目標ができました
体が熱い。だるさと眠気もある。
これはハサノちゃんに術を施してもらう前と同じ状態だ。
どうやら私は眠り込んでしまっていたらしい。
眠る前にハサノちゃんから、また【魔力暴走】を起こしてしまったこと。そして、消えかけていたと話を聞いた。
気がかりだったエルフの森の炎はちゃんと消火できたようだけど……。
「さみゅーちゃん……?」
ぼんやりと目を開ける。
そこには心配そうにこちらを見つめるきれいな碧色の瞳があった。
目を擦ったのだろうか。目元が赤くなっている。
思わずそこへ手を伸ばせば、触れる前にその手を取られてしまった。
「レニ様。……お身体はつらくないですか?」
「うん……、またちょっと、おなじかんじ」
「申し訳ありません……。また術前と同じ状況に戻ってしまったようです……」
「ううん、さみゅーちゃんのせいじゃない」
眠ったおかげか、熱っぽいとは言っても、起き上がれないほどじゃない。
ゆっくり上半身を起こせば、サミューちゃんは手伝ってくれた。
そうして、体を起こせば、長い黒髪の少女が見えて……。
「あ、ぶらっくばはむーとどらごん」
背中から生えた翼とおしりから生えた太く長いしっぽ。
【世界礎の黒竜】だ。エルフの森を焼こうとし、ハサノちゃんに掴まっていたはずだが……。
【世界礎の黒竜】はボンレスハムにはなっておらず、翼を畳み、しっぽを避け、器用にイスに座っていた。
「ようやく起きたようじゃの、幼いエルフよ」
私の言葉に応えるように、しっぽが左右に揺れる。
私が寝ている間に和解したのだろうか。
「れに、どのぐらいねてた?」
「レニ様が倒れられたのが午前中でした。今はもう夕方になるところです」
「わぁ……ほぼはんにち……」
思ったより寝ていた。
「レニ様はエルフの森を消火するために、力をお使いになりました。それによって【魔力路】に負荷がかかり、もう一度【魔力暴走】の状態になったのです」
「うん」
「そして……これまでと違い、体に急激な変化が起こったためか、体と魂が分離したような形になってしまったようです」
「からだとたましいが……」
サミューちゃんの説明を聞きながら、「なるほど」と頷く。
前世の記憶を思い出していただけかと思ったが、あれは魂が体から抜けていくような感じだったのかもしれない。
魂が前世の世界へと引かれているような感じとでもいうか……。
「余がおぬしの魂をもう一度体に戻したのじゃ」
「ぶらっくばはむーとどらごんが?」
はて? と首を傾げる。
そのときのことを思い出してみる。
「れに、くろいうずにのまれそうだった」
「……っ、はい」
「でも、さみゅーちゃんのこえ、きこえた」
「……私の声、ですか?」
「うん。さみゅーちゃん、ないてた。……なかないでっておもった。そうしたら、ひかりがでたよ」
人を困らせてばかりの自分。謝って生き続けていく自分。できないことを責め続ける自分。
……それに飲み込まれそうになった。
でも、サミューちゃんの声がして……その声が泣いていたから。サミューちゃんの涙を拭かないといけないって思った。
「ぱぱとままのこともおもった。そうしたら、はさのちゃんのこえもした」
「うむうむ。おぬしの魂はこの世界から消えようとしていた。そのままでもおかしくなかったが、きっかけがあったんじゃろう。あとは、余が手助けをして、【宝玉】の力を調整し、魔力も止めたのじゃ」
「しゅうちゅうしろってきこえた」
「そうじゃ。それが余じゃ!」
【世界礎の黒竜】はそう言うと、自慢げに胸を張った。
どうやら、私がこの世界でふたたび目覚めたのは、みんなの力のおかげのようだ。
「ふたりとも、ありがとう」
まずは部屋にいる二人にお礼をする。
すると、サミューちゃんは珍しく、目をさまよわせて顔を伏せた。
いつものサミューちゃんなら、もっと喜んでくれると思ったが……。
「あとで、はさのちゃんにもおれいするね」
朝からいろいろあったから、サミューちゃんも疲れているのだろう。
ハサノちゃんは今はここにいないので、あとでお礼をしないとね。
「おぬしが消えなくて本当によかったぞ。なんせおぬしは【宝玉】ごと、消えるところじゃった」
「ほうぎょくごと?」
「そうじゃ。おぬしは【宝玉】を持っておるじゃろう?」
……。これ、答えてもいいのかな?
ちらりとサミューちゃんを見上げれば、小さく頷いてくれる。
「レニ様、【世界礎の黒竜】はレニ様の【宝玉】の様子を見に来たようです。そして、七つの宝玉は【世界礎の黒竜】が作ったのだと言っています」
「そうなんだ……!」
【宝玉】の出所はゲームではわからなかったが、どうやら【世界礎の黒竜】のものだったようだ。
テンションが上がってしまう。
ゲームのオープニングで見た、【世界礎の黒竜】と女神様のムービー。もしかしたらそこに【宝玉】も描かれていたかもしれない。
そして、私はそのうちの一つを手にしていたのだ。
これは上がる。うれしくなる。
思わずふふっと笑っていると、【世界礎の黒竜】が呆れたようにため息を吐いた。
「余の【宝玉】を持ち去ろうとして、よくそんな笑顔でいれるのぅ……」
「じゃあ、ほうぎょくがほしくて、れにをさがしたの?」
「そうじゃ! ちょっと様子がおかしかったから、器はいらんし【宝玉】だけを回収しようと思っておったのに……」
【世界礎の黒竜】はチッと舌打ちをする。
つまり、【世界礎の黒竜】は――
「えるふのもりにつくまえだったら、れにたちおそってた?」
「……まあ、そういうこともあるかもしれんの」
【世界礎の黒竜】はふいっと私から顔を背けた。
どうやら、サミューちゃんが立ち止まることなく、走り続けたのは正解ではあったらしい。
【世界礎の黒竜】の言う「器はいらない」というのは、私がいらないということだろう。
あそこで止まっていれば、襲われ、死んでいたかもしれない。
ハサノちゃんに術をかけてもらう前の私だったら、本来の力も【宝玉】の力もうまく使えず、負けていた可能性もあるからだ。
「あんなに殺気を出している者の前で、足を止めることなどありえません」
「じゃからといって、吹き飛ばすことはなかったじゃろう!」
「進路に立ち塞がるからです」
サミューちゃんはいろいろと考えた上で、走り抜けるという選択肢をとったのだろう。
結果として、エルフの森に炎が仕掛けられたわけだが、私が消火したから問題なし!
というわけで。
「れに、ほうぎょく、もってる」
「うむ。それは間違いないな。で、じゃ。それはいつからじゃ?」
「たぶん、うまれるまえから」
「う……生まれる前から……っ」
私の答えに【世界礎の黒竜】は頬を引き攣らせた。
「レニ様は特別なのです。レニ様のお母様が【宝玉】を使用されました。そして、それを受け継いで生まれてきたのです」
「ほう。エルフが【宝玉】を使ったのか。珍しいな。そのようなことをするのは人間に多いと思っていたが」
「……レニ様のお母様も特別な方なのです」
そうだよね。人間になったエルフなど前代未聞だろう。
あと、【世界礎の黒竜】は【宝玉】を使用したことに関しては、怒りはないようだ。
「母から子に受け継がれたことは理解した。たしかに【宝玉】を使った者がいれば、その子に受け継がれる。じゃが……」
【世界礎の黒竜】は紫色の瞳で私を観察するように見つめた。
「それにしてはおかしなことになっておるんじゃ。【宝玉】を受け継ぐものがいなければ、【宝玉】だけが世界に残る。魂は消えるが【宝玉】は残るはずなんじゃ。なのに、おぬしは【宝玉】ごと、消えるところじゃった。【宝玉】と魂が密接に絡まり合っておる……。どんな仕組みでそんなことになったんじゃ……」
【世界礎の黒竜】がはぁぁあと深くため息を吐く。
「でじゃ、大切な話はここからじゃ。おぬしには生きていてもらわねば困るんじゃ」
「こまる?」
てっきり、「【宝玉】を返せ!」と言われたり、「器はいらぬ!」と言われたりすると思っていたが、そうではないらしい。
むしろ、【世界礎の黒竜】は私に生きていて欲しいようで……。
「【宝玉】は七つ揃ってこの世界を支えている。おぬしの魂とともに消えられては、世界は終わってしまうのじゃ」
「……おわるの?」
「終わる」
「めつぼう?」
「滅亡じゃ」
その言葉に私の背中にビリビリビリと電気が走った。
私の大好きな世界の終わり……! それはつまり……!
「さーびすしゅうりょうのおしらせ……!」
オンラインゲームで一番つらいやつ……! サ終……!
「【宝玉】を魂と離すことができるか、【宝玉】が世界に定着するまで、おぬしには生きていてもらわねばならぬ」
「うん」
「【魔力暴走】なんかで消えられては困るのじゃ。わかるな?」
「うん」
真剣に。それはもう真剣に頷く。
サ終。それは絶対に阻止しなければならない。
それに――
「れにも、まりょくぼうそうで、きえるのはこまる」
――大好きなこの世界。
もっともっと見て回りたい。自分の五感で体験したいのだ。
「そこでじゃ。まずはもう一度、エルフの女王に術を掛けてもらう」
「まりょくろをほそくするやつ」
「ああ。じゃが【魔力路】への制限だけでは、おぬしの体は持たぬ。とくにおぬしはすぐに無理をするようじゃから、焼け石に水じゃろうな」
【世界礎の黒竜】の言葉に頷く。
【魔力路】を細くする術をかけてもらっても、今回のように魔力を使いすぎた場合は、【魔力暴走】に戻ってしまうのだろう。
注意事項など、ハサノちゃんからはしっかり聞くつもりだし、一度体験したから、同じような状態にならないようにしたい。が、いかんせん私は失敗をする。間違いない。
「ほかのほうほう、ある?」
じっと【世界礎の黒竜】を見つめる。
この口振りならば、【世界礎の黒竜】はほかの方法を知っている。
そして、【宝玉】を私の魂から離したいのだから、協力してくれるはずだ。
私の視線を受けて、【世界礎の黒竜】はピッと右手を前に出した。
「これからおぬしがやることは、二つある」
人差し指と中指。二本の指が立っている。
「一つは【魔力操作】を身に着けること。なんでもかんでも外に放出すればいいってものではない。これはエルフの得意とするものじゃから、きちんと教えを乞うんじゃ」
「うん」
私も【魔力操作】は訓練したいと思っていた。
炎を消したときのように、無理やり力を外へ出せばいいというものではないのだろう。
「もう一つは」
【世界礎の黒竜】はイヒヒッと笑った。
「――宝探しじゃ」
↓新作はじめました。
『プロローグの3行目で、すぐ死ぬ王女に転生してしまいました』
すぐ死ぬ王女ががんばってますので、よろしくお願いします。