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体がシートに押さえつけられる感覚と、波のように聞こえる数人の驚きの声。
目を開けてすぐに隣で眠る緋天を確認した。その瞳は閉じられているが、やはり眠りの中でも重力を感じてしまっているのだろうか、瞼に力が入っている。機内アナウンスが、乱気流にぶつかっていることと、乗客にシートベルトを締めるよう伝えているが、機体がふらふらと揺れ、上下する度に周りから小さな悲鳴が上がった。
「・・・やっ」
周囲の静かとは言えない音のせいか、内臓を撫でられるようなこの気持ちの悪い感覚のせいか。ついに緋天の目が開き、ふわりと浮いた揺れと同時に細い声が届く。
「緋天、大丈夫だ。天気が悪いせいだな・・・少し揺れるがすぐおさまる」
寝台と変わらぬ形状の座席の上で、腹部をベルトに固定された状態なのがもどかしい。右手を彼女に伸ばしてその頬に触れると、緋天の細い指が迷うように掛け布から出てきた。緋天に負担がかからないように、夕方に出発する便を選び、念を入れてベリルから渡された入眠作用のある薬まで飲ませたのに。寝入った彼女を無理やり起こす事態となってしまった。最悪な形で乱気流に見舞われたことに苛立ちが募る。
「・・・っ、蒼羽さん」
指先を包み込んでやっても、緋天の目が恐怖に染まる。先ほどから、機体が揺れ続けているのだ。特に下に落ちる感覚には、怖がるなという方が無理だろう。腕の中にその体ごと入れてやりたいが、体を抑えるベルトがそれを阻み、薄闇の中で手元の灯をつけるだけに留まった。揺れるたびに、緋天の瞼がきつく閉じられ、つないだ手に力が入る。
がくん、と一際大きく機体が下方に落ちる。
同時に、乗客のざわめき。それと、落ち着くようにと伝える乗務員の声が響いて。
「緋天!」
力場が発生するのを感じた。
ごく小さなものではあったが、緋天を中心にそれが広がり。
「緋天、だめだ、落ち着け」
薄青い光が、既に壁際を這っている。
ベルトを外し、緋天の背を撫でた。ようやくその目が開いて視線があう。
「・・・目を瞑ると余計怖いだろう? 揺れても落ちたりしないから大丈夫だ」
潤んだ双眸から涙がこぼれそうで、我慢ができず、目元に口付ける。それで彼女の体の力が抜けて、壁の光が消えていった。わずかな時間であったが、緋天が生んだ光を見た乗客はいないようだった。皆、機体の揺れに気を取られている。
「蒼羽さん、っベルト・・・」
伸びてきた指が押し戻すように肩に触れる。相変わらず不安そうな声であるが、こちらを気にする余裕は出たようで、外したベルトに視線を向けてくる。体を元に戻しベルトを装着すれば、小さな吐息が耳に届いた。
「・・・あとどれくらいかな?」
「五時間くらいだな。もう少し我慢できるか?」
先ほどと同じように包んだ指先を見て、少しだけ緋天の口元が緩む。腕時計の文字盤を確認すると所要時間の半分は過ぎている。機体の揺れと周囲のざわめきが、ようやく収まってきていた。
緋天の睡眠を邪魔されたことの苛立ちは、どこにも向けようがない。彼女に関することに対して、最近どうも沸点が低くなった気がする。そうやって自覚はしているのだが、目の前の、こちらを信頼しきった目で見る緋天を視界に入れると、その苛立ちも霧散した。恐ろしく単純な己の反応に、つい笑みがこぼれ。
誘われたかのように、緋天の口元も綻んだのを見て。
今いる場所が、密室ではないことを呪った。




