レニは天才3
馬車に乗せられたキャリエスは領都まで来ていた。
馬車の馬は【死霊の馬】であり、夜通し走り続けることができる。通常では考えられないスピードと体力で走り、あっという間だった。
領都に着くまでに逃げ出す機会があると考えていたキャリエスだったが、それは不可能だった。
そうして連れてこられたのは、領主の居城の地下。大きな白い城の地下には巨大な施設が広がっていた。
「ここは……」
「まさか私の城の地下にここまでの施設があるとは思わないでしょう? ここが教団【女神の雫】の本拠ですね」
「【女神の雫】……。それは神の力を持つ子どもについて、予言をした教団のことですわね」
「はい。私がその教団の最高責任者。司教をしております」
「……ガイラルが司教を」
ガイラルの言葉にキャリエスは絶句した。
信じていたガイラル。そのガイラルが予言をした教団の司教だったなんて……。
「どこに向かっているの?」
「地下施設の中心。礼拝堂ですよ」
ガイラルに目的地を聞きながら、廊下を歩いていく。
「このたくさんのドアはなんですの?」
「一部屋につき三人の子どもがいます。仲良くやっています」
「このドアすべてが、子どもたちを閉じ込めるものだなんて……」
「閉じ込めているのではありません。能力の高い子どもたちを保護しているのです」
ドアの数は20はある。すると60人の子どもがいるはずだ。
キャリエスは規模の大きさにぎゅっと拳を握った。
こんなにもたくさんの子どもが攫われていたなんて……。
どうすれば助けられるのか、キャリエスは考えを巡らせる。
今、ここでキャリエスが暴れても無意味だ。だれかに知らせるのが一番いい。
キャリエスは左手をそっとポケットに忍び込ませた。
手に当たるのは二つの石【閃光石】と【花火石】。レニがくれたアイテムで、なんとか外に連絡ができればいいが……。
「さあ、着きました」
そうして、到着したのは、ガイラルが言っていた通り、礼拝堂だ。
施設の中心と言っていたが、ここだけ天井が高い。
地下だというのに、ステンドグラスから光が入り込み、とても神秘的な空間だった。
部屋の中央の奥には祭壇があり、女神像が置かれている。祭壇の裏手には奥に続くための通路のようなものが三つ。
そして、左手には螺旋階段があり、礼拝堂の吹き抜けの上部へと続いていた。ステンドグラスの掃除をするための細い通路があるようだった。
キャリエスはそのステンドグラスを見つめる。
光が降っているということは、ステンドグラスの部分は地上へ繋がっているはずだ。
すると、ガイラルがそんなキャリエスを見て、ふっと笑った。
「どうですか、王女殿下。きれいなステンドグラスでしょう?」
「……そうですわね」
「あれは、私が作らせました。ありし日の王都、リワンダーの姿です」
「リワンダー……? あの、死霊があふれる都の?」
「ええ。今では彷徨える王都などと呼ばれていますが、それはそれは美しい都だったそうです」
突然始まった話にキャリエスは不審に思い、眉を顰める。
すると、ガイラルは穏やかな顔で話を続けた。
「私は王都リワンダーに住んでいた、王族の末裔なのです」
「ガイラルが?」
「ええ。リワンダーでは過去、大規模な魔法活動があり、王族も民も全滅してしまいました。私の先祖はたまたま外に出ていて無事だったようです」
【彷徨える王都 リワンダー】。不老不死を求めた王により滅びた都。
ガイラルはその末裔だった。
「行き場を失い、国を失った私たちの祖先は、この国へとやってきて生き延びたのです。私たちは元王族。その能力を使い、伯爵位まで登りつめた」
ガイラルはそこまで言うと、キャリエスを見た。
「王女殿下には私と結婚してもらいます」
「わたくしと、ガイラルが? なぜ?」
「女神の力が受け継がれるからです。あなたが子を産めば、その子に。そしてまた次の子へ。私たち王族に女神の力が宿ることは素晴らしいことです」
「……なぜ、ガイラルはそのようなことを知っているの?」
キャリエスはガイラルがすべてを知っているかのように話すことに戸惑いを覚えた。
教団【女神の雫】の予言についても、なぜそんなに妄信できるのか。そして、女神の力の受け渡しについて、なぜキャリエスが聞いたこともないことを当然のように話すのか。
ガイラルはキャリエスの質問に穏やかに笑った。
「私たち王族が宝玉の力を手にしているからです」
ガイラルが女神の力に詳しい理由。
それは、【宝玉(神)】を手に入れているから。
「王都リワンダーでの魔法活動。それには宝玉が使われました。宝玉は魔法陣に固定され、不老不死を求める王が起動させた。……ただ、それは失敗し、騎士はリビングメイルになり、民はグールとなりました」
朗々と話す言葉に嘘はない。
「私は秘密裏に何度もリワンダーを訪れ、リワンダーに徘徊する魔物たちを操ることができるとわかりました。これが王族である私たちに与えられた力だったのでしょう。宝玉は不老不死だけでなく、民たちを操る力も与えていた。が、操るべき君主は魔法陣に巻き込まれ、魔物たちは意思を失っていたのがこれまでのリワンダーだったのです」
ガイラルはそこまで言うと、まぶしそうにステンドグラスを見上げた。
「リワンダーの文献を読みました。魔物であふれる前は上下水道を完備し、白亜の宮殿とそれを囲むように青い石でできた家が立ち並ぶ、近代化も進んだ都だったようです」
文献をもとに作られたステンドグラス。
そこに描かれた都はとても美しかった。
「私はただ国を取り戻したい」
ガイラルはじっとキャリエスを見た。
「リワンダーを浄化し、死者を土へ還す。そして、新たに民を呼び、国を興すのです。私は【女神の雫】の司教として、すでに信者を集めています。彼らを移住させるつもりです。さらに神の子として集めた子どもたちはみな才能にあふれたもの。彼らもつれていきます」
穏やかに笑う。
「私のために集めた才能のあるものが住む都。それはとても素晴らしいでしょう」
ガイラルの言葉に、キャリエスはぐっと息を飲んだ。
「……民は王族のおままごとのための道具ではありません」
左のポケットの石を握る。
少しゴツゴツしているのが【閃光石】だ。
「みな、意志を持ち、生活し、自ら居場所を決めるのです!!」
それを思い切って、ガイラルに向かって投げる。
「うぐっ!!」
白く光る世界の中、キャリエスはその光を潜り抜けるように地面を蹴った。
目指すは螺旋階段。
一気に駆け上り、ステンドグラスまで走る。
そして、飾られていた壺を思いっきり投げた。
盛大な音を立て、ステンドグラスも壺も両方割れる。そして、ステンドグラスの隙間から【花火石】を外へと放る。
これで、レニへの合図になるだろう。
「王族はそれを尊重し、彼らがよりよい生活を送るために、努力をし続ける。王族がいるから民がいるのではありません。民が私たちを認めてくれるから、私たちはこの立場にいられるのですわ!」
キャリエスは王族である父や母からそう教えられていた。
そして、兄も姉がその教えを受け、努力している様を見てきた。
割れたステンドグラスの前で、ガイラルを見下ろし、叫ぶ。
「王のために民がいるのではありません! 民のために王がいるのです!」