案内役を頼みます
ムートちゃん曰く、【魔力暴走】により、私が【宝玉(神)】ごと消えてしまう恐れだけではなく、なにか不測の事態が起こっているようだ。
私が【魔力操作】を覚え、【魔力暴走】を起こさないことは第一。さらに、体の成長を待ちつつ、ムートちゃんの三つの秘宝でサポートをする。
そして、ムートちゃんは不測の事態が起こった際に力を出せるよう、力を溜めるために眠りに入るのだという。
もし、なにも起きなければ、ムートちゃんとお別れになるのかもしれない。
ムートちゃんは【世界礎の黒竜】だ。そもそもこうして出会い、話をし、ともに旅をしたことが奇跡だった。
ムートちゃんの代わりに案内役に手を上げたのがカリガノちゃんだ。
「【変転の砂漠】はカリガノの暮らしてた村のすぐそばなノ! ニワトリのこともよーく知ってるノ!」
「にわとり?」
「【毒鶏】のことなノ! 巨大で毒を持ち、周りに瘴気をまとっているけど、まあニワトリなノ!」
「余の眷属をニワトリ呼ばわりとは……。【水蛇】より強いかもしれんぞ!」
「ふぁぁあ!」
カリガノちゃんとムートちゃんの会話を聞き、わくわくしてくる。
コカトリスと言えば、ニワトリとトカゲを足した姿だ。だいたいは毒を持っている。
ゲーム内の【変転の砂漠】にはトカゲのモンスターはいたが、【毒鶏】はいなかった。【変転の砂漠】は入る度に地形が変わるのだが、ボスがいるダンジョンというよりは、村から村への通過地点としての場所だった。
街から街へ転移できるようになれば、砂漠地帯のモンスターの素材が欲しいとき以外には通らないマップだったなぁ。
まさか、そこにボス級のモンスターがいるなんて……!
「カリガノなら役に立てるノ! カリガノはとっても耳がいいし、鼻も利くノ! レニちゃは獣人のイメージアップ大作戦のメンバーなノ! だからカリガノは助けるノ!」
そう言って、カリガノちゃんは素早く土下座から立ち上がると、ぎゅうと私を抱きしめた。
サミューちゃんが手を伸ばしたように見えたが、それよりもカリガノちゃんが速い。
カリガノちゃんがふわふわのほっぺを私の頬にすりすりと当てる。くすぐったくて、思わず笑ってしまった。
「くっ、離れて……離れっ……力が強すぎる……!」
「獣人の力にエルフが叶うわけないノ~♪」
「うぐっ、くぅっ!!」
「レニちゃ、カリガノの耳、触ってみてほしいノ。ふわふわなノ!」
サミューちゃんは必死に力を入れているようだが、カリガノちゃんはビクともしない。すごい。これが獣人の力……!
魅力的なふわふわの耳を揺らされ、私は首を傾けた。
「れに、さわってもいい?」
「もちろんなノ!」
「さみゅーちゃん、だいじょうぶ」
「くっ……はい、わかりました」
サミューちゃんは私の言葉を聞き、カリガノちゃんから手を離す。
そして、私はそっとカリガノちゃんの耳に手を伸ばした。やわらかな毛が密に生えていて、てのひらにふわふわと触れる。指の先をちょこちょこ動かせば、指の腹にスススススっと毛先が当たった。すごい。気持ちがいい……!
「ふわぁ……」
カリガノちゃんの耳はとても手触りがいい。カリガノちゃんが痛くないように慎重に触らせてもらったが、いい体験だった。
満足して手を離せば、カリガノちゃんは頬を赤くしているが、にこにこと笑顔だ。
「カリガノはレニちゃの事情はまだわからないし、レニちゃがカリガノに言えることだけで説明してくれればいいノ。カリガノはお役に立つノ! ニワトリはすごく臭いから、どこにいてもすぐにわかるノ。レニちゃをちゃんと案内するから任せてなノ!」
「まったく信用できませんが」
サミューちゃんがそう言いながら、眉間のしわを指で揉む。深い深いしわが刻まれている。
しかし、そもそもカリガノちゃんがいるところでこの話をしたということは、サミューちゃんもムートちゃんも、それなりにカリガノちゃんを信用しているのではないだろうか。
……会話を聞いただけではなにもわからないだろうと思ったのかもしれないが。
じっと目の前にいるカリガノちゃんを見つめる。
ピンク色の髪に同色の目。今は頬もピンク色だ。悪意は……ないと思う。ただ……。
「かりがのちゃん、れにと、いっしょでいいの?」
問題はそこである。
これまで一緒に旅をしてきたのは、サミューちゃん、キャリエスちゃん、ピオちゃん、ムートちゃん。サミューちゃんは私の守護者であり、父と母から私のことを頼まれている保護者でもある。
そして、キャリエスちゃんはドラゴンに襲われているところを助けたのが始まりであり、事件解決のために一緒に旅をする必然性があった。
ムートちゃんも【世界礎の黒竜】として、世界が滅亡しないよう、私の見張り兼見守り兼案内役としていてくれたのだ。
が、カリガノちゃんには私と一緒にいる理由がない。
「このままちがうところ、いってもいいよ?」
「カリガノじゃ役に立たないノ?」
「そうじゃなくて……」
カリガノちゃんのピンク色の目がうるうると揺れる。
私はそれを見て、目をさまよわせた。
「かりがのちゃんに、いいことがない」
「ふぇ?」
「……れに、しっぱいするから」
失敗したくて失敗する人はいない。でも、やってしまう。そして、私は失敗をよくしてしまう人間だ。
サミューちゃんはそんな私だとわかったうえで、いつも笑顔を向けてくれた。だから、私は一緒にいて安心できる。
でも、カリガノちゃんにはまだ、そんな風な安心感は持てない。
『困らせないで』
転生前に母にたくさん掛けられた言葉。
同じ班になった同級生も、私がまごついているのを見て、めんどくさそうな目をしていた。
このピンク色のまんまるのかわいい目がそんな風になるのがこわい。だって、カリガノちゃんには私と一緒にいるメリットがないのだ。だから……。
「それなら、なんにも問題ないノ!」
目を逸らした私の注目を引くように、カリガノちゃんは明るい声を出した。
「カリガノはレニちゃの役に立ちたいって言ったノ。それはカリガノが自分で決めた自分の意志なノ! 一緒にいることがいいことなノ!」
「……そうかな?」
「そうなノ! それに、今カリガノが言ったのは、レニちゃの言葉なノ」
「わたしの?」
カリガノちゃんの話にぱちぱちと目を瞬く。
私の言葉……?
「レニちゃ、カリガノが大失敗したこと、なんにも問題ないって言ってくれたノ! カリガノ、それがとってもとっても安心できたノ」
カリガノちゃんはそう言うと、ニパッと笑った。
「カリガノ、レニちゃが失敗しても大丈夫なノ。だって、カリガノも失敗するから!」
「……そうかな」
「そうなノ!」
カリガノちゃんが元気に言い切るから、そういう気がしてくる。
思わず笑えば、カリガノちゃんは、ぎゅっと私を抱きしめて、頬を寄せた。
「カリガノはレニちゃの役に立つノ! 任せてなノ!」
「うん」
ふわふわな耳がぴょこぴょこと揺れる。温かさと柔らかに思わず頷けば、うしろからぐぬぬぬぬとうめき声が聞こえた。
「くっあざとい……レニ様の不安を毛皮で癒すなど……。こうして見ると毛皮の色もあざとい……。離れて……、離れてください!」
サミューちゃんが引き離しにかかる。カリガノちゃんは今度は簡単に私から離れると、にこにこと笑った。
「レニちゃはカリガノの案内役を任せてくれたノ! カリガノがんばるノ!」
「ぐっ……レニ様、大丈夫ですか? さきほど不安があったようですが……」
サミューちゃんはそう言うと、私の手を取り、目を和らげた。
「レニ様が気にすることはなにもありません。そもそも、このウサギ獣人はレニ様を襲い、勘違いだったと謝罪しました。そして、欲深い者たちに利用され、村が窮地に陥ったのをレニ様が救った。ウサギ獣人が役立つかはわかりませんが、レニ様はただ、顎でこき使えばいいのです」
ふんっと鼻を鳴らしたあと、言葉を続ける。
「レニ様と私の二人でも、【変転の砂漠】までは問題なく到着すると思います。が、地形が変わる広大な砂漠で【毒鶏】を見つけるのは時間がかかる可能性はたしかにあります。……それならば、いないよりはマシかもしれません」
「うん」
「レニ様のお心のままに」
「れには……、うん。……かりがのちゃんにおねがいする」
カリガノちゃんを見上げれば、カリガノちゃんはぱぁっと顔を輝かせた。
「任せてなノ! カリガノのお役立ち具合をたくさん見せるノ!」
サミューちゃんはその笑顔にすごく嫌な顔をしながら、ビシッと指差した。
「レニ様のお体への接触は最小限に。近づかない、触らない、毛皮で誘惑しない。せいぜいレニ様のためにしっかり働いてください」
「レニちゃ、カリガノ、がんばるノ!」
カリガノちゃんはそう言うと、サミューちゃんの脇をかいくぐり、私をぎゅっと抱きしめる。
サミューちゃんはそれを止めようと必死だ。
「全然聞いてないではないですか! 今、今まさにそれを注意していますが!?」
「レニちゃ~♪」
「あ、また、この……っくっ」
サミューちゃんがカリガノちゃんを引き剥がそうとがんばっている。
ムートちゃんはそれを見て、うむうむと頷いた。
「獣人は能力が高い。余も安心じゃ」
「むーとちゃん、ありがとう」
「ん? まだ礼は早いぞ! なにも起こらず幼いエルフの体が安定したときにはまた会いに来る。そのときにな」
「うん」
そうして、ムートちゃんと別れ、新しくカリガノちゃんと旅をすることになった。
というわけで。
「しゅっぱつ!」
いざ、【変転の砂漠】へ!
2/22にほのぼの異世界転生デイズのコミックス4巻が発売されます!
吉元先生が最高におもしろい漫画にしてくださっているので、ぜひお手に取ってもらえたら嬉しいです。
↓コミックス4巻書影出ています。






