キャリエス・フィーヌ・ランギルオーザ
お茶会に行くことにしたので、さっそく手紙を書いた。
王女様とは違い、私は丁寧な文章は書けないので、簡潔にお礼と参加の意思を伝えたものだ。
それをサミューちゃんが市庁舎まで持っていってくれて、そこで場所や時間なども聞いてきてくれた。
というわけで。
「さみゅーちゃん、ここ?」
「はい。本日のお茶会はここの市長宅で行われるようです」
レオリガ市についた翌日。
宿屋で一泊した私たちは、市長の家の前に立っていた。
私はすでに【猫の手グローブ】をつけ、猫獣人となっている。変装ばっちり。
それにしても……
「おおきいね」
私は市長の家を見上げて、ほぅと息を吐いた。
レオリガ市自体が、私が知っている村、街の中で一番大きい。やはりその市長ともなると、お金があるのだろう。
敷地全体を背の高いレンガの塀がぐるりと囲み、おしゃれな意匠の鉄でできた門。そこから中を窺えば、きれいに整備された庭とその奥に三階建てぐらいの大きな家が見えた。スラニタの街長の家も大きいと思ったけれど、なんていうか品? 風格? が違う。ゲームでも街のマップでこれぐらいの大きな家があり、探索できたときもあったけれど、実際に見るとこんな感じなんだなぁ……。
一人でじーんと感動して、思わずくすくすと笑ってしまう。
「こちらへ」
私が一人で笑っている間に、サミューちゃんと門番の人がやりとりをしてくれたようで、二人立っていたうちの一人が案内をしてくれる。
そうして、庭を進んでいくと――
「っ!! こ、こっちよ!!」
小さい子特有の高い声。怒っているような声にそちらを向けば、思った通りの人物がいた。
茶色いふわふわの髪を二つに結んだ女の子。赤いドレスがとってもよく似合っている。
サミューちゃんの話によると、この国の一番下の王女様だ。
「あなたの話は聞きましたよ」
「ドラゴンから救ったのが、こんなに小さなお嬢さんだとは!」
王女様の隣に立つのは二人。一人は灰色の髪をオールバックにした、優しい表情をした壮年の男性。もう一人は白い髪に白い髭のサンタクロースみたいな高齢の男性だった。
この二人の片方が領主で、片方が市長ということだろう。
……察知の鈴は鳴っていない。
とりあえずは、大丈夫かな?
「さみゅーちゃん」
「はい。……では行きましょう」
サミューちゃんと目配せをして、ゆっくりと近づいていく。
王女様の後ろには昨日と同じように、制服をきた女性が三人いて「がんばってください!」とそれぞれが声援を飛ばしていた。
王女様と男性二人の前までやってきて、お互いに向かい合う。
すると、王女様は、ぐっと拳を握ったあと、一歩前へ出た。
「……あ、あの! 本日は来てくださり、うれしいですわっ!」
「うん」
「昨日のことも本当に感謝していますっ……。そして、お茶会が本日になってしまい申し訳ないと思っています」
「ううん。だいじょうぶ。おてがみくれたから」
さすがに昨日、お茶会をするのは無理だったのだろう。レオリガ市に到着して、ドラゴンに襲われたことや私に助けられたこと、そして私を招待してお茶会をしたいことなどを話せば、それはそうだ。むしろ、今日できているのがすごいと思う。
夕方には私たちを探す兵士が宿屋にいたしね。
なので、大丈夫だと伝えれば、王女様はほっと安心したように、握っていた拳を緩めた。
「よかったですわ……。もしかしたら、もう会ってくれないのではないか、と……」
「れに、おちゃかい、たのしみだったから」
「あ! わ、わたくしもですわ……っ!」
王女様の茶色い目を見つめて伝えれば、王女様の頬がボッと赤くなる。
そして、またぎゅっと拳を握った。
すると、後ろから声が聞こえてきて――
「殿下っ……ここです、ここで自己紹介です!」
「いけますよ!」
「ファイトです!」
「わ、わかっていますわ!」
王女様はパッと後ろを振り向いて、制服の女性たちに頷く。
そして、私へと向き直ると、スカートの裾を持って、そっと目線を下げた。
「わたくしの名前はキャリエス・フィーヌ・ランギルオーザ。ここランギルオーザ国の現皇帝ジュリオスの第三子にして、第二王女です」
王女様はそう言うと、体がスッとお辞儀のように下げられた。でも、お辞儀のように腰を曲げて頭を下げてはいない。体の軸にブレはなくて、上半身はきれいな姿勢のまま。たぶんスカートの下で膝を曲げながらも、バタバタした動作にならないよう器用にコントロールしているのだろう。
これはゲームで見たことがある。お姫様とか、上品な人たちがやる挨拶だ……!
茶色の髪がふわっと揺れ、ドレスの裾がきれいに広がる。
「すごい! きれい!」
その姿がとっても素敵で、思わず拍手をする。
今の私は猫の手になっているので、キュムキュムと音がした。
「わ、わたくしは、きれいではありませんわっ!」
心からの言葉だったのに、王女様は慌てて私の言葉を否定した。
せっかくきれいな挨拶だったのに、それもやめてしまって、ちょっと残念。
「れに、とってもきれいだとおもった」
「……っ!」
「あのどうさ、すぐにできないとおもう。すごいとおもった」
「っ……!」
私がそう伝えると、王女様は茶色の目をまんまるにして、頬をまたボッと赤くした。
「れに、きれいなあいさつはできない」
「そんなことはいいんですの! あなたは、とってもとってもきれいですわ!!」
王女様はそう言うと、優雅にスカートを持っていた手を離し、胸の前で組んで叫んだ。
すごく真剣に叫ぶから、面白くなって、ふふっと笑ってしまう。
私はそのまま王女様に近づくと、胸の前で組んでいた手に、自分の手を重ねた。
「れにだよ。よろしくね」
「レ、ニ……。あ、名前を呼んでもいいんですの?」
「うん」
「あの、では……わたくしのことは……呼びたくないかもしれませんが……」
王女様の茶色い目が不安そうに揺れる。
これは前もそうだった。凛としていてしっかりしているように見えるのに……。
なので、安心させるように頷いた。
「それは、れにがきめる」
「はい、そうでしたわね」
そう言うと、王女様は何度か目をさまよわせたあと、意を決したように叫んだ。
「あ、あの……っ……! その! ……キャリエス、と!」
「うん」
「キャリエスと呼んでほしいんですの……っ!!」
王女様はそれだけ言うと、ぎゅっと目を閉じた。
私が包んでいる王女様の両手にも力が入っているのがわかる。
すごく緊張しているのだろう。
だから、私はその緊張をほどくように、包んだ手にそっと力を入れた。
「わかった」
私の行動と声に、王女様の茶色い目が恐る恐る開かれる。
その目をまっすぐに見つめて――
「たのしいおちゃかいにしよう」
ね。
「きゃりえすちゃん」






