任務完了しました
地下室を出て、廊下を歩く。廊下の先の突き当たりには、らせん階段がついていた。登っていくと、シュルテムの私室に出る。
私室には質の良い家具とふかふかの絨毯が敷いてあった。……うーん。街長の割にはお金がかかりすぎな気もする。そこかしこに金飾が施されているし、置かれている調度品もなんだか無駄にピカピカしている。わかりやすく成金という感じだ。
私が無駄にピカピカした部屋を眺めていると、サミューちゃんは窓の前に置かれた机へと近づいていった。そして、机の一番上の引き出しに手をかける。
たぶん、そこに決済印があるのだろう。けれど、引き出しはガタッと音が鳴ったものの、開くことはなかった。
「鍵がかかっていますね」
「れにがあけるよ」
おまかせあれ、と胸を叩いて、机へと近づく。そして、【猫の手グローブ】の爪を鍵穴に入れた。
「あんろっく」
その声と同時に鍵穴がカチリと鳴る。
「さみゅーちゃん、あいたよ」
「すごい、です……。レニ様は本当になんでもできるのですね。ありがとうございます」
サミューちゃんは感心したように息をほぅと吐くと、引き出しを開けた。開いた引き出しを私も覗きこむ。すると、そこには何枚かの書類、いくつかの印、そして、不思議な赤い水晶の球が入っていた。
「さみゅーちゃん、これなに?」
赤い水晶を指差し、サミューちゃんを見上げる。
サミューちゃんも赤い水晶が気になっていたようで、不思議そうに首を傾げた。
「これは魔法の道具ですね……。手に取っても大丈夫だと思います」
サミューちゃんが赤い水晶を手に取る。
そして、じっとその水晶を見つめた。すると、サミューちゃんの碧色の目がきらっと光って――
「今、魔力を流して調べてみました。どうやら、これはスイッチのようなもので、どこかに合わせることで稼働するようです」
「すいっち……。あ、あそこかな?」
きょろきょろと部屋を見渡す。すると、金色にぴかぴかした部屋の中に一か所だけ赤い光があった。
見つけたのは地下室から上がって来るために使ったらせん階段の出口。その壁に石がはめ込まれ赤く光っている。赤い石に囲まれた中央は窪んでおり、赤い水晶がちょうどはまりそうだ。
「そうですね。すこし調べてみます」
「すいしょう、れにがもつ」
「ありがとうございます」
サミューちゃんから赤い水晶を受け取る。サミューちゃんは私に赤い水晶を渡したあと、赤い石の壁に近づき、手を当てた。また碧色の目がきらっと光ったから、魔力を流しているのだろう。
そうして、調べていたサミューちゃんだけど、数秒経つと、サミューちゃんの顔がみるみる曇っていった。
「……レニ様。これは地下室に続く通路を壊すための仕掛けのようです」
「つうろをこわす?」
「はい。……女性を集め、地下室へと閉じ込める。……もし、なにかあれば、そのまま通路を閉ざし、なにもなかったことにする……。きっとそういうためのものです」
ぎゅっと眉間にしわを入れ、不快そうにするサミューちゃん。それでも、四歳児である私にもわかるよう、できるだけ感情を抑えた声で教えてくれた。
私はそんなサミューちゃんの説明になるほど、と頷いた。
スラニタ金融を使い、女性を集めていたシュルテム。当たり前だが人身売買が違法であり、露見するとマズいことはわかっていたのだろう。
だからこそのこの装置。
もし、自分に不利なことが起きるようなら、すぐに通路を崩し、女性たちをそのまま埋めてしまうつもりだったのだろう。
地下室に閉じ込められた女性たちは助けを呼ぶこともできず、そのまま土に埋められ、だれにも探すことはできない。
都合よく使い、都合よく処理する。それがシュルテムのやり方。
ならば――
「じぶんのつくったしかけだから」
赤い石に囲まれた中央の窪み。大人の腰ぐらいに作られた高さなので、私でも手が届いた。そこに赤い水晶をはめる。
瞬間、赤い光が強くなり、ゴトゴトとなにかが動き――
「かせきになぁれ!」
私の声とともに、赤い光が一気に輝く。時間にして数秒。赤い光はあっという間に消え、らせん階段があったはずの通路がなくなっていた。
シュルテムは今は地下室の壁に埋まっている状態。自力では脱出できないが、地下室への通路さえあれば、だれかに見つけてもらうこともできただろう。
でも、その通路は自分の作っていた仕掛けによって、閉ざされた。まったくもって自業自得!!
ふんっと鼻から息を吐く。
そして、数秒後……。
「また……やってしまった……」
はっと気づいた。
シュルテムは腐っているが街長。街長は街を治める人……。化石にしちゃダメなんじゃないかな……?
私はいつもそうだ。後先を考えない。
「さみゅーちゃん、……このあと、どうするよていだった?」
私のせいで、計画が狂ってない?
恐る恐るサミューちゃんを見上げる。
すると、サミューちゃんは私の予想とは反対に怒ったり、びっくりしたりする様子はなく、力強く頷いてくれた。
「この後は、まずはこちらの書類に決裁印を押し、女性たちを自由の身にします。すでに人身売買の証拠、裏金、街長としての背任についての書類は国と領、市へと送っていますので、動き始めているはずです。シュルテムはすぐに懲戒となり、新しい街長が選ばれる手筈です」
「うん」
「また、スラニタ金融でのレニ様の活躍の跡を見ましたので、もし、シュルテムがいなくなったとしても、問題のないように辞任の書式も作ってきました」
「……しゅるてむ、いなくなってもこまらない?」
「はい。悪事の露見を恐れ、自ら街から出た形として処理できます」
……サミューちゃん!!
頼りになる……! すっごく頼りになる!!
「さみゅーちゃん、すごいね!」
「もったいない言葉です……」
尊敬を込めて見上げると、サミューちゃんが照れたように頬を赤くする。
そして、ぼそりと呟いた。
「それに……レニ様の顔を見ましたからね。レニ様がやらなくても、どのみち……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。作業をしますので、少しお待ちください」
「うん」
サミューちゃんはそう言うと、机へと戻り、持ってきていた書類に決裁印を押していった。
これで女性たちは書類上も問題なく自由となり、今後なにか言われることもないだろう。
「ではレニ様、参りましょう」
「うん」
作業を終えたサミューちゃんが机の上に何枚かの書類を置き、それを重りで押さえる。そして、私に向かって手を広げた。
これは『おいで』の合図である。どうやら抱っこをしてくれるらしい。
私は装備していた【猫の手グローブ】と【羽兎のブーツ】をアイテムボックスへしまうと、フードを深く被った。
……フードを被らないと、サミューちゃんが気を失ってしまうからね。
そうして準備万端になった私は、サミューちゃんへ飛びつく。
「さみゅーちゃん、だっこはなれた?」
「うっ、うぐく……そうですね、はい。姿が見えない状態であれば、この愛しさもなんとか……」
私をそっと抱きしめたサミューちゃんは深呼吸を何度かしたあと、窓へと近づいた。どうやら窓から脱出するようだ。
「これでこの街と一帯の村も平和になるでしょう」
「うん。これでぱぱもままもあんしんだね」
私が旅に出たあとも。
父と母ならば、末永く仲良く暮らしていけるだろう。
「にんむかんりょう!」
サミューちゃんに抱っこされたまま、ビシッと敬礼。
――レニ・シュルム・グオーガ(3)。第一目標を達成しました!






