事情聴取は忘れずに
私のパンチが入った途端に、吹っ飛んでいく街長シュルテム。
シュルテムは地下室の壁にぶつかると、そのまま埋まった。
サミューちゃんを変な目で見るからだ。
ふんっと鼻を鳴らす。すると、サミューちゃんが後ろからおずおずと私に話しかけた。
「れ、レニ様、そこにいらっしゃいますか?」
「うん。いる」
「あの……地下道の中で話したことを覚えていますか……?」
「……はなしたこと」
サミューちゃんの言葉に、ほんのすこし前。地下室に向けて、地下道を掘っていたときの話を思い出す。
『レニ様。地下室へはシュルテムとシュルテムと本当に近しい使用人しか入りません。使用人は夜間の出入りはしませんので、地下室で出会う男はほぼシュルテムだと思っていただいていいかと思います』
『うん』
『私はシュルテムの顔がわかりますので、シュルテムがいれば、あえて名前を呼ぶなど、レニ様に伝えられるようにしますので安心してください』
『わかった』
『それと、できればシュルテムから情報を引き出したいと思います』
『でも、さみゅーちゃん、いっぱいじょうほうあつめてくれた。しゅるてむ、わるい。ぱぱとままのくらしのため、たおす』
『はい。もちろんそれは賛成です! ただ……その、こどもを買い集めて、どこかへ売っていたというのが気になるのです。売り先の情報、なぜこどもを集めるのか……、できれば知っておいたほうがいいのではないか、と』
『わかった。じじょうちょうしゅ、する』
……思い出した。
「ふわぁあ……」
そして、同時に自分がやらかしてしまったことにも気づいた。
やってしまった。事情聴取をするはずが、問答無用で化石にしてしまった……!
「……ぜつぼう」
私はいつもこうだ……。ゲーム内でもそうだった。魔物の討伐依頼やイベントなどで、攻略ターン数が指定されているもの。そういうもので、私は失敗しがちだった。5~10ターンとわかっているのに、なにも考えず2ターンで倒して、イベント失敗したことが何度あっただろう。そして、また今も……。
「さみゅーちゃんのこと、へんなめでみてた。がまんできなかった……」
シュルテムの台詞を最後まで聞きたくなかった。静かにしてもらおうと思ったら、パンチをしていた……。
「ごめんね」と謝ると、サミューちゃんはブンブンと首を振り、その場で片膝をついた。
「いえっ、そんな……! 情報なんてどうとでも手に入りますので……! それに、その……レニ様は、私を……私のことを、思ってくださったのですよね?」
「うん」
「んぐっぅ」
こくりと頷くと、なぜかサミューちゃんは胸を押さえて、小刻みに痙攣させた。
「レニ様が私のことを……っ、んぐぅ、なんて尊い……っ」
サミューちゃんの姿を見て、私はそっと、両手をフードへと持っていく。……ほら、今、もし、万が一にフードが外れたら、サミューちゃんが気絶しちゃうと思う。私の声だけでこうなってしまったのだから。。
「レニ様の尊さの前では情報など塵と同じ!」
「さみゅーちゃん……」
落ち着いてほしい。情報は塵と同じではない。
「シュルテムから情報を得なくても、私が調べますので!」
「でも、しゅるてむにもききたかった?」
「いいえ!」
いいえではない。元気に否定の返事をしてくれたけど、絶対に違う。
シュルテムからの情報だって大切なはずだ。
でも、今は壁に埋まって化石になってしまったわけで……。
「そうだ」
思いついた! いいこと!
「あいてむぼっくす」
呟くと現れるアイテム一覧。私はそこから見覚えのあるアレに視線を移して――
「けってい」
言葉と同時に、胸元にドッと重みがかかった。
それを両手で受け止める。手に持ったのは――【回復薬(神)】!
「レニ様?」
「しゅるてむ、おこす」
壁に埋まったシュルテムに近づき、瓶のふたを開ける。一歳児だったころは苦労をしたが、三歳児でかつアイテムを装備している私に死角はない。
簡単にふたを開けると、中身をバシャーっとシュルテムへとかけた。
そう! ゲームの中で学んだ。イベントを失敗したときは、もう一度挑戦すればいい。そして、化石は復元できる。
「えっ!? えっ!?」
突然、水浸しになったシュルテムを見て、サミューちゃんが焦ったように声を上げる。
そして、今までぴくりとも動いていなかったシュルテムが「ううっ」と呻き声を出した。
「これは……」
「かいふくやくだよ」
「回復薬……? こんなにすばらしい効能のものが存在するなんて……」
サミューちゃんが絶句している。
うん。さすが【回復薬(神)】。本当は内服するものなのに、外からかけただけで効果がある。父で実証していたとはいえ、シュルテムにも効いてよかった。これで事情聴取ができる。
「なんじゃこれは……どうしてこんなことに……」
「わたしのぱんちがあたったからだよ」
「だっ、だれじゃ……!? どこにいる!?」
「ここ」
目を覚ましたシュルテムの声に応えながら、フードを外す。これで私の姿が見えるようになったはずだ。
壁に体が埋まっているシュルテムは動けないだろうし、私の場所がわかったからといってどうということはない。こどもの話を聞くために、姿を現したほうがいいだろう。
「は……? 猫獣人のこども……?」
「どうして、こどもをあつめて、うったの?」
「なっなんのことを言っているんじゃ!?」
「無駄な言葉は喋らないで下さい。あなたがこどもを買い集め、そこからどこかへ売ったことは、調べがついています。自分の現状を鑑みて、質問に答えることだけに集中しなさい」
「……くっ」
しらばっくれようとしたシュルテムに、サミューちゃんが冷たい声でなじる。
シュルテムは悔しそうな顔をしたが、まったく動くことができないことに反抗する心もくじけたのだろう。小さな声でゆっくりと話し始めた。
「……依頼されているんじゃ」
「いらい?」
「……ちょうど、お前ぐらいの年齢じゃ。そのこどもを集めろ。……とくに外見に特徴があるものや、才能に秀でたものを、とな」
「依頼主は?」
「……くわしいことは知らぬ。だが、他の大きな街の街長からの紹介じゃ。売れば金になるし、顔も広くなる。……儂はこんな街長で終わるような器じゃない! もっと上に行けるはずなんじゃ!!」
これまで静かにしゃべっていたシュルテムが突然吠える。
「お前らにはわからないじゃろう!? どんなに街を発展させても、しょせんそこまで。それより上は王都でコネを得た官僚や、なんの能力もない貴族たちが悠々とその位に収まるんじゃ! 儂が上に行くには、これしかなかった!!」
「自分の治めるべき街や村のこどもを安く買い叩き、ときには攫う。毎夜、かわいそうな女性たちを虐げることしかできない者が、上に行ける器ですか」
「うるさいっ! 儂は街長じゃ! 一番偉いのだから、それぐらいは当然じゃ!!」
「……愚かですね」
サミューちゃんが興味なさそうに、視線を外す。
そして、私に「ありがとうございます」と礼を言った。
「手を尽くしていただいたおかげで、情報が集まりました。この男が情報を持たないほうが安全だと判断したということは、なにか大きなものが動いている可能性があります。また売買されるこどもの条件がわかったことと、それがこの街だけではない、ということもわかりました」
「うん」
「この男の決裁印が欲しいのです。そうすれば逃がした女性たちは完全に自由になり、この男も自ら街長を辞したことにできます」
「わかった」
「この部屋を出て、廊下を進み、階段を登ればこの男の執務室と私室に繋がります。決済印は私室に保管されているので、そちらへ移動しましょう」
「あ、ちょっとまってね」
部屋から出ようとするサミューちゃんを止めて、地下室までつなげた地下道をのぞき、耳を澄ませる。
「けはい、なし。 あしおと、なし」
逃げた女性たちは無事に地下道を使って街の外へと出られたようだ。
地下道にはだれもいない。なので――
「ねこのつめ!」
右手と左手。両方の爪を出し、地下道に向かって袈裟斬り!
爪で切り裂かれた十本の風は、土の壁に当たると周囲を崩しながら、進んでいった。ズゴゴゴゴと音とともに埋まっていく地下道。思ったより大きい音が出てしまったけど、まあしかたない。
「しょうこいんめつ、よし」
地下道の指差し確認。そこにあるのはただの土の壁だ。
「おまたせ。いこう」
サミューちゃんの元へ急ぐ。
すると、一連の行動を見ていた、シュルテムが叫び声を上げた。
「待て……待つんじゃ! ……待ってくれ!!!」
必死な声。無視してもいいんだけど、ドアから出る前にすこしだけ振り返る。目が合った途端、シュルテムはゴクッと唾を飲みこんだ後、無理やりに笑顔を浮かべた。
「なあ……なあ、お嬢ちゃん」
シュルテムが猫なで声で私を呼ぶ。
「お嬢ちゃんはとっても強いんじゃな。おじさんはびっくりしたぞ。どうじゃ? おじさんと一緒に、贅沢をして暮らすのは?」
「ぜいたく?」
「そうじゃ。なんでも買ってやるぞ。お菓子をいくらでも食べていいし、おもちゃも用意する。きれいな服もアクセサリーもやろう。お嬢ちゃんはとっても強いから、人と戦ったりしたいんじゃないか?」
「たたかう?」
「そうじゃ! 用意するのは人間の男がいいか? それとも違う種族がいいか? なんでもいいぞ。お嬢ちゃんが欲しいものを全部やる! お嬢ちゃんはなんにもしなくていいんじゃぞ」
私が返事をする度に言い募るシュルテム。
たぶん、私が興味を持ったと思って、必死にアピールしているんだろう。シュルテムのそばにいるとどんなに楽か、どんなに簡単にいろいろなものが手に入るか。
なんでもあげる。なんでももらえる。
それはたしかに、魅力的な言葉に思える。でも――
「ひとからもらってもうれしくない」
ね。
「れに、つよいから」
最強三歳児なので。
「ほしいものは、じぶんでてにいれる」
全部。私が、この手で。
「ばいばい」
シュルテムに背を向け、ドアを開ける。
背後では必死で壁から抜け出そうとするシュルテムの気配がするが、あれだけ埋まれば、一人で抜け出すのは無理だろう。
「待て……! 待ってくれぇ……待つんじゃ……っ!! 頼む――」
バタンとドアを閉めれば、それきりシュルテムの声はしなくなった。
――さあ、最後の仕上げです。






