教団の目的がわかりました
こどもたちと私の間にある教会の床が完全に閉まる。
さっきまでは廊下に明かりがあったが、今は真っ暗だ。
この暗闇は猫の目が役に立つ!
そうして、周囲を見渡せば、ゴゴゴゴゴッという音とともに、壁が私に向かって倒れていることがわかった。
うん。このままだと、私が化石になるね。
「レニ様っ!!」
そのとき、一条の光がまっすぐに飛んできて、天井へと刺さった。矢の飛んできたほうから聞こえたのは、サミューちゃんの声。
たぶん、サミューちゃんが司祭の部屋のドアを弓矢で壊してくれたようだ。
崩壊していく道は前後左右がわかりづらく、目的地が曖昧になるが、サミューちゃんのおかげで、行く先がしっかりと見えた。
「こちらです!!」
20m先ぐらいかな? サミューちゃんが私に向かって叫ぶ。
けれど、その声と同時に廊下の壁が一気に崩れ落ちた。
これは絶体絶命の化石ピンチ。
でも、大丈夫。最強四歳児の私ならね。
「しょうがいぶつはふきとばす」
ジャキッと出した爪を下から上へと振り上げる。
「ねこのつめ!」
現れた斬撃が崩れた廊下の壁を吹き飛ばした。
「みちがみえたら、つきすすむ」
すぐにまた塞がりそうになる道。
私はグッと足に力を入れ、隙間を縫うように跳んだ。
「じゃんぷ!」
サミューちゃんに向かってまっすぐに。
無理やり私にこじ開けられた道は、私が通り抜けた瞬間に、ゴォンッ! と大きな音がして、完全に閉ざされた。
「ちゃくち、よし」
今回は飛びすぎることもなく、しっかりと目標地点に到達できた。
ふふっと笑う。
すると、サミューちゃんがすかさず私の隣へとやってきて、片膝をついた。
「レニ様、申し訳ありません。このようなことになってしまい……」
「ううん、だいじょうぶ。こどもたち、かえった」
……と思う。最後までは見届けていないけど、地上には出れたし、ごろつきは全員倒したしね。
「それより、さみゅーちゃんはだいじょうぶ?」
「はい。この部屋に到着して、すぐに司祭は捕縛しました。しかし、私を見て気持ち悪く笑ったと思うと、あの魔物が出現したのです」
「まもの?」
サミューちゃんの言葉を受け、顔を上げる。
すると、正面にいたのは司祭と――
「……りびんぐめいる」
キャリエスちゃんとのお茶会にもやってきた中身のない全身鎧。【蠢く鎧】。それが司祭を守るように立っていた。
「リビングメイルは私を斬りつけたあと、すぐに司祭の縄を解きました。即座に距離を取り、リビングメイルに攻撃を仕掛けたのですが、私の矢だけでは、動きを止めることはできず……。すると、司祭が突然、赤い水晶を仕掛けにはめ、地下室を破壊、封鎖するように動きました」
サミューちゃんの話を聞きながら、司祭とリビングメイルを観察する。
リビングメイルには矢が刺さっている場所や、穴が開いている場所がある。
キャリエスちゃんとのお茶会でやったように、魔力を込めた矢でリビングメイルを射ったのだろう。あの時と違って騎士であるピオちゃんがいないので、物理的に動きを止めることもできず、司祭に仕掛けを使われてしまったのだろう。
「あの魔物は司祭に操られているようです……」
「まもの、にんげんのみかたになる?」
「通常は不可能です。魔物は理知的な活動ができるものではありません。それぞれの出没する地域は決まっていますし、生物を見れば襲ってくるのが普通です。ああやって人間を守るように動くことは考えられません」
サミューちゃんの話に、なるほどと頷く。
通常、魔物を使役することはできないようだ。
けれど、実際に目の前の司祭はリビングメイルを従えていて――
「これが、神の力です」
私たちの困惑を前に、司祭は恍惚とした表情で語った。
「我々は神の力を得ているのです。この鎧は、司教様からお借りしたもの。司教様の信頼が篤いからこそ、託された力なのです」
「しきょうさまって?」
「我々のように教会で信者に教えを説くものを司祭。そしてそれらをまとめているのが司教様です。司教様は神の力を得ていて、我々に下賜してくださる」
司祭の話を聞き、サミューちゃんと視線を交わし合う。
ここは新興教団の地方の教会。目の前の司祭がトップだ。そして、その上には司祭を束ねる司教がいる。そして、司祭の話が確かならば、魔物の力を使えるのは司教ということだ。
「あなたは司教を尊敬しているようですが、それならばなぜこうして地下室を壊すようなことをしたのですか」
サミューちゃんの言葉に、これまでうっとりとしていた司祭が急に表情をなくす。
そして、ぼそりと呟いた。
「もう、ここはいらないからです」
「いらない?」
「ええ。もう司教様は目的のものを手に入れた、と。この教会は司教様が目的のものを手に入れるために作られました。地上には教会を。地下には施設を。そして、地下施設は無用である、と」
「目的のものとは?」
司祭はニヤッと口端を上げる。
「――こどもです」
仄暗い目が三日月の形に歪んだ。
「神の力を宿したこども。それが我々の目的です」
「……もう、教団は神の力を手にしているのではないのですか?」
「いいえ。我々の力はまだ完璧ではない。しかし、予言されたこどもが手に入れば、我々は完全なる神の力を手に入れるのです。そのために、ずっと動いていた」
「各地でこどもが売られたり、行方不明になっていたのは教団の仕業だったのですね」
「そうです。そして、ここがこどもを集める中心として機能していました。ここは田舎の村ですが、ここに集まった子どもを一度滞在させます。そして、足がつかないよう、慎重に本部へ運んでいました。ここが本部とのやりとりをする拠点だったのです。そこを任されていることは大変な誉であり、ここでの功績により、本部へと移動できる。そこで、司教様をお助けする、選ばれし司祭になるはずだった」
司祭の仄暗い目がより闇に染まる。
「けれど、目的のものはこことは違うルートで手に入ったようです。そして、もう、子どもを集める必要はない、と」
「神の力を持ったこどもが手に入った、ということですか?」
「ええ、そういうことでしょう。そして、私はこのまま、この田舎の村で司祭を続けることになりました。……ありえない。おかしい……。司教様のためにこんなに働いた私が、こんな田舎の村で一生を終えるなんて間違っている」
司祭はそう言いながら、がりがりと自分の頭を掻いた。
「わたしがどれだけの根回しをして、子どもを集めたか……! それが公に出ないようにこの村の子どもたちも閉じ込めました。すべては司教様のためだったのに……!!」
興奮した司祭の息が荒くなる。
「でも、やはり女神様は私を見捨てたわけではありませんでしたっ!!」
荒い息のまま、うっとりとサミューちゃんを見つめた。
「あなたです。エルフである、あなたがこの村へとやってきた……っ! 私はこのままここで朽ち果てていく身。ですので、最期は女神様に一番近い存在である、あなたと過ごしたい」
紅潮した頬と反対に、仄暗い目。
うん。なるほど。わかった。
「じぶんかって」
自分の出世のためにたくさんの子どもたちを犠牲にし、出世ができないとわかると、すべてを壊し、目の前に現れたサミューちゃんを手に入れようとする。
こうして、ぺらぺらと情報を話すのも、自分もサミューちゃんも死ぬと思っているからだろう。隠す必要がないのだ。
「うるさい! 獣人風情が!! まずはお前からだ!!」
司祭が私を指差す。
すると、ギギッと音を立てながら、リビングメイルが動き出した。
でも――
「りびんぐめいる、いやがってる」
――声が聞こえる。
『カエリタイ』って聞こえてくる。
「……むねのあついの、あつめて」
ムカムカする胸の奥。
あふれてくる熱いものを一つに練っていく。
そして――
「光になぁれ!」
――胸の熱さをそのまま、リビングメイルへ!
私から放たれた光がリビングメイルへと当たり、そのまま包み込む。
そして、リビングメイルはがしゃんっと音を立てて、地面へと崩れ落ちた。
「な……なんだこれは……。どうなってるんだ……っ! なぜだ……!? 獣人のこどもがなぜそのようなことができる!! 獣人は女神からもっとも遠い存在!! そもそも、エルフのこの方と一緒にいることも許せなかった!! 恥を知れ!!」
焦りからか、激昂する司祭。
それを見ていたサミューちゃんが冷たく言い放った。
「恥を知るのは、あなたです」
そして、グイッと弓を引く。
「レニ様の輝きがわからないのですか?」
そのまま放たれた矢は右肩の辺りに向かい、司祭の白い服を破った。
サミューちゃんならば、当てることができたはずだが、あえて外したのだろう。
「獣人だから、エルフだからと、先ほどから愚かな。女神に一番近いのはエルフであり、一番遠いのは獣人というのは人間が勝手に作った幻想にすぎない。果たして本当にいるかもわからない女神がなんだというのか」
サミューちゃんが冷えた目で司祭を見つめる。
「――レニ様が目の前にいるというのに」
司祭は初めて私の存在に気づいたかのように、目を丸くした。
「……まさか、そうだ……。いや、しかし……。でも、そうとしか……。そう、たしかに……」
ぶつぶつと呟く。
そして、身震いして叫んだ。
「そうか、お前か……! 年齢もその力も……!! その力は間違いなく……神の……!!」
私を見る目にさっきまでの嘲りはない。
まぁ、なんでもいいんだけどね。やることは一つなので!
「ねこぱんち!」
一気に飛んで、司祭の懐へと入る。
ぐっと握った拳をそのまま、下腹部へ! 射出角度は斜め45度!
「お星さまになあれ!!」
「うわぁああああ!!」
――キラン。
「よし」
地下室の天井に司祭の体の穴。
うん。きれいな流れ星が見えた。
「さみゅーちゃん、ここからでよう」
「はい!」
開けた穴から、地上へと跳び出る。
射出角度はばっちりだったようで、穴の開いた位置に建物はなく、だれにも迷惑をかけていない。
そして、こどもたちは無事、家に帰れたようで、教会の周りは村の大人たちが集まっていた。
どうやら、穴から出てきた私とサミューちゃんに気づいたようで、歓声があがる。
心配してくれていたようだ。
向こうから、こどもたちが走ってくるのがわかる。私はそれに大丈夫だよ、と手を振って――
「さみゅーちゃん、ほんぶにいきたい」
「はい、そうですね。こどもを集めることは終えたようですが、こどもたちはまだ帰ってきていません。目的のこどもを捕まえたというのも気になります」
「そうだよね」
「すこし部屋を調べてきます」
「うん。おねがい」
サミューちゃんが、穴から地下室へと戻る。
サミューちゃんなら、教団の本部につながるものを見つけてくれるだろう。
そうしていると、村の人が私を囲み、次々にお礼を言われた。
泣いている人もいっぱいいて、みんな家族と一緒になれて、よかったよかった。
そう思っていると、精神感応が聞こえてきて――
『レニ様っ! 急ぎ伝えたいことが!』
『なに?』
いつものサミューちゃんより焦った声。
どうしたんだろう? と精神感応に集中すると、もたらされたのは――
『司教の名は、ガリム・ガイラル。――ここの領主です』
――良くない知らせ。
ガイラル伯爵は、キャリエスちゃんを王都から連れ出し、領都へと迎え入れてくれた人物。
灰色の髪をオールバックにしていて、物腰は柔らかく、穏やかに笑う人だった。
それが……司教?
だとすれば、今、一番、危ないのは――
「きゃりえすちゃん」






