サミュー・アルム
エルフの女の子が必死で戦っていることはわかったので、とりあえず、気配を消す。私は空気……私は空気……。すると、しばらくして、エルフの女の子は大きくふぅっと息を吐くと、申し訳ありません、と呟いた。
「身体の制御が不可能になってしまいましたが、なんとか制御を取り戻しました。レニ様はどうですか、……あの、私の触れ方はおかしくないですか?」
心配そうな声音。でも、ここで声を出してしまえば、また戦いが始まってしまうだろう。なので、声を出すことはせず、抱っこされたまま、うんうんと頷いた。
姿は見えないけれど、私の仕草には気づいてくれたようで、エルフの女の子はほっと息を吐いた。
「自分より小さな体をこうして抱き上げることなど初めてなので……。レニ様が不快でないのならば、良かったです」
エルフの女の子はそう言うとほわっと笑う。
うん。私のことをすごく大切に思ってくれているのは本当によくわかる。……ちょっと様子がおかしいけど。
「では、レニ様。これから塀を越えますので、しっかり捕まってください」
エルフの女の子はそう言うと、右手を私から外した。
そして、塀の横に立っていた木と塀とを見比べて……。
エルフの女の子のきれいな碧色の瞳。
それが一瞬、光った気がした。
その途端――
「ふわぁあ!」
自分に空気だと暗示をかけ、声を出さないようにしていたけど、思わず声が漏れる。
だって、今、本当にびっくりした!
エルフの女の子はまず塀に向かって飛んで、さらに木に向かって塀を蹴って、斜めに飛び上がった。
で、ちょうどいい場所にあった太目の木の枝に右手をかけて、ぐるっと一回転。
そのまま、空中に舞い上がった体は孤を描いて、着地した場所はもう塀の上だった。
こんな身のこなしができるなんて……!
「すごい! すごい!」
私も装備品に頼って、二階から飛び降りたり、高くジャンプしたりはしたけれど、こんなアクロバティックな動きではなかった!
興奮して声を上げれば、エルフの女の子は照れたように笑い、私を下ろす。
塀の上は大人が二人ぐらいは並んで歩けそうだ。
「レニ様、大丈夫ですか?」
「うん! たのしかったよ」
塀の上から見る街は、ちょうど二階建ての屋根が正面に見えた。
エルフの女の子は私に声をかけたあと、視線を街の外へと向ける。
私もそちらへ向けば、そこに広がるのは草原と、ところどころにある白い石。
夜だから遠くまでは見えないけれど、星明りのおかげでなんとなくはわかった。
「レニ様、あそこに魔物がいるのが見えますか?」
「うん」
エルフの女の子が指差した先。
そこには白い石があって、その手前にはバスケットボールぐらいの灰色のウサギが見えた。距離は10mぐらいかな。
「あれはヒトツノウサギですね」
「うん」
ヒトツノウサギ。魔物の中では体は小さく、力は強くない。あまり人は襲わず、臆病な性質。姿もウサギのおでこにツノが一本生えているだけだから、危機感を抱く人は多くない。
でも、驚いたヒトツノウサギが人間に突進して、足を折っただとか、運悪く大腿部の太い血管を切ってしまっただとかでケガ人や死人も出る魔物だ。
こうして、街のそばにも出るので、道を外れるときは注意するように言われている。
ゲームの中だとLV1~10ぐらいで相手をする、最初に出会う敵って感じかな。
「あ、にげちゃった」
白い石の前にいたヒトツノウサギ。ぴょんっと跳ぶと、街から離れるように走っていく。
【猫の手グローブ】を装備していない私には、姿を追うことはできなかった。
でも、エルフの女の子には見えていたようで――
「レニ様。では、森の狩人の力をお見せします」
そう言うと、エルフの女の子は背に負っていた大きな弓を体の正面へと回した。
背中の矢筒から一本の矢を取り出すと、まっすぐに前を見据える。
そして、右手を弦にかけ、左手で弓を握り直した。
一度、弓を上げたあと、それを下ろしながら、弓を引き絞っていく。
伸びた左腕と、曲げられた右腕。バランス良く引かれた弓の向こう側に見える、顔は凛としていた。
「いきます」
狙っている獲物は私には見えない。
暗闇を見据える、碧色の瞳がきらっと光って――
瞬間。
「はっ!!」
声とともに、エルフの女の子の体からなにかががあふれたのがわかった。
その力は矢へと集まり、放たれた矢が一条の光となって飛んでいく。
光は地面へと到達すると、はじけて輝いた。
そして、ギュェーッ! という遠くで聞こえた鳴き声。
「……すごい!!」
正直、私には全然わからなかった。
だって、私には獲物も見えていないのだ。
でも、わかる。
遠くに走っていくウサギ、たった一匹に矢を命中させること。それを夜に行えること。さっきの身のこなしといい、すごくすごく強い!!
「つよいんだね!」
思わず、エルフの女の子に飛びつけば、被っていたフードがずれて落ちた。
でも、今はそれどころじゃなくて……。
だって、とってもとってもかっこよかった! 弓矢を使うってこんなにかっこいいんだ!!
「すごいね! えっと、あ、……そういえば、なまえ……」
感動して名前を呼ぼうと思ったら、よく考えれば、名前を知らなかった。
いや、知らないままでもいいかな、と思っていた。
でも、こんなかっこいいところを見せてもらった。こんなに素敵な女の子の名前を聞かないなんてもったいないよね。
「……なまえ、おしえて?」
きらきらした星明かり。
それを背負ったエルフの女の子の金色の髪がつやつやと光り、きれいな碧色の瞳は澄んでいて――
「レニ様。申し遅れました。私の名前はサミュー・アルムです」
「さみゅー・あるむ」
「はいっ」
名前を繰り返せば、碧色の瞳がうるうると濡れていくのがわかった。
だから、私は心を込めて、名前を呼んだ。
「さみゅーちゃん」
とっても強くてかっこいい、エルフの女の子。






