【透写の森】です
ついに、ムートちゃんの秘宝も最後の一つになった。
ムートちゃんが残してくれた情報によると、最後は【透写の森】にあるらしい。
どんな敵が最後の秘宝を持っているのか、それは教えてくれなかった。でも、私には心当たりがあって……。
「たぶん、どっぺるげんがーがいる」
木々が光を浴びて、きらきらと光る。でも、それは普通の緑色じゃない。木の幹も葉もクリスタルみたいに輝いている。すごくきれいだ。
【変転の砂漠】を離れ、西へ進むこと四日。私たちは【透写の森】へとたどり着いていた。
カリガノちゃんも一緒である。砂漠の案内は終わったけれど、ともに行くということでここまで来てくれた。……サミューちゃんは何度も追い払っていたけれど。
宝石みたいに光る森に入る前に、私たちは話し合っていた。
「なるほど。【影法師】ですね。聞いたことはあります」
「カリガノも知っているノ! この森に棲んでいて、入ってきた人を迷わせるって聞いたことがあるノ。攻撃したり、敵対したりするわけじゃなく、ただ悪戯しているんだってカリガノの村の長老は言っていたノ!」
カリガノちゃんの言葉に「ふむ」と考える。
【水蛇】や【毒鶏】と違い、【影法師】はゲーム内にいる魔物だった。
【透写の森】を抜けた先に【水晶の城】があり、ストーリー進行上、進む必要がある。【透写の森】のボスとしていたのが【影法師】だ。
敵として現れる【影法師】はこちらの姿を写し、能力もまったく同じとなる。レベルを上げれば倒せるというものではなく、レベルを上げれば、上げるほど【影法師】も強くなるのだ。
「どっぺるげんがー、こっちのまね、してくる」
「真似、ですか?」
「うん。すがたがいっしょになる。ちからも」
「ええ!? 悪戯ってそういうことなノ? カリガノが二人になるノ? カリガノが二人になったら、どっちのカリガノが勝つかわからないノ!」
カリガノちゃんが「困ったノ!」と言いながら、むーんと考え込む。
そう。同じ能力の相手にどうやって勝つのか。それが問題なのだ。
「どっぺるげんがーにあえたら、まず、はなしをする」
「そうですね。話を聞くかはわかりませんが、秘宝を出すように尋ねる、魔物自身に差し出させるのが一番です」
「うんうんなノ! 【影法師】はすぐに敵対する魔物じゃないノ。話せばわかってくれるかもしれないノ」
「でも、もし、だめだったら……、たおす」
【水蛇】も【毒鶏】も、戦いのあと、勝ってからアイテムを手に入れた。
やっぱり、ボスが持つアイテムは、ボスを倒して手に入れたい!
だが、どうやって倒すのか。
私がゲーム内で行ったのは――
「あいてむ、いっぱいつかう」
――大量のアイテム使用による、物資制圧!
「レニ様のアイテム……! それはたしかに【影法師】には真似できず、非常に強力です……!」
「レニちゃのアイテム! テントもつるはしも回復薬もすごかったノ。【影法師】は姿と能力は真似できるけど、持ち物までは、真似できないノ!」
私の言葉に、サミューちゃんとカリガノちゃんが、興奮したように頬を朱に染める。私はそれにふふっと笑った。
……二人とも信じてくれている。
【影法師】が出てきて、それぞれの姿、能力を真似してきたとしても。話して秘宝を出してもらうことがうまくいかなかったとしても。
――私たちなら絶対に勝てる!
「だれのすがたになっても、だいじょうぶ。れに、あいてむつかう」
「はい! それならば私も大丈夫です! もしレニ様の姿になっても、私は絶対に間違えません」
「カリガノは鼻がいいから、匂いでわかると思うノ!」
みんなで視線を合わせて、「よし!」と頷き合う。
しかし、サミューちゃんはカリガノちゃんと視線が合いそうになると、ふいっと逸らした。
「ウサギ獣人が二人になったら、どちらも倒せば問題ありませんね」
「なんでなノ!? ちゃんと見分けてなノ!」
サミューちゃんの言葉にカリガノちゃんが頬を膨らませる。
そうして、【透写の森】に三人で入った。奥へ奥へと進んでいく。
きらきらと光る木々にウキウキと心が弾み、これから出会う【影法師】にもワクワクする。
「たのしいね」
ムートちゃんの助言を受け、【魔力暴走】を抑えるために始まった、宝探し。
ゲームで見たかった景色を実際に五感で確かめることができた。
……よかったなって本当に思う。
父と母と暮らして。サミューちゃんと一緒に旅に出て。キャリエスちゃんとピオちゃんに出会って。エルフの森で女王のハサノちゃんに会って。ムートちゃんとカリガノちゃんと旅をできて。
胸の中にはほわほわと温かさが漂って、気づけば笑顔になってしまう。
だから……。
だから、私はきっと、油断をしていたんだと思う。
「レニちゃ! 待ってなノ! なにかいるノ!」
「レニ様、こちらへ!」
カリガノちゃんがクンクンと鼻を利かせ、森の奥を示す。
サミューちゃんは警戒して、私を背に隠した。
「ん? もやもやが動いてるノ?」
「これが【影法師】でしょうか」
サミューちゃんの背中越しに森の奥を見つめる。
そこにはちょうど大人一人分ぐらいのなにかがあるようで、不自然に景色が歪んで、揺れている。透明のなにかがそこにいるような、そんな感じだ。
すると、歪みがピタッと止まり、光が輝いた。
まぶしくて目を細めると、歪みが急速に揺れる。そして、ぎゅっと縮んだ。
【影法師】が私たち三人のだれかを写し取ったのだろう。透明の歪みだったものはパチンと弾けると、そこから人影が現れる。
その姿は――
「これは……?」
「ん? だれなノ?」
サミューちゃんとカリガノちゃんが不思議そうにその人影を見つめる。
でも、もう、私は二人の様子を気にすることができなくて……。
「あ、れは……」
声が……震える。心臓がドクドクドクといやな音を立てて、鼓動が速くなっていく。違う、まって……いや、でも、あれは……。
「わ……たし……」
理解した瞬間、首を絞められたみたいにグウッと喉が閉まった。
現れた人影が……私、だったから。
日本に住んでいた引きこもり女子高生。黒い髪に黒い目。上下のスウェットはいつも着ていた部屋着だ。
不安そうに背を丸め、おどおどと視線を泳がせていた。
そう。あれが私だ。じゃあ、今、ここにいる私は? ……私は?
「レ――――」
「――ニちゃ―――」
耳鳴りが、する。
胸が、痛い。
目の前が……暗い。
黒い渦がぐるぐる回って、私を呑み込んでいく。
「真っ暗だ」
そう呟いたのは、だれだったのか。
息を止めていたようで、パチッと目を開けた途端、喉がヒィィッと鳴って、大きく息を吸った。
心臓はドクドクと鼓動し、てのひらにはびっしょりと冷や汗をかいている。
そして、私は……私は……。
横たわっていた上半身を起こし、あたりを見回す。
「私の……部屋」
いつも寝ていたベッド。掛布団は蹴ってしまったのか、床に落ちていた。
ここは……そう。私の部屋。引きこもり女子高生だった、私が暮らしていた部屋。……明日、たくさんイベントするぞって、クリスマスの夜に眠った、あの部屋だ。
「ああ、そっか……」
服の胸元をぎゅうっと握る。その可能性にすぐに気付いた。
「もどってきた……。ううん、今までが夢だった?」
わからない。わからないけれど……。
レニ・シュルム・グオーガ。レベルカンストしアイテムを持ち越して転生した。世界を旅して周っていた四歳児は。
――ただの引きこもりの女子高生になった。
5/25に小説3巻が発売します。よろしくお願いします。






