いろいろと事情がわかりました
結果、サミューちゃんは、私が名前を呼んだ瞬間、気を失った……。
塀の上で倒れるなんて、すごく焦ったけれど、地面に落下するということはなかった。そして、数秒すれば元通りになったので、これについてはサミューちゃんの特技だと思ってスルーすることにしようと思う。私を抱っこしているときは大丈夫みたいだし。(挙動不審にはなるけど)
復活したサミューちゃんと塀を降り、今は手を繋いで、家に帰る途中だ。
「さみゅーちゃん、えるふはみんな、できるの?」
「そうですね。『できる』というのは、魔力操作のことであれば」
「まりょくそうさ?」
サミューちゃんにさっきの塀登りと弓矢のことを聞いてみると、なにやら【魔力操作】という新しい言葉が出てきた。
ゲームではそれはなかったから、初耳だ。
「エルフは魔力を操作して、身体能力を上げることができます。先ほど、私が塀に登ったときもヒトツノウサギを仕留めたときも、魔力操作をして、能力を上げていました」
「そうなんだ」
「エルフは魔力操作が得意な種族です。人間は体内にある魔力値がそもそも低いので、そのようなことはできません。それに比べ、エルフは血液とともに魔力が全身に循環しているので、魔力値が高く、コントロールもしやすい。そして、人間よりも寿命が長くなるのです」
サミューちゃんの言葉になるほど、と頷く。
エルフは魔力値が高い種族だったけれど、その理由まではゲームで語られていなかったので、新しい情報だ。
「わたしもできるかなぁ……」
一応、ステータスの表記はエルフになっていたんだけど……。
でも、耳が尖ってないんだよね。
不思議に思いながら、サミューちゃんと繋いでいないほうの手で自分の耳を触る。
すると、サミューちゃんが、さっきよりも強く、私の手を握った気がした。
「さみゅーちゃん、きんにくつけば、れに、もっとつよくなる?」
「はいっ! もちろん!」
サミューちゃんは私を安心させるように、しっかりと頷く。
「レニ様が素晴らしい素質をお持ちなのは間違いありません。現在は体が完成していないため、レニ様を守るためにその力のすべてを発揮できていないのだと思います。これから成長して、体ができる――13歳から16歳ぐらいでしょうか、そのぐらいになれば、秘められている力はすべて使えるようになるのではないかと」
「うん」
「そのためにも、今はしっかり歩きましょう」
「うん!」
サミューちゃんの言葉に、私は胸が軽くなるのを感じた。
だって、せっかくレベルカンストして転生したのに、装備品をつけていないときの能力がカンストしているとは思えなかった。
これがずっと続いたら、カンストしている意味がない。
でも、サミューちゃんの言うように、年齢補正があるのならば納得できる。
つまり、私は今はマイナス補正が入っている状態なのだ。
レベルカンストしているもののそれを100%使うことはできていない。
でも、体が成長すれば、マイナス補正はなくなる。そうすれば、無敵である。
「……すてーたす」
歩きながら、サミューちゃんに聞こえないようにこっそり呟く。
すると、目の前にステータスが現れた。
「あっ!」
「どうしました、レニ様?」
「ううん、なんでもない」
思わず上げてしまった声にサミューちゃんが反応する。
誤魔化せば、サミューちゃんは不思議そうな顔をしたけれど、とくに追及することはなかった。
サミューちゃんにはステータスが見えていないし、私の独り言だと思ってくれたのだろう。
なので、サミューちゃんはまた前を向くと、家への道を歩いていく。
私も手を繋いで歩きながら、もう一度ステータスをよく見てみる。そこには――
・名前:レニ・シュルム・グオーラ
・種族:エルフ
・年齢:3
・レベル:999(-97%)
なんと! マイナス補正の表示が追加されている!
これが、私が声を上げてしまった理由だったのだ。
この表記はサミューちゃんと話すまではなかった。つまり、ステータスは私の現状のすべてを表しているわけではなくて、私が認識したことや理解したことを数値などで表してくれるのだろう。
かなりマイナスがかかっているが、三歳ならばこんなものだろう。装備品をつければまったく問題なかったしね。
そして、私が知りたかったのは――
「……えるふ、だ」
そう。私の種族。
サミューちゃんから情報を得て、なお今も種族は【エルフ】となっている。
つまり、エルフであるのならば、体内に魔力が循環している可能性があり、【魔力操作】を磨けば、もっと強くなることができるのでは?
ゲーム内ではレベルカンストしたあと、強くなることはなかったが、ここではさらに強くなる可能性があるということだ。
ということは。
「のびしろしかない」
――さすが最強三歳児!
ウキウキして、村に向かって一生懸命歩く。
この一歩一歩が! マイナス補正を少なくするために大事な一歩になる!
そして、ようやく村へと近づけば、そこには父と母の姿が。
「ぱぱ、まま」
家ではなく、村の入り口で待ってくれていたようだ。
どれぐらい待ったのかな? あまり時間が経ってないといいけれど……。
とにかく、もう姿を見られても大丈夫だろう、とフードを外す。
すると、父はすぐに私を見つけたようで――
「レニっ!!」
父が弾かれたように、私に向かって走ってくる。
たぶん、いつもみたいに私を抱っこしようとしたのだろう。
でも、それは敵わず、父は体ごと私とサミューちゃんの横を通り抜けていった。
「……ぱぱ」
私を抱きしめに来たはずの父は、今、地面を抱きしめている。
いや、私は避けていない。
なぜかサミューちゃんが、父が私を抱きしめようとした瞬間、スッと私の手を引き、父と私が接触しないようにしたのだ。
そして、今は父のほうを見もせず、母に向かって歩いて行っている。
「遅くなり、申し訳ありません」
サミューちゃんはそう言うと、私の手を母へと渡した。
母は私の手を取ると、そのまま屈み、私と目を合わせる。
「レニ、怪我はない?」
「ない」
「よかった」
母はそう言うと、私をぎゅうっと抱きしめた。
置き手紙はしてきたけれど、やっぱり心配していたんだろう。まさか村の入り口で待ってくれているとは思わなかったから、時間も経ってしまったし、不安だったかもしれない。
「れに、つよいから」
「ええ。そうね」
大丈夫だよ、と言えば、母は笑って、もう一度私をぎゅうと抱きしめる。そして、私を抱きしめたまま立ち上がった。
「サミュー、ありがとうございます」
「いえ、こうして連絡をくださり、レニ様とお会いできたこと、私こそ感謝しかありません」
サミューちゃんは私にしていたように、片膝をつき、立ち上がった母と母に抱かれた私をうれしそうに見上げている。
そして、その口ゆっくりと開いて――
「――女王様」
――女王様!?
「まま、ままはじょおう、なの?」
サミューちゃんから出た言葉に、思わず母へとそのまま確認してしまう。
だって、女王様って、すごく偉い人のことだよね? それがこんな田舎の村で? えぇ??
びっくりして、近くにある母の顔をまじまじと見てしまう。
いや、たしかにびっくりするほどの美人。
でも、女王様って……!
「ええ。ママはエルフの女王なの」
「ままは……えるふの……じょおう……」
パワーワード……。パワーがありすぎて、頭がついていかない。
ぽかんとして、母をみつめていると、大きな手が母ごと私を抱きしめた。
それはあたたかくて――
「元、な。今は俺の大事な妻だ」
「ぱぱ」
地面から起き上がった父がそばまで来ていたのだろう。
ぎゅうと抱きしめられたそこから、母と私のことをとても思ってくれているのが伝わる。
それはもちろん、母にも伝わったのだろう。
母は父の言葉に「あらあら」と呟き、幸せそうに笑った。
そして、父に私を受け渡す。
父の抱っこは安定しているので、楽ちんで好きだ。
なので、母を手伝うように、私も父に手を伸ばす。すると――
「うぐぅ」
なぜかサミューちゃんがガクリと前のめりに地面に倒れ込んだ。
「……女王様の至福の笑顔。レニ様の絶対の信頼。うぐぅ、それをこんな人間の男が……うぐっ……ぐぅぅ……」
サミューちゃんが悔しそうに、地面を拳で叩く。
そのきれいな碧色の目は滂沱の涙で見えなくなっていた……。
――いろいろと事情がありそうですね。






