諦めが悪いのです
装備の確認をし、手紙を置いた私は、ベッドから窓枠へとよいしょと登った。
両開きの窓の片側を押せば、ぎっと木の擦れる音が鳴ったあと、外へと開く。
寝室は二階なので、下を見れば結構な高さがあるが、【羽兎のブーツ】があれば大丈夫。
とくに恐れもなく、ぴょんっと窓の桟を蹴って、飛び降りた。
「じゃんぷ!」
一瞬の浮遊感。
重力に従い、すぐに落ちていくはずの体は、【飛翔】の効果のおかげで、ふわふわとゆっくり降りていった。
「ちゃくち、よし」
【隠者のローブ】のフードが脱げていないことを確認し、とことこと歩き始める。
二階の窓は少し開いたままになってしまったが、仕方ない。
父と母は夜にゆっくりと話をするのが習慣みたいだし、私がいないと気づくのはもっと後だろう。気づいたとしても、置手紙があるから問題なし。
【察知の鈴】はいまだにチリンチリンと鳴っているし、近くに敵がいるはずなんだけど――
「……いた」
星明りを頼りに、家の周りを回ってみれば、何人かの男がうろうろとしているのがわかった。
全員、黒い服を着て、口元には黒い布を巻いている。
うん。非常に物騒な格好だ。圧倒的な不審者感。
「おい……どうだ」
「全然、意味がわかんねぇ……村のこの場所に家があったはずだろう……?」
「どうなってんだ……」
戸惑ったような不審者たち。人数は全部で六人いた。
前に来た人数の倍ほどいるが、どうやら、わが家を見つけることができないでいるようだ。
少し観察してみてわかったが、【回避の護符(特)】は精神干渉をしているのかもしれない。
・不審者たちがわが家に歩みを進める。
・しかし、護符を埋めたあたりで急に足を止める。
・なぜか別の場所へ足を向ける。
これを先ほどから繰り返しているのだ。
本人たちは必死に探しているようだが、その姿は……マヌケだよね。わが家は目の前なのに、大人が六人も揃っていて、なんの手がかりも得ることができていないんだから。
さすが【回避の護符(特)】。いい仕事をしている。
思わず、くすくすと笑ってしまうと、不審者の一人が私の笑い声に反応し、ザッと辺りを見回した。
「っ……! おい、今、だれかいたか?」
「いや……え、……どうだ?」
「俺たち以外は見えねぇが……」
不審者が探しているわが家は目の前。そして、笑い声を立てた私はすぐ後ろに立っている。
けれど、不審者の目にはなにも映っていなくて――
「くそっ、ここにいてもどうしようもねぇ。いったん帰るぞ」
不審者たちの中で、一番大きな体を持つものが、手で合図をして、全員を集合させた。この人がリーダーなのかな? 前にわが家に来た人とは違っている。
リーダー格の男が、他の5人に指示をして、どうやら一度引くらしい。
まぁ、こんな格好でうろうろしているのを村の人に見つかって、憲兵でも呼ばれたら困るだろうしね。
「……なあ、……俺、ちょっと怖くなってきた……」
集合した六人のうちの一人がぼそりと呟いた。
そして、それをきっかけとして、他のやつらもぼそぼそと話し始める。
「奇妙だよな……」
「ああ……こんなことあるか?」
「……俺、笑い声が……聞こえた……」
不審者たちは恐怖を抑えていたようだが、さっきの一人の呟きで、それが漏れだしてしまったようだ。
私から見ると、笑えるだけの姿だけど、当の本人たちにしてみれば、まさに今、怪奇現象に遭遇しているような気持ちなのだろう。
星明りしかなく、黒い布で口元を隠しているから、表情はほとんどわからなかったけど、全員、顔色が悪くなっているように見えた。
「……もう、手を引いちゃだめなのか」
「そうだよな……たかが女一人だろ」
「今まで十分稼いだんだし、もういいよな……」
「……関わらないほうがいいんじゃないか?」
「なあ、もうこれ以上――」
不審者五人がリーダー格の男に言い縋る。
だが、リーダー格の男は「……うるさい」と、声を落として、五人に告げた。
「俺たちだけの問題じゃねぇんだよ。この街で仕事を続けたいならやるしかねぇ、今更引けねぇんだ」
語気の強さに他の五人は黙る。
そんな五人を見て、リーダー格の男は、先ほどよりも明るい声を出した。
「それにこれが成功すれば、上との関係が強固になる。今後一生、金には困らねぇぞ」
リーダー格の男の布で隠された口元。私からは見えないけれど、雰囲気で、にやりと上がっているのを感じた。
押し黙っていた五人にとっても、その言葉は魅力的だったようで、それぞれで目配せし合う。
そして、「そうだな」と頷き合った。
「また昼に来ればいい」
「ああ。なんでこんなことになってるかはわかんねぇが、なんとかなるだろ」
「家がわからなくても、女だっていつかは外に出る。この村にいるのは間違いねぇんだから、それを捕まえればいいだけだしな」
「男のほうは何度も見てる。男を捕まえれば、どうしようもなくなって女も出てくるだろ」
「男だっていくら強いといったって、この村のやつらを人質にとれば、捕まえることもできるはずだ」
わが家を怖がっていた不審者たちが、下卑た考えを次々にまとめていく。
「話はアジトに帰ってからだ。行くぞ」
リーダー格の男はそれを一度止めると、わが家から離れていく。
他の五人も話をやめ、男についていった。
「はぁ」
思わずため息を吐いてしまう。
すると、一番後ろを歩いていた不審者がビクッと肩を震わせて、振り返った。
「……なあ、今、なんか聞こえなかったか?」
「いいや?」
「そうか……いや、なんでもない」
【隠者のローブ】の効果は抜群。
振り返った不審者は、私がいるあたりを見てはいるものの、目は合わない。私が声を立てなければ、気配も感じないはずだ。
そそくさと去っていく不審者を追うために地面を蹴れば、【羽兎のブーツ】のおかげで軽くなった体は、どんなに歩いても疲れそうにはなかった。
このままアジトまで案内してもらいましょう。






