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おまかせあれ

父は私と目が合うと、できるだけ笑おうとしたのだろう、口元をちょっとだけ上げたあと、すぐに目を閉じる。

 そんな父の様子に、私は興奮を一度置いて、その顔をじっと見た。


 ――父の容態は私が生まれてから、どんどん悪くなっている。


 父は私が生まれたときは元気だったし、まだ動けない母と私を気づかって、せっせと働いていた。腕のいい猟師らしく、やれ大きい魔物を狩っただ、いい肉が手に入っただと言っては、母に「あらあら」と笑われていたのだ。

 でも、私が生まれて一か月ぐらいに魔物の狩りに失敗したらしい。

 これまで元気だった父は床に臥せるようになり、代わりに母が働きに行くことが多くなった。

 私はまだ赤ちゃんだったが、そこは前世はひきこもり女子高生。たぶん普通のこどもを育てるより、簡単だったであろう子育ては、父がなんとかしてくれていた。

 そして、私ももう一歳。父の容態は軽快することなく、むしろ悪化していることが見てとれた。

 母は父に薬を買うため、家族を養うため、朝から夜まで働きづめだ。朝早く起きて、村のパン屋を手伝いに行く。帰ってきて、朝食を作り、父と私に食べさせたあとに洗濯。畑の手入れをしたあとは、早めの昼食を作り置いて、自分はすこし遠くの街まで徒歩で行き、そこの宿屋で夜遅くまで働いて帰ってくる。

 正直、こんな生活を続けたら、次は母が倒れてしまうと思う。

 というわけで。


「せいかちゅ、と、とにょ、えりゅ」


 生活を整える、ね! 生活を整えるって言ったから!

 旅に出る前に、父と母が仲良く平和にほのぼの暮らせるような環境を整えたい。

 そして、安心して私は旅に出るのだ。

 そうと決まれば、どうやって環境を整えるかだが、それは一歳にして最強の私にかかれば、造作もない。


 ・父にこっそり【回復薬(神)】を飲ませる

 ・畑にこっそり【肥料(神)】を撒く


 完璧である。

 これまではステータスを出せず、歩行訓練と、発語と発声練習に日々を費やしていたが、こうしてステータスを出し、アイテムボックスも使えるようになった私に敵はない。

 【回復薬(神)】はどんな状態異常も治せるし、体力値が1になっても、全回復できる。ゲーム内の回復薬のアイコンは瓶で、使用モーションはそれを口に運んで飲み干していたから、この回復薬を父に飲んでもらえば、すぐによくなるだろう。

 問題があるとすれば、私はこの力をあまり人には見せたくないということだ。

 これまで父母と暮らしていたが、父も母も『ステータス』なんて言ったのを見たことがない。もちろん二人が家で使えなかっただけかもしれないが、ステータスやアイテムボックスが使えるのは自分だけのような気がする。勘としか言いようがないが。

 なので、あくまでこっそり。こっそりと父を治す。


 そして、畑に肥料を撒くのは、今後の生活のためだ。

 父がまた猟師をしたいのであれば、それでいいと思うが、やはりまたケガをしたときのために、母が自活できる必要があると考える。

 パン屋で働くといっても短時間だし、街に働きに行くのも、遠いから効率的ではない。だから、やはりせっかくあるこの家と土地(畑)を使うのがいいと思うのだ。

 【肥料(神)】は畑に撒けば、そこからS素材がざくざく採取できるようになる。SS素材もかなりの確率で出る。芋やにんじんなんかのC素材も生産効率が上がるので、自給自足するにもいいだろう。

 ゲーム内の肥料のアイコンは布袋になにか土っぽいのが入っているもので、使用モーションはその袋から土っぽいものを撒いていた。だから、肥料を撒けば、裏の畑は大豊作間違いなしだ。

 こっそり。こっそりと撒けばいい。


 そこまで考えてから、もう一度、父の顔を見る。

 弱い呼吸で胸を上下に動かしている。浅く早い呼吸。きっとすごくしんどいのだろう。大丈夫。私にお任せあれ!


「うん、しょ」


 足にぐっと力を入れて、一生懸命にベッドへ上がろうとする。

 手でしっかり掛け布団のシーツを掴んで! 全身よ! 全身に力を入れて!

 そうして、なんとかベッドに這い登って、はふぅと大きく息を吐く。


「あいてみゅ、ぶぉっくちゅ」


 アイテムボックス!

 現れたアイテムの中から、視線で【回復薬(神)】を選ぶ。個数はひとつ。そして――


「けってぇい!」


 その言葉と同時に【回復薬(神)】の瓶が私の両手の間に現れた。私は慌ててそれを掴んだ。


「お、おみょい……」


 重い……一歳にはちょっと重いかもしれない……。回して開ける蓋もついていたが、一歳にはちょっと固いかもしれない……。

 でも、めげない。この日のために、歩行訓練、発語・発声訓練のほかに、把持訓練もしたのだから……!

 ベッドの上に座り込み、膝の間に瓶を固定する。そして両手でしっかり蓋を持ち、ぎゅうっと右に回す。すると――


「あいたぁ!」


 開いた! 開きました!

 思わず、ふわぁ! と声を上げる。しかしその瞬間――


「ふあぁ――っ!」


 膝の間に固定していたはずの瓶が斜め前に傾いていく。

 急いで手を伸ばしたけれど、重い瓶を支えることはできず……。


 バシャーッ!


 大好きなゲーム世界に転生した女子高生。現世の名前、レニ・シュルム・グオーラ。レベルカンストした最強一歳児の、異世界最初の試みは――


 ――父のベッドを水浸しにすることでした。

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【新作】プロローグの3行目で、すぐ死ぬ王女に転生してしまいました

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ほのぼの異世界転生デイズコミックス ほのぼの異世界転生デイズ
― 新着の感想 ―
[一言] 父、苦しい中、気付いたら、おねしょ疑惑(笑)
[一言] 強くてニューゲームをしても、年齢によって身体能力に上限が発生しているのは良くある ゲームがベースの世界なのだから何も矛盾していない
[気になる点] レベルカンストしてるのに ステータスが赤子並って詰んでるような気がします
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