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第1話 修羅場の同人作曲家は剣と作曲魔法の世界に転生する

 とある同人音楽即売会の前日、俺、同人創琉どうじんつくるは窮地に立たされていた。イベントは明日だというのに、頒布する予定のアルバムの曲が1曲もできていないのだ。

「絶賛修羅場なう」

 うっかり声に出してそうつぶやきながら、SNSに同じ内容を投稿する。いやいや、何をやっているんだ。こんなときにSNSを開いているから一向に作業が進まないのだ。

 あまりにも初歩的なことに気づいた俺は、意を決してツブヤクゾーのウィンドウを閉じ、DAWと呼ばれる音楽制作ソフトの画面を立ち上げた。

 しかし、次の瞬間激しい目眩に襲われ、キーボードに突っ伏すように倒れ込んでしまった。これは、やばいやつかも。救急車呼ばなきゃ……。

 俺の意識はそこで途切れてしまった。


 気がつくと、そこは俺の部屋ではなかった。

「ここはいったい……」

「おう! 目が覚めたのか!」

 ゴリラのような屈強な男性が立っていた。男は心配そうにこちらに近づいてくる。お医者さん、なのだろうか。

「何しろお前さん、もう3日も眠ってたからな。森で倒れているのを見つけたときには、もう手遅れかと思ったぞ」

 森だって!? 俺は部屋で作曲をしていたはずだ。早く帰ってアルバム作りの続きをしないと。いや、3日間眠っていたのなら、もうイベントは終わっているのか。なんということだ!

「あの、ここはいったいどこなのでしょうか。病院ではないのですか!?」

 俺が尋ねた瞬間、あたりに叫び声のような音が響いた。まるで耳の中を引っ掻かれるような不快感が襲ってくる。

「ゴブリンだ! お前さんはここで待っていてくれ」

 男は壁にかけてあった剣を手に取り、木造小屋のドアから外に出た。ゴブリンって、あのゲームとかに出てくるゴブリンなのか。俺は夢でも見ているのだろうか。

 小屋の窓から外を見ると、さっきの男がゴブリンと思しきモンスターと戦っている。ゴブリンは残忍な笑みを浮かべ、長い手足の先に鋭く伸びた爪を振り回している。その姿は俺の知っているどんな生き物より恐ろしかった。

 男は剣を振るって応戦している。剣戟の響きに混ざってどこからか木琴を鳴らすような音が聞こえてくるようだが……。

 男が押されている! 見ると、壁にはもう一本剣が掛かっている。俺はその剣を手に取り、矢も盾もたまらず小屋を飛び出した。

「おじさん!」

「ボウズ! 逃げろ! 後ろからもう1匹来てる!」

 振り返ると、別のゴブリンがものすごい勢いで俺に迫っていた。鋭利な爪が俺の頭をかすめ、緑色の頭髪がはらはらと舞い落ちる。ゴブリンと目が合った。

 俺は無我夢中で剣を振り回した。


 視界が一転していた。目の前に見慣れたDAWの画面がある。

 夢だったのか。自宅で作曲をしていて寝落ちしてしまっていたのだろう。明日のイベントに間に合わせるために、作曲を進めなければ。

 ピアノロールウィンドウに、木琴の音でメロディを入れていく。あれ、俺は木琴の音色なんて選択していただろうか。寝落ちする前の記憶が曖昧だ。でも、鋭い木琴の連打がなかなかいい感じだ。この調子でせめて明日までに3曲くらい作ろう。

「グギャァァアアアア!!!!」

 目の前のゴブリンが吹き飛んだ。その体が煙のように散って見えなくなっていく。先程まで作っていた木琴のメロディが周囲に鳴り響いている。

 ゴブリン? まだ夢を見ているのか。そう考えていると、さっき夢で出会った男の声が聞こえてきた。

「ボウズ、作曲魔法が使えるのか!?」

 作曲魔法? やはりまだ夢の中にいるみたいだ。俺が呆然としていると、ゴブリンの肘鉄が男の鳩尾にめり込んだ。男のゴリラ並の巨体が吹っ飛ぶ。

 俺を助けてくれた男が殺されてしまう。夢の中でもそれは嫌だ。俺は男を攻撃したゴブリンに向かって剣を凪いだ。

 すると、また目の前にDAWの画面が現れた。これはつまり、また作業中に寝落ちしてしまって、再び夢から覚めたんだな。こんなに頻繁に寝落ちする状態だと、一度布団で仮眠してから、朝3時くらいに起きて作業を再開したほうが効率がいいかもしれないな。なんとなく、寝過ごしてしまうフラグのようにも思えるけれど、きっと気のせいだ。

 それでも、今思いついたメロディだけメモ代わりに打ち込んでおこう。ええと、トランペットの音色が立ち上がっている。あれ、俺こんな音選んでたっけ。相当寝ぼけているみたいだ。思いついたメロディがちょうどファンファーレ系だったし、ちょうどいい。俺は勝利のファンファーレのようなワンフレーズを打ち込んでいった。

「ゴッグェキャッギャガアアアア!!!」

 2匹目のゴブリンが錐揉み状に吹き飛んだ。トランペットの澄んだ音が辺りの草を震わせる。また夢の続きか!?

 俺は男のもとへ駆け寄る。

「おじさん! 大丈夫!?」

 男は力なく俺を見る。顔面蒼白で、目からは光が薄れていた。

「俺はもうダメかもしれない。ああ、癒やしのメロディ使いでもいれば……」

 ダメで元々。よくわからないが、癒やされる系のメロディがあればいいのか。俺は手にした剣を地面へと突き立てた。

 目の前にDAWが開いた。ハープの音色が起動されている。時間がない。推敲なんかしていられない。ドレミソラドレミソラと上昇していくフレーズを打ち込んだ。

 すると、みるみるうちに男の顔に生気が戻っていくではないか。男は立ち上がり、自分の腹をさすっている。

「信じられん。複数の旋律を巧みに操るお前さんはいったい……」


 俺は勘違いをしていたみたいだ。俺は夢など見ていない。最初に目を覚ましてから、ずっとこの世界にいたのだ。見渡すと、だだっ広い草原、丘の上に建てられた木造の小屋。俺が倒れていた場所だろうか、森のような地形も見える。

 髪を手で梳ってみると、緑色の頭髪が1本抜けてついてきた。生粋の日本人である俺は、黒髪だったはずである。


 俺は異世界に転生してしまったのかもしれない。しかもここは、おぞましいモンスターの跋扈する、剣と作曲魔法の世界だ。

 なんということだろう。俺の新譜はいったいどうなってしまうんだ。


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ウッホッホ。

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