【魔力鑑定】を受けます
大きな声に肩がビクッと上がる。
すると、サミューちゃんがそんな私をなだめるように、ポンポンと背中を叩いた。
「ハサノ様、喜びは理解しますが、レニ様が驚いています」
「はっ……。そうよね。ごめんなさいね」
サミューちゃんの凛とした声に、拳を握り、咆哮していた眼鏡知的美人が我に返ったように、冷静な顔へと戻る。
そして、ゆっくりと私と目を合わせた。
「とてもかわいい挨拶をありがとう。私の名前はハサノ。レニちゃんのママのお姉ちゃんよ。今はエルフの女王をしているの」
小さく微笑みながら、自己紹介をしてくれる。
一見して、母と姉妹だとはわからない。が、こうして笑う顔を見ると、目元が母とそっくりだ。髪の色も目の色も、持っている雰囲気も違うが、たしかに母との血のつながりを感じる。
母の面影を見て、緊張していた体から力が抜けた。
良かった。私の挨拶も嫌な風に受け取られてはいないようだ。これならば、私のせいで父母が悪く言われることはないだろう。
それならば、伝えておかねばならないことがある。
「あのね、ままげんき」
――きっと、気になっていると思うから。
「ぱぱといっしょ、しあわせにみえる」
あくまで私の視点からだが。
エルフの森を出て、いろいろと苦労をした母だが、これまでに一度も後悔していると話したことはなかった。
こどもである私の前では言えない可能性もあるが、母はどんなに大変なときも前向きで、いつだって父と暮らすために努力を続けていた。
私は母のそういうところがすごいと思う。
父も母と支え合って、この二人だったから、たくさんのことを乗り越えていけたんだろうと感じる。
「ままはだいじょーぶ」
エルフたちがつけているお揃いの鉢巻きと、エルフの森にしか生えていないという珍しい【光耀の木】の枝。それを準備してくれたということは、私を本当に歓迎してくれているのだろう。
サミューちゃんから、エルフはこどもを大切にするし、エルフ全体が家族のような繋がりがあると聞いていた。が、会ったこともないこどものために、こんなに準備するのは大変なはずだ。
それを準備したのは――母のことが大切だったから。
父と出会うまで、エルフの森で暮らしていた母。女王として存在していた母。それが、みんなに大切にされ、愛されていたのだと感じる。
だから、一番気になっているだろう、母のことを伝えると、現女王は泣きそうな顔になって――
「私たちエルフは……ソニヤに起こったこと、自分たちの行動をずっと後悔していたの」
それは一瞬。そんな表情を隠すように、すぐに目を閉じた。
「でも……そうね……。あの子が幸せならよかった」
噛みしめるような声。
そして、次に目を開けたときには、母と同じ、あの優しい目元で笑ってくれた。
「レニちゃんは幼いように見えるけれど、とても聡い子なのね」
「はいっ! レニ様は特別なのです!」
その言葉にサミューちゃんがうれしそうに声を上げる。
現女王はそれに、ふふっと笑って答えると、そっと私の頭を撫でた。
「レニちゃん。私もレニちゃんを抱っこしたいんだけど、いいかしら?」
「うん」
頭を撫でる優しい手。きっと身を任せても安心だ。
「サミューもいい?」
「はい」
現女王はサミューちゃんに確認をしたあと、私へと手を伸ばした。
私からも手を伸ばし、サミューちゃんの腕の中から移動する。
ぎゅっと抱きしめられると、ぽかぽかと温かい体温が伝わった。
「レニちゃん。そのかわいい声で私を呼んでみて?」
「よぶ?」
「ええ。私はレニちゃんの伯母だから、『おばちゃん』で構わないから」
そう言われて、むむっと考える。
『おばちゃん』と呼ぶのが嫌なわけではないが、眼鏡知的美人をそう呼ぶのは気が引ける。
なので、ちょっと考えてから、そっと口を開いた。
「……はさのちゃん?」
年上の女性に『ちゃん』は失礼だろうか。
窺うように、目を見つめると、現女王――ハサノちゃんは顔を逸らし、空気を漏らした。
「ふくっ」
そして、また――
「かわいいわ!! 好き!!」
――咆哮。
紫色から黒へと変わる夜空にその声が響いた。
「叫ぶのは耐えてください。レニ様が驚きます」
そして、冷静にそれを留めるサミューちゃんの声。
ハサノちゃんはその言葉に我を取り戻したようで、何度か浅く呼吸を繰り返した。
「ふくっ……くっ……ぅ。そう、よね……ふっ……。レニちゃんごめんなさいね。伊達にエルフを300年生きてきたわけじゃないわ。この衝撃に耐えきることができなくて、なにがエルフの女王かってことよね」
ハサノちゃんはそう言って、額の汗を拭った。
「……うん」
ちょっとわからないが。
よく見れば、エルフの人垣の中にも呼吸困難者が出ているような気がする。
とりあえず、この呼び方でいいのかな?
「はさのちゃん、いやじゃない?」
「嫌なわけない。とってもとってもかわいらしくて、本当にうれしいわ」
ハサノちゃんはそう言うと、ふふっと笑った。
「とにかく」
そして、コホンと一つ咳払い。
「レニちゃん。エルフの森まで来てくれてありがとう。あなたの体のことはソニヤからの【精神感応】で聞いているわ」
そう言って、私をそっと撫でた。
「あの子と私たちの縁を再び繋いでくれて、ありがとう」
緑色の目は優しくて――
「生まれてきてくれて、ありがとう」
まっすぐに掛けられる言葉はくすぐったくて――
「あなたを失うのを、ただ見ていることはしない。もう二度と。自分たちの未熟さに嘆く日々が訪れないように、私たちエルフは努力をしたの。レニちゃんは今も体がしんどいのよね? この体の熱さでわかるわ。まずは【魔力鑑定】を行うけど、いいかしら?」
「まりょくかんてい?」
不思議な単語に首を傾げれば、サミューちゃんが説明をしてくれる。
「【魔力鑑定】はその名の通り、体にある魔力を鑑定する技術です。エルフはそれぞれ魔力があり、その量や種類、大きさなどもわかります」
「さみゅーちゃんもわかる?」
「はい。しかし、私は若輩者ですし、魔力があるかないか、おおまかな大きさぐらいしかわからないのです」
「なるほど」
サミューちゃんの言葉に頷く。
私がドラゴンを倒したときにした二段ジャンプ。あのとき、サミューちゃんは魔力を感じたと言っていた。そして、ガイラル領都を浄化したときや、そのあとの【魔力暴走】のときも、魔力のことを教えてくれた。
それは、エルフが魔力を感知する技術があり、それを使ってくれていたようだ。でも、それはおおまかなもので、ハサノちゃんはそれよりも細かく魔力について感知できるのだろう。そして、その技術を【魔力鑑定】と呼んでいるようだ。
「ハサノ様は【魔力操作】や【魔力鑑定】の専門家です。今、生きているエルフの中ではもちろん、歴代のエルフの中でも1、2を争う知識と技術の持ち主なのです」
「すごい」
サミューちゃんの言葉に、思わずハサノちゃんを見上げる。ハサノちゃんはふふっと笑った。
「それじゃあ、今から私の魔力を流すわね。不思議な感じがするかもしれないけれど、我慢してね」
「うん」
ゲームの世界にはなかった【魔力鑑定】。これからそれを受けることができるということでワクワクする。
ハサノちゃんに抱き上げられたまま、じっとしていると、ふと額のあたりに不思議な感覚がして……。
「この魔力の円がゆっくりと下がっていくの。気持ち悪くない?」
「だいじょうぶ」
「これでレニちゃんの中に流れる魔力路や魔力源を見ていくわね」
「うん」
ハサノちゃんの言葉に頷く。
どうやら、ハサノちゃんは魔力で円を作って、それを私の体に通すようにしているようだ。
まずは頭から。丸い円のようなものがゆっくりと降りていくような感覚がする。
病院で受ける健康診断。なんか大きな装置で体を上から下まで見ることができる機械の魔力版と言った感じだろうか。ハサノちゃんの中では私の中に流れる魔力を見ているのだろう。
頭から降りてきた不思議な感覚が胸のあたりを通っていく。
一瞬、その感覚がぐっと強くなったことを感じた。
「はさのちゃん……?」
「……、ごめんなさい、ちょっと力が入ってしまったわ。……このまま、足のほうまで行くわね」
「うん」
強くなった感覚が元に戻ると、そのまま腹部へと向かっていく。
最後は足先まで降りて、ゆっくりとその感覚は消えていった。
たぶん【魔力鑑定】はうまくいったのだろう。初めての感覚だったけれど、体験できてよかった。
どんな結果が出たのか、ワクワクしてハサノちゃんを見つめる。
でも、そんな私の目とは違い、ハサノちゃんはひどくつらそうな顔をしていて――
「レニちゃん、まさか――」
ハサノちゃんは苦しそうに声を絞り出した。
「あなたは自分の魔力のみじゃなく、ソニヤの魔力をすべて受け継いで生まれてきたの……?」






