家族が大ピンチです
人はいつか死ぬ。
でも、それがクリスマスだとは思わなかった。すごくワクワクしたまま死んでしまった。明日を夢見て死んでしまった。ゲームをもっと堪能したかったのに……。
でも、まあそれは仕方ない。ゲームでは死んだら生き返るが、現実では生き返らないから。
が、転生するということはあるみたいで――
「かわいい女の子ね」
「ああそうだな」
私は前世のひきこもり女子高生の記憶を引き継いだまま、新たな生を得て、生まれ変わっていた。
どうやら本当に赤ちゃんみたいで、まったく体が意のままに操れない。
手をぐーにするだけで精いっぱいだ……。五感に関しては、普通の赤ちゃんより成長しているようで、はっきり聞き取れるし、目も見える。味も感じるし、触感もある。
私を抱き上げる母はそれはそれは美しい人で銀色の髪をまとめ、青い瞳がきらきらしていた。父は茶色の髪にとくに特徴のない顔をしていたが、金色の目だけはきれいだと思う。
そんな私は母譲りの銀髪と、父譲りの金色の目。全体的には母そっくりという、将来は美人まちがいなし! という構成で生まれていた。
そう。まるで私が大好きだったゲームでのキャラクターそのもの。
もちろん、今の私はまだ幼い女の子だから、あのキャラクターの子供のときはこうだったのだろう、と想像できるような感じ、といった方が正しい。もっと大きくなれば、間違いなく私が使用していたキャラクターになるだろう。
――もしかして、私の大好きな、ゲームの世界。
――そこに転生したのではないか。
そして、その予感は確信に変わる。
最初は赤ちゃんでなにもできなかった私も、なんとかつかまり立ちを覚え、一人で歩けるようになった。
女子高生の記憶と。しっかりした五感を持っていても、筋力などの体の成長は一般的な赤ちゃんと変わらなかったようで、それができたのは一歳ごろ。発語もなかなか難しくて、ダーとかアーばかりを言っていたが、ついにこれを発声できるようになったのだ!
「ちゅてーたちゅ!」
ステータスね! ステータスって言ってるからね!
サ行の発音については、おいおい練習するとして、今はなにが起こったかが大事だ。
「ふわぁ!」
『ステータス』の言葉に反応して、いきなり目の前にブォンと見慣れたあの画面表示が現れた。思わず声を出して喜んでしまうのも無理はないだろう。
そこにはこう記されていた。
・名前:レニ・シュルム・グオーラ
・種族:エルフ
・年齢:1
・レベル:999
なんと! レベルがすでにカンストしている……!
この他にも体力値や魔力値などの細かい値があるけど、それもカンストしている。それは私がゲームをやり込みながら、アイテムなどで最大値を上げ続けたからで――
「でぇーた、ひきちゅぎ」
前世のゲームデータが引き継ぎ、現世に持ち越されている……!
一歳から、すでに最強。
これなら、もしかして――
「あいてみゅ……ぶぉ、ぶぉっく、ちゅ」
アイテムボックス! アイテムボックスって言ってるからね!
『ボ』の発音については、またおいおい練習するとして、今は目の前で起こったことが大事だ。そう。こちらもちゃんと引き継ぎされていたのだ。
ずらずらっと並ぶアイテム。その数はほとんどすべてカンストしていた。
一歳から、すでにこの世界のすべてのものを手にしている気がする。
「ふわぁ……」
思わず感嘆の息を漏らす。
――ここは私が大好きなゲームの世界で、データそのままに転生したのだ。
そうと決まれば、やりたいことはただ一つ。
「たび、でりゅ!」
旅に出る!
――すごくきれいだった涼雨の湖。
CGで表現された抜群にきれいな水面は、実際に見ると、どんな色をしているんだろう。
――クリアするのに時間がかかった透写の森。
こちらをトレースして能力を真似てくる敵は、実際に対峙すると、どうやって戦うんだろう。
――マップが毎回変わる変転の砂漠
乾いた風と舞い散る砂は、実際にはどうやって地形を変えているんだろう。
全部見たい。全部知りたい。思う存分、この世界を堪能したい。
画面越しに見るだけだった、大好きな世界を五感で受け止めたい。
一歳にして最強なのだ。前世と同じようにソロでこの世界を巡っても、きっと困ることはないだろう。この世界での生き方は、前世の女子高生だった世界より、よっぽど心得ている。
――ワクワクする。
死ぬ前に感じたあの興奮が蘇ってくる。
そう。どこかに宝玉があるかもしれない。それも探しながら旅をすればいい。
思わず、くすくすと笑ってしまうと、もたれていたベッドの木枠がギシッと鳴った。
「レニ……?」
その音に反応したのか、ベッドで寝ていた男性が声を上げる。
弱々しい声。その人は、現世で私に与えられた『レニ』という名前を呼んだ。
「ちゃんと……いるか?」
「ぱぱ」
「……いるな、ら……いい……」
私がうんしょ、と立ち上がれば、ベッドに寝ていた男性――父は苦しそうに少しだけ目を開けた。
その顔色は悪く、息も絶え絶え。
――そう。父は病気にかかっていた。