レニは天才
一波乱あったお茶会が終わり、夜になった。
赤い髪の騎士、ピオはリビングメイルの発生源や周囲の探索をしたが、思ったような成果はあげられなかった。
とにかく、周囲にほかのリビングメイルは見つからなかったため、キャリエスは市長のトーマスの家へと泊まることとなった。
本来の旅程では一泊して、すぐに領主のガイラル伯爵とともに一番安全だと思われる領都へと旅立つはずだった。
しかし、ドラゴンとリビングメイルに襲われた状況を鑑み、ガイラル伯爵は一度領都へと戻り、警備を増やし、キャリエスを迎えにくることとなった。
それまでの警備は現在の人数で回すことになるが、そこにレニとサミューも加わる。そうすれば安全だろうという判断だ。
現在、トーマスの家へと泊まっているのは、レニ、サミュー、キャリエス、ピオ、そして侍女三人と警備の兵士たち。
トーマスは笑顔でそれを受け入れ、ガイラル伯爵はリビングメイルの事件のあと、すぐにレオリガ市を立った。
「今日はいろいろありましたわ……」
キャリエスはすでに寝支度を整え、ベッドへ入っていた。
その手に握られているのは金色の丸い鈴。レニからもらった【察知の鈴】だ。
仰向きだった体を動かし、横向きへと変える。そして、そっと手を開いた。
「……かわいい」
キャリエスは自分の頬が緩むのを感じた。
それも仕方がない。キャリエスにとって、それは初めてのことだったのだ。
「お友だち……と言ってもいいのでしょうか……」
ぼそりと崩した言葉に返答はない。
寝る前に侍女とは話し、侍女たちはレニが友だちであろうと伝えていたが、いまだにキャリエスにはその自信がなかった。
「あんなにかわいくて……強くて……かっこよくて……。そんな子が私と友だちだなんて……」
嫌ではないだろうか。迷惑ではないだろうか。
キャリエスが心配しているのは、自分の心がレニの迷惑になること。
厄介者の第二王女。地味で弱いと感じているキャリエスは、邪魔者になることが最もつらかった。
「王都にいたほうが良かったのでしょうか……」
元々、王都にいたキャリエス。王都から離れたのは、兄である第一王子が立太子の儀式をすることになったからだ。
立太子の儀式は盛大に行われる。王都には人が集まり、王宮自体も人の出入りが激しくなる。そうなると、キャリエスの身はこれまでよりも危険になることが予想された。
さらに、立太子の儀式には他国の位が高い者もやってくる。キャリエスは王族の一員として参加できるはずだが、キャリエスはそこで問題が起きるのを嫌った。兄の邪魔になることが嫌だったのだ。
家族は警備を強化することや、キャリエスを邪魔と思っていないことを何度も伝えたが、キャリエスは王都から離れることを選んだ。
けれど、そのせいでドラゴンやリビングメイルに襲われてしまった。果たして、キャリエスの選択は正しかったのか……。
キャリエスはぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「……わたくしは、わたくしのできることをやるまでです」
いつだって選択に自信はない。
けれど、キャリエスはそう言って自分を鼓舞してきた。
期待外れだと陰口を叩かれても、その陰口を言っていた人が目の前でにこにこ笑いながらお世辞を言ってきても。いつも周りを警戒し、王女として矜持だけは失わないように。
そんなキャリエスを支えてくれる者もできた。
しかし、信じられる者はわずかしかおらず、気づけば内に内にこもってしまう。
だから――
「レニ……」
その名を呟けば、キャリエスの胸はぽっと温かくなった。
眉間のしわもゆっくりとほどけていく。
「……王都を出なければ会えなかった」
選択に自信はない。
だが、それを考えれば、自分は素晴らしい選択ができたのだ、と自然に思えた。
「……レニ」
もう一度、呟く。
やはり胸は温かくなった。
「レニ」
もらった鈴をぎゅっと握って。
――出会えてよかった。
「レニ」
金色の丸い目。銀色の髪がさらさらと揺れ、ふふっと笑う。
その笑顔を想像すれば、キャリエスの胸から不安が消えていって――
「明日は……なにをしたら楽しいでしょうか……」
レオリガ市を立つまではレニがいてくれる。
その間にまた楽しいことができればいい。
「レニ……」
ゆっくり目を閉じる。
温かい胸に安心して身を委ねれば、ゆっくりと意識が沈んでいった。
手に握った鈴が鳴ることはない。
キャリエスは久しぶりにぐっすりと眠れた。






