水蛇を発見です!
「きれいな……みなも……」
とても楽しみにしていた【涼雨の湖】。まさか水が枯れているなんて。
想像と違い過ぎる姿にがっくりと肩を落とす。
「レニ様、あちらを見てください!」
「ん?」
水のなくなった湖に近づき、大きく空いた窪みを覗き込んだサミューちゃんが私を呼ぶ。
サミューちゃんの指差した先を見てみると――
「あ、なにかいる」
「あー……うむ。あー……おるな」
ムートちゃんがもごもごと呟いた。
深い窪みの底のわずかに残った水。そこに無理やりに巨体を浸している水色の蛇がいる。
水がすこししかないため、蛇の大きな体の腹側しか水に浸っていない。とぐろを巻いた姿だが、頭はくたりと体の上に置かれていた。
……あきらかに弱っている。
これがムートちゃんの言っていた『秘宝を守る【水蛇】』だと思うのだが……。
「なーが、つよい?」
あまりにもな姿に、思わずムートちゃんに声をかける。
ムートちゃん曰く、【水蛇】はとても強いらしいが、正直、今は生気がないせいか、全然そんな風には見えない。
ムートちゃんは私の言葉に天を仰いだ。
「【水蛇】はな、水を操る蛇なんじゃ」
「うん」
「水を刃のようにして飛ばしたり、水の膜でシールドを作ったりな、それはそれは戦いにくい魔物なんじゃ」
「うん」
「……つまり」
「うん」
「水がなければ――ただのでかいなにかじゃな」
「でかいなにか……」
ムートちゃんはそう言うと、【水蛇】をそっと指差した。
「一思いにヤるがいい。そして、秘宝を手に入れるのじゃ」
「いいの?」
ムートちゃんは、強い【水蛇】と私が戦い、秘宝を手に入れるのを期待していると思ったのだが。
あっさりと今の【水蛇】を倒していいと言われ、はて、と首を傾げる。
すると、ムートちゃんは「うむ」と頷いた。
「余であればこの湖を元に戻すのも可能じゃ。だが、これもまた巡り合わせ。幼いエルフが引き寄せた運じゃろう」
「そっか」
ムートちゃんは世界の礎となったドラゴンだ。そういう面では達観しているのだろう。でも、私は――
「じゃんぷ」
【羽兎のブーツ】で、ぴょんっと地面を蹴った。
行く先は湖底。水の枯れた底に向かってふわふわと降りて行く。
「なーが」
『……』
【水蛇】との距離はたった一歩。
いかに弱っているといっても、今、【水蛇】が暴れれば、私も困るだろう。
【水蛇】は私の存在を感知したようで、顔を伸ばした。
だが、こちらに牙を剥く様子もなく、そのまま湖底に頭を置く。そして、片目をすこしだけ開けると、すぐにまたそれを閉じた。
『好きにしろ』と。
そういうことだろう。
「みず、かれたの?」
『……』
「だれがやったの?」
『ニンゲン』
「わかった」
私は猫の手をぽすっと【水蛇】の鼻の上に置いた。
「いま、ひほう、いらない」
ムートちゃんは倒して、秘宝を手に入れろと言った。
なんでもいい、技を一つ放つだけで、【水蛇】に勝ち、一つ目の秘宝を手に入れることができる。圧倒的勝利。
でも――
「……もっと、たのしいのがいい」
ね! 圧倒的勝利もいいが、ゲームの面白さはそれだけじゃない!
強敵に対して、レベルを上げたり、アイテムを駆使したり、パーティメンバーを変更したり、スキルの交換をしたり。それでもダメなら、たまには攻略動画を見たり。そうやって知略と技術、やり込み要素で勝つ! 私はそういうのも好きだった。
だから――
「みず、もどす」
――涼雨の湖を元通りの姿に!
そして、本来の強さを持った【水蛇】と戦って勝つ。きっとこれが一番楽しい。
【水蛇】は私の言葉にぱちりと両目を開けた。私はそれにしっかりと頷く。
そして、【水蛇】から手を離し、ぴょんっと地面を蹴った。
「さみゅーちゃん、みず、もどしたい」
「はい! レニ様!」
湖底から上がり、サミューちゃんの元まで戻る。
私の宣言に、サミューちゃんは笑顔で頷いてくれた。
すると、ムートちゃんは肩を震わせていて……。
「ふはははは! おもしろい! いいぞ、幼いエルフ! 愉快だ!」
牙を見せながら、高らかに笑った。
「余が手助けをすれば摂理を乱すかと思うたが、もはやそれも良し! 強い【水蛇】と戦いたいというその希望、しかと聞き届けた」
ムートちゃんは紫色の目をにんまりと細める。
「ここは雨が多い場所でな。森に降った雨が地下水となり、ここで湧き出す。それが溜まったのがこの湖じゃ。つまり、この湖が枯れたということは、水源である地下水に異変があったということじゃろう」
そして、ビシッと森の奥を指差した。
「水の匂いはあそこで途切れておる。行ってみるか?」
「むーとちゃん、じょうほう、ありがとう」
サミューちゃんに調べてもらうつもりだったが、ムートちゃんのおかげで手間が省けた。お礼を言うと、ムートちゃんはふふんと胸を張る。
「これぐらい、どうということはない! それより幼いエルフよ。ここで【水蛇】を倒すより、よほど事情が込み入って、めんどくさいことになるぞ?」
そして、ムートちゃんの紫色の目が私を試すように怪しく光った。
だから、私は「うん」と頷く。
「れに、いく」
最高にきれいな【涼雨の湖】で、強い【水蛇】と戦うために!
「さみゅーちゃん、いこう!」
「はい!」
来週、8/20にコミカライズ3巻が発売されます!
吉元ますめ先生に最高に描いていただいています。
つよかわのレニはもちろん、サミューの「見せられないよ!」な表情、キャリエスのドキドキしている様子など最高に描いていただいています!
ぜひお手にとっていただけるとうれしいです。






