みんな倒しましょう
「あ、なんだ?」
そのとき、扉の向こうで声がした。
たぶん、見張りの男が、不審な気配を察知したのだろう。
このまま部屋に入ってきそうだ。
「みんな、あっちにかたまってて」
「「「わかった」」」
私の言葉に子どもたちが頷く。
子どもたちが壁際へ走っていくのを見ながら、私はぴょんと扉の横まで移動した。そして、蝶番の側へと立つ。この扉は押戸だったので、ここにいれば扉を開けて入ってきても視界に入らない。
子どもたちと私の移動が終わった瞬間、ガチャとドアノブが回り、扉が開いた。
「は……? なんだこれ、なにが……」
入ってきた男が言葉をこぼす。
たぶん、壁に埋まっている化石Aを見つけたのだろう。
私の正面に扉があるので、見張りの男の表情はわからない。けれど、ぽかんとしているのだと思う。声には困惑があった。
そのマヌケな声にくすくすと笑いが漏れて――
「くそ! だれだ!? 笑ったヤツは!!」
――見張りの男の怒声が響く。
どうやら、私の笑い声が聞こえたらしい。
うん。質問をされたので、ちゃんと答えたほうがいいよね。
「れにだよ」
最強四歳児の私です。
「ああ!? そこか!?」
見張りの男が、私の声の出所がわかったようで、乱暴に扉を閉めた。
これで、お互いにお互いの表情が見える。
うん。怒ってるね。
「てめぇ、チビ、こら、わかってんだろうな?」
見張りの男がわざとらしく、胸の前で右の拳を握り、左手に打ち付ける。
バチンといやな音。これは脅しだね。
「うっ……ひっ……」
その途端、壁際の子どもたちが怯えたように、肩を震わせるのが見えた。
「それがぱんち?」
はて? と首を傾げれば、男のこめかみにビキッと青筋が浮く。
「おまえ、いい加減にしとけよ! 売り物だからって容赦しねぇ!」
「うん。いいよ」
男が私を捕まえようと手を伸ばす。
私はそれをサイドステップで躱した。
「おしえてあげる」
そして、ぐっと拳を握る。
「ねこぱんち!」
右手を引いて、足を前後に開いた。
あとはそのまま、体重とともに、男の下腹部に拳を叩きつける。
「かせきになぁれ!」
「ガァア!?」
私のパンチを受けた男が悲鳴を上げながら、壁にめり込んでいった。
「よし」
これがパンチです。
「すごい!」
「やっぱり強い!」
「かっこいい!」
壁際に避難していた子どもたちが、一人目のときと同じように、私の元へと集まる。
なので、みんなを見上げて、こくんと頷いた。
「まだいる。たおしてくる」
隣の部屋が、男たちの待機場所になっているようだった。
あちらも全員倒してから、脱出したほうが安全だろう。
「そのまま、まっててね」
壁には化石AとBが並んでいる。
部屋に子どもたちを残して、私は廊下へと出た。
「このへや」
ここに来るまで、扉は三つしかなかった。一つはサミューちゃんが連れていかれた司祭の部屋。もう一つは私が連れていかれた牢屋。最後の一つに男たちがずらずらと入っていった。ので、ここにたくさんいるのだろう。
中の様子を探るために、そっと扉に耳をつけてみた。
「もうここもお払い箱らしいぞ」
「まじか、じゃあこれが最後の仕事か」
「どうすっかなー、次。こんなに楽で稼ぎのいい仕事はなかったのにな」
「送られてくる子どもを脅すだけで、いい金になったもんなぁ」
「出ていくなら、この村を襲っていくか?」
「だな。どうせこの村は共犯だろ。脅して財産出させてもいいし、子どもを人質にとってもいいしな」
「用無しなら、全員やってもいいだろ」
「たしかに」
聞こえてきた会話から、どうやらこの地下室と村の役目が終わったことがわかる。
そして、最後にこの村からすべてを奪い取るつもりのようだ。
脅されて怯える子どもたち。震えていた親。
眠り薬の入ったシチューはとてもおいしかった。
今、静まり返った村だけど、ここに日常があったことはわかる。
それを壊したのは――
「きたよ」
扉を開けて入る。
中は20畳ぐらいかな? 結構広い。中央付近に大きな机とたくさんのイス。壁際にはベッドが並んでいた。
「ああ? だれだ?」
中にいた男たちが一斉にこちらを見る。人数は十人ぐらいかな。
子どもたちと一緒に閉じ込めていたはずの私だったから、驚いたのだろう。
「おいおい、運んだヤツと見張りはどうしたんだ」
「逃げられてるじゃねぇか」
「ガキのお守りもできねぇのか、あいつらは」
男たちが顔を見合わせて、やれやれと肩をすくめる。
そして、一番近くにいた男が私に手を伸ばした。
「ほら、お前はこっちに――」
「ねこぱんち!」
――ズシャッ!
「よし」
「は?」
「あ?」
「え?」
壁にめり込んだ男と指さし確認する私。
部屋の中にいた男たちは交互に見ると、少し経ってから、ようやく現状を理解したらしい。
イスに座っていた男たちが、ガタッと音を鳴らして立ち上がった。
「ガキが!」
「舐めやがって!!」
「くそ!」
「そっちから行け!!」
「待て待て! 獣人は力が強い、今の見たな!?」
殺気立つ男たちはそのまま私の元へ来るかと思ったが、それを一人の男が止める。
「すぐに突っかかるな!」
そして、私を見ながら、そっと周りの仲間に耳打ちをした。
「……こちらにおびき寄せろ。力が強くても、まだ子供だ」
「そうだな……」
「良心に付け込め」
――全部聞こえてるけどね。
「俺たちを倒しにきたのか?」
「違うんだ。俺たちは無理やりに」
「こいつは足を痛めてるんだ」
男たちの悲痛な声。
そして、一人の男がこっちだ、と手招きをした。
中央のテーブル。イスに座って、苦しそうに右足を触っている。
「この足のせいで、まともな職業にはつけない。仕方ないんだ。わかってくれるだろう?」
その手招きに従って、とことこと近づく。
男たちが私との距離を測っていることはわかったが、気にせずまっすぐに歩いた。
「そうだ、な? こっちに――っ!!」
「じゃんぷ」
足を痛めたと言っていた男が私を捕まえようと、前屈みになる。
私はそれを避けるように、すばやく跳び上がった。
「ちゃくち、よし」
そして、着地したのは中央の大きなテーブルの上。
部屋のちょうど中心だ。
「ハハッ! 自分から捕まえやすくなるなんてな!」
「チビなお前は、台に載ったほうが、捕まえやすいんだよ!」
背が高い大人が、背が低い私を捕まえようとすると屈まなくてはならない。
そうすると、体勢が崩れるし、足元を動かれると捕まえにくいのだろう。
テーブルの上に載った私を見て、男たちは一斉に笑った。
ちょうど、立ったまま手を伸ばすだけで私が捕まえれるから。
「バカが!!」
「よし、捕まえろ!!」
「抑え込め!!」
私を捕まえようと四方から伸びてくる手。
その手に捕まる前に、私はテーブルの上でぐるんと一回転した。
「ねこのしっぽ、せんぷう!」
しっぽは私と一緒に回転し、私に手を伸ばすために体をテーブルへと傾けていた男たちの顔に当たる。
――バシバシバシッ!!
一回転で、五人に当たった。そして、しっぽで弾いた男たちが壁に向かって跳んでいく。
さらに、回転で加わった風がそのまま他の男たちを吹き飛ばし――
「ぐわぁ!」
「あがっ!?」
「ヒギィっ!?」
全員まとめて!
「かせきになぁれ!」
――グシャァア!!
「よし」
男たちは四方の壁にしっかりと埋まっている。
それを確認すると私はその部屋を出た。
そして、子どもたちが待つ部屋へと行き、みんなを家へと帰す。
「ここまっすぐ。かいだんわかる?」
「うん! 朝にいつも使ってるから」
毎朝のお祈りのときに会っていたと言っていたから、子どもたちは仕掛けによって地下室から教会へと行く道はわかるようだ。
子どもたちは八人。全員が階段を登るのを廊下から確認する。
すると、突然、ガタンっと建物全体が揺れた。
「じしん?」
そして、さらにガタガタとなにかが壊れていく音。そして、揺れが大きくなっていく。
すると、子どもたちが上がった階段が壊れた。
「あっ!!」
「だいじょうぶ?」
「こっちは大丈夫! でも早く来ないと君が……!」
一番大きな子が、ほかの子どもを庇いながら、階下にいる私に声をかける。
私は階段が落ちた場所まで行き、頭上を見上げた。
教会の床も閉まっていっているようだけど、まだ隙間はある。【飛翔】すれば抜けられそうだけど……。
『レニ様っ! 申し訳ありません、人間の男が仕掛けを作動させましたっ』
『しかけ?』
『はい、あの街長が使っていたものと同じ、地下の構造物を壊すものです』
『わかった』
『すぐに救助に参ります!』
『ううん。こっちはだいじょうぶ。さみゅーちゃんは?』
『こちらは大丈夫です。どうやらこの部屋は破壊されないようで』
『じゃあそのままいて。れに、すぐにいく』
サミューちゃんからの【精神感応】。
おかげで状況がわかった。
スラニタの街の長、シュルテム。その屋敷の地下室にも壊れる仕掛けがあった。あの赤い水晶。どうやら、この地下室も壊せるようになっていたようだ。
一人でなるほど、と呟く。
すると、頭上から焦った声が聞こえて――
「あぶないよ!!」
「はやく!!」
それは助けた子どもたち。床の隙間から必死に手を伸ばしてくれていた。
でも、私はそれに首を振る。
「だいじょうぶ。あぶないから、て、もどして」
挟まれたら大変だしね。
私にはまだ、やることが残っている。
「みんな、いえにかえってね」
閉じていく床と落ちる階段、そして、崩壊していく廊下。
私はその中で、笑顔で手を振った。






