日の朝行くと伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 フラックスと手配していたことを確認していると、もともと大して荷物を広げていなかったせいか、すぐに小さなトランクと手持ちの鞄を持って、寝室から緋天が出てくる。それを受け取っていると、フラックスが緋天へ体を向ける。

「緋天様、今から本部に入りますが、少なからず他人の不躾な視線が向けられてしまいます。気分のいいものではありませんが、できるだけ素早くやり過ごす方法をお教えしますので、是非実践してくださいませ」

「っ、・・・はい」

 身構えた緋天に、フラックスは意図的に笑みを浮かべてみせる。

「至極簡単なことですので、大丈夫ですよ」

 あえて言葉を崩した彼に、緋天もようやく体から力を抜く。


「どなたから声をかけられましたら、まず、お耳を見せるようにしてください」

「え? 耳?」

「ええ、そして、次は左手です」


 なるほど、とフラックスの言葉を聞いて感心した。

 一番手っ取り早く、緋天の身分を見せつける方法がそれだった。


「はじめに左側の御髪をお耳にかける動作を。そこでお相手が気付かなければ、左手を口元に持っていきます」

 耳の横の髪を触る動きであれば、普段から緋天もしている。それに気付いたのか、緋天が理解した表情を見せた。

「こう? それから、・・・口を押さえる感じでいいですか?」

 練習とばかりに、緋天が実践する。髪を耳にかけた後、少し迷ってから、緋天の左手が唇にあてられ、ついでに首が傾げられる。その、いつもの彼女の癖が、手の動きと合わさると自然な動作にしか見えなかった。

「おお!素晴らしい! その方が、お話を聞いている途中の無意識な動きに見えますね」


 フラックスが驚いた様子で緋天を誉め、次いで、こちらに視線を向けた。緋天が狙ってやった訳ではないと、瞬時に気づいたのだ。彼女のこの邪気のない有様に、戸惑ったのだろう。


「緋天、大事なのは、ピアスと指輪が相手に見えるようにすることだ。それをやっている時の、相手の表情も同時に見極めるのが一番いいが、もし面倒になったら、俺の名前を出せ」

「そうですね。困るのは、緋天様のお立場を理解しても、無理に会話を続けるような連中ですが・・・その場合は無視して立ち去って頂いても構いませんよ」


 彼の言葉に緋天の眉が下がる。

 装身具を見せることが、自身の身分の開示、ひいては背景に連なる権力の示威につながるとようやく緋天も気づいたようだった。

「えーと、それは最終手段にします。知らない人に話しかけられたら、年末のパーティーみたいに、普通に挨拶すればいいんですよね?」

「そこまでかしこまらなくてもいいが・・・」

 正式な挨拶をするほどの場所ではないが、身分の高いものも多い。しかし、緋天には話しかけてくる相手が誰だか分からないのだ。相手によって対応を変えることが、まず無理なのだ。

「いえ、蒼羽様。一貫した方がよろしいでしょう。そうすることで悪い印象はありませんし、緋天様のお人柄にも近いと思います」

 横から出されたその提案に、何故今日会ったばかりの緋天のことを分かったように話しているのだ、と。一瞬そう思いながらも、的を得た発言に頷いてしまう。

「・・・緋天が話したくなければ、挨拶もしなくていいからな」

 フラックスとの会話を見守っていた緋天を引き寄せ、視線を合わせてから、気に入らない人間は相手にしなくてもいい、と念を入れた。

「うーん、それはあんまりしたくないけど・・・とりあえず、やることは分かりました」


 前半は自分へ、後半はフラックスへと言葉を向けて。

 緋天がようやく、にこりと微笑んだ。



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