鮭の遡上です
「レニ様、すぐに準備しますね」
「レニ君、少し待っていてくれ」
二人とも私には優しいんだけどなぁ。
私に声をかけた二人はそれぞれに用意を始める。
サミューちゃんは馬車からイスを出してくれ、私を座らせてくれた。
そして、ピオちゃんは火をおこし、なにかを作っているようだ。
馬車を止めたすぐそばには小川がある。
サミューちゃんは私が顔を洗うための水を用意したり、うがいをさせてくれたりと身支度を整えてくれた。
「レニ君、できたよ」
ピオちゃんに声をかけられて、前を向く。
焚き火には鍋がかけてあって、ピオちゃんはゆっくりとそれを混ぜていた。
「いいにおい」
「ああ。簡単ですまないが朝食のスープだ」
ピオちゃんが木の器に盛ったスープを渡してくれる。
猫の手で慎重に受け取って、中身を覗いた。そこには――
「おいしそう!」
入っていたのは琥珀色のスープ。具はキャベツとドライトマトと干し肉かな。干し肉はスープを吸っていて食べやすそうだ。
「すごいね。ぴおちゃん、おりょうりじょうずだね」
「ありがとう、レニ君。だが、これぐらいは野営をする騎士ならば当然の嗜みなんだ」
「本当は街へ入って食事を摂ることができるのが一番なのですが……」
そう言うサミューちゃんは手にパンの載ったお皿を持っていた。
「テーブルがないので食べにくいと思いますが、パンを食べたいときは私に声をかけてください」
「うん。ありがとう」
サミューちゃんがそう言いながら、スプーンを渡してくれたので、猫の手で受け取る。
村の民家でもシチューを食べたが、スプーンならば猫の手でも持てるのだ。
スプーンで干し肉と一緒にスープをすくう。口に入れれば――
「おいしい!」
温かなスープはちょうどいい塩加減。干し肉は口の中でほろほろと解けていった。
「干し肉は硬くありませんか?」
「おにく、かたくない。それに、いいかおり」
心配そうなサミューちゃんに「大丈夫」と返す。
スープがとてもおいしい。干し肉の旨味が染み出しているからだ。が、かといって干し肉がスカスカになっているわけではない。爽やかな風味もあり、これは香草が使われているからだろう。干し肉そのものがおいしいのだ。それがよく活かされている。
「すごいね、ぴおちゃん。とってもおいしいよ」
ピオちゃんは騎士の嗜みと言っていたが、短時間でこんなにおいしい料理を作れるのは、嗜みを越えている。
感心してピオちゃんを見つめると、様子が変で――
「ぴおちゃん……?」
「はぁあ……レニ君が、食事を……はぁっ……あぁ……っ」
……え?
「ああ……レニ君が……」
おかしい。非常に様子がおかしい。
生真面目で、きりっとしたピオちゃんはどこへ……?
ピオちゃんは息も荒く、顔を真っ赤にして私を見つめていた。
うん。正直言うと、息が荒いのはサミューちゃんで慣れている。だが、ピオちゃんのまたそれとは違う感じだ。
なんていうかこう、サミューちゃんは私を崇め、拝んでいるという感じの息の荒さ。ピオちゃんはこう……悶えている。そう。悶えている。
「はぁ……はぁ……」
頬は紅潮し、眉は切なげに寄せられている。そして、よだれでも垂れそうな顔……。
スープを食べる手を止め、様子の変わったピオちゃんを凝視する。
すると、サミューちゃんが首を横に振った。
「レニ様、見てはいけません」
私の体の向きを変え、ピオちゃんから私の顔が見えないように隠す。
そして、強い瞳で言い切った。
「あれは変態です」
「へんたい」
……なるほど?
サミューちゃんに言われ、顔を隠しながら、そろりとピオちゃんを窺う。
顔が赤く、ぷるぷると震えるピオちゃん。サミューちゃんと私の言葉にショックを受けたようで、頭を抱えていた。
「あ、僕は……僕は……っ!!」
軽く汗ばんだ体と潤んだ目。ピオちゃんは自分を抑えるように、ぎゅっと体を抱き込んだ。
「うううっ……僕はおかしくない……いや、おかしい。僕は……うっ」
そこまで言うと、ピオちゃんは私をじっと見た。
そして、その場でガシャンガシャンと鎧を外し――
「僕はこんな人間だったなんて……!!」
そのまま近くの川へと飛び込んでいった……。
「ぴおちゃん……」
どうして……。
「レニ様、あれは発情したサーモンです」
「さーもん……」
「川を遡上していきましたね」
……鮭は産卵のために川を遡上したら、死んでしまう。
「さみゅーちゃん、さみゅーちゃん」
きっと、ピオちゃんの様子がおかしくなったのは私のせいだ。
「れに、なにかへんだった?」
普通にごはんを食べていただけだと思うが……。
不安になり、サミューちゃんの袖をクイクイと引いて、顔を見上げる。
するとサミューちゃんの息が止まっていて――
「あ、無理、尊い。クイ死」
――そのまま白目になっていった。
「……みんな」
……休息とは。
キャリエスちゃん救出のためにここまで来た。そして、領都に入る前に息を落ち着けてから潜入しようとしている。それなのに……。
息が吸えなくなり白目になるエルフとハァハァしたあと川を遡上する騎士。
むしろ体力を使っている気がする。
そして、恋しくなる。私がなにかをしても、割とまともな反応をしてくれる人を……。
「きゃりえすちゃん……」
目を凝らせば領都の大きな門扉が見える。
レオリガ市もこれまでより大きいと思ったが、それよりももっと大きい。
さすが領都だ。
高い塀の向こうにはたくさんの民家と白い城が見えた。キャリエスちゃんがいるのはあの城だろうか。
――いま、行くからね!
ほのぼの異世界転生デイズのコミカライズ更新されています!
サミューの個性が光る回なので、よろしければ






